独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)はこのほど、同センター神経研究所病態生化学研究部の堀啓室長、星野幹雄部長らの研究グループが、さまざまな精神疾患に広く関わる「AUTS2」遺伝子の働きを世界で初めて明らかにしたことを発表した。

「AUTS2遺伝子の脳神経ネットワークでの働き」

AUTS2遺伝子は、自閉症スペクトラム障害、統合失調症、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、薬物依存などのさまざまな精神疾患に関連し、てんかんの発症にも関わることがわかっている。

これまで、この遺伝子がコードする「AUTS2タンパク質」が神経細胞の細胞核に存在し、何らかの作用をしているのではないかと考えられていた。しかし、その働きについてはほとんどわかっていなかったという。

同研究グループは、AUTS2タンパク質が神経細胞の細胞核だけでなく、細胞質領域、特に神経細胞突起部分にも多く存在することを見いだした。また、この神経細胞の細胞質において、「Rac1」や「Cdc42」(※2)という分子の活性を調節し、神経細胞内の「アクチン構造」(※3)を変化させていることが明らかに。さらに、その働きによって、AUTS2が神経細胞内のアクチン構造を自在に操り、神経細胞の動きや形態変化を制御することによって、脳神経系の発達に関与していることが示された。

今後は、さまざまな精神疾患に共通する根本的な病理の解明や新たな治療法の開発につながることが期待されるという。

※1 AUTS2遺伝子:ヒト第7染色体上の120万塩基にもおよぶ広い領域に存在する遺伝子。2002年に自閉症スペクトラム障害との関連が指摘されたが、その後、ADHD、知的障害、統合失調症、薬物依存、などの幅広い精神疾患と関わることがわかってきた。AUTS2遺伝子領域は比較的もろく、破壊されやすいとされている。この遺伝子のコードするAUTS2タンパク質には、これといった分子モチーフが無く、その働きは長らく謎のままであった。今回、AUTS2タンパク質の細胞質における働きを明らかにしたが、このタンパク質が細胞核においても何らかの役割を果たしている可能性があると考えられている。

※2 Rac1、Cdc42:どちらも「低分子量Gタンパク質」というカテゴーリーに属する細胞内タンパク質。これらのタンパク質は、普段は不活性型(GDP結合型)だが、細胞内で必要に応じて活性型(GTP結合型)に変化する。Rac1やCdc42は特定の活性化因子(「グアニンヌクレオチド交換因子」)によって活性化される。図における「P-Rex1」「Elmo2/Dock180」「ITSN1/2」などはこの活性化因子に相当する。

※3 アクチンタンパク質:アクチンタンパク質は細胞内に浮かぶ小分子。これが多数重合し特定のアクチン構造を形成すると、細胞を内側から支える細胞骨格として働く。Rac1が活性化されると、細胞内局所において「ラメリポディア」という網目状アクチン構造が誘導される。Cdc42が活性化されると、細胞内局所で「フィロポディア」という糸状アクチン構造が構築される。これらのアクチン構造がダイナミックに変化することによって、細胞はその形を変えたり移動したりする。