市民の大切な足として利用されている「アストラムライン」

太田川とその支流の河口に発達した三角州(デルタ地帯)の上に位置する広島市。通常、三角州は地盤が緩く、砂の中に水分が含まれていることから地下街や地下鉄の建設がしにくい。しかし、そんな広島市にも唯一の地下を走る乗り物がある。それが、新交通システム「広島新交通1号線(愛称:アストラムライン)」である。

「明日」を行く「電車」

アストラムラインは、広島市中区の「本通駅」と安佐南(あさみなみ)区の「広域公園前駅」を結んでいる。ちなみにこの愛称は、日本語の「明日」と英語の「トラム」(電車)を合成して造られた造語である。

そもそも「新交通システム」とは何か? 分かりやすい一例を挙げるとモノレールがそうなのだが、従来型の鉄道とバスとの中間程度の輸送力を持つ公共交通機関で、線路などの軌道を走行するものを指す。その他、AGT(=Automated Guideway Transit/(例)ゆりかもめ)、LRT(Light Rail Transit/(例)富士ライトレール)などもあるが、それぞれ、その都市の規模に見合ったシステムが導入されている。

三角州の上に広がる広島市内には、今も6本の大きな川が流れている

“地下鉄”区間は0.3km

アストラムラインは元々、市の北西部に開発された大規模団地と市街地を結ぶために、1980年代から建設が計画されていた。加えて、1994年に行われた「広島アジア大会」の会場として、広島広域公園に作られた競技場「広島ビッグアーチ」へのアクセス用としても利用できるように、距離を伸ばして建設されることとなった。

かくして、アジア大会が開かれた平成6年(1994)8月20日に開通。「現在も安佐南区で開発された住宅地から市中心部への重要な通勤・通学路線として、1日当たり約5万2,000人のお客さまに利用いただいています」と、アストラムラインの運行会社・広島高速交通の加川幸司さんは言う。

そんなアストラムラインは日本各地にある新交通システムと同様に、ほぼ路線が主要幹線の中央分離帯に設置された高架線路を走るが、市内中心部の白島の手前から本通駅までの1.9kmにかけては地下を走るのだ。「このうちの本通と県庁前間の0.3kmが、鉄道事業法に基づく『地下鉄』と認可されています」(加川さん)。

クロムイエローの車体が街や自然に映える

広島市と同規模の人口を抱える仙台市や福岡市では、地下鉄がビュンビュン走っている。しかし、広島市がこれまで地下鉄を走らせていなかったのは、上記のように三角州の上に街が広がっており、掘ると水が出るなどといった、地下を利用するのに難しい条件がそろっていたからだ。それでも、アストラムラインを走らせるために掘削することになったのだが、「当時を知る人に聞くと工事は大変で、莫大な費用もかかったそうです」と加川さん。

本通・県庁前の間には広島初の地下街も

更に2001年には、本通駅から県庁前駅の間にかけての軌道上部に、広島市初の地下街「紙屋町シャレオ」もオープンし、中心部では地下も利用されるようになった。

広島市で初めて造られた地下街「紙屋町シャレオ」

ちなみに、地下街「紙屋町シャレオ」の名は、「おしゃれ」をもじって付けられている。その名の通り、約7,000平米ある空間には若い女性をターゲットにしたアパレル店や雑貨屋、スイーツ店が集められている他、市の中心部を結ぶ地下通路としても多くの人に利用されている。

新交通システムの中では他に、大阪の南港ポートタウン線(愛称:ニュートラム)が地下駅を持ち、大阪市営地下鉄路線と改札内で乗り帰ることができるが、地下路線を走るのはアストラムラインのみだ。

アストラムラインの「本通駅」からは世界遺産の「原爆ドーム」も近い

また、“地下区間”の片側終点である本通駅付近には、「広島城」や「平和公園」、「原爆ドーム」などの観光名所が数多く点在している。観光に行った際には、様々な苦難を経て誕生したアストラムラインを、是非活用していただきたい。