2015年に浦和レッズでの16年のサッカー選手生活を終え、引退した鈴木啓太。今年7月17日には自身の企画で同窓会のような引退試合を実施し、2年ぶりにグラウンドを走る姿をサポーターに見せた。引退試合を終えて間もない彼に、これまでのサッカー人生で出会った音楽について話を聞いた。

元サッカー日本代表 鈴木啓太

――まずは引退試合お疲れ様でした。終えてみて、いかがでしたか?

もう2度とやりたくない(笑)。いや、引退試合は1度だけなんですけどね。一番大変だったのは、ケガをしちゃいけないことなんですが、ある程度のパフォーマンスを見せないといけない。そうなると、限界近くまで自分を持っていかないと、パフォーマンスを押し上げられないんですよ。でも、もしケガしたら……。僕の引退試合なので、僕がいないとダメじゃないですか(笑)。かといって、僕がヘロヘロな状態でもダメなので……。そこは苦労しましたね。ストレスを感じました。

――そんなもどかしさがあったんですね。あれだけの豪華な面々が集まったわけですし、緊張感もあったと思いますが、拝見していると本当にあたたかな同窓会のような雰囲気でした。

プロのサッカー選手なら、もし自分がケガをしても、自分自身は残念ですがチームプレイなのでほかの選手を起用して勝ちを狙える。でも今回はそうはいかないですから。そう思うと恐怖ですよね(笑)。

現役選手の頃は、喧嘩もぶつかり合いもありましたけど、今回、久しぶりにみんなで一緒にボールを蹴っているとやっぱり楽しいんですよ。その感じを僕らだけじゃなくて、サポーターのみなさんにも味わってもらいたくて。昔の選手をただ見に行くじゃなくて、自分も同窓会に参加しにいく感覚でスタジアムに来ていただきたかったんです。だから、観客の皆さんもそういう空気をつくってくれたんじゃないかな。

――なるほど。さて、今回は鈴木啓太さんに"人生を彩った音楽"について、聞いていきたいのですが、そもそも普段からよく聴く音楽はありますか?

自分から探すというよりも、流れている音楽を聴いて「これいいな」と思って聴き始めることが多いですね。現役のころは、若手の子が聴いている音楽とか、ブラジル人が太鼓叩いてかけてる音楽とかを「それ何の曲?」って聞いていく感じですね。

――選手控室で音楽を聴いて集中する、なんて話もよく聞きますが、実際のところどんな感じなんですか?

多いですね。僕も昔はそうやってましたけど、だんだん周りの選手とコミュニケーションを取りながら過ごすようになりましたね。あんまり自分の世界に入り込みすぎると、僕の場合はよくないなと気づいたので。それこそ、さっきのお話しみたいに「何聴いてるの?」「それ最新のヤツ?」とか、話しかけたりしていました(笑)。でも試合前に音楽がかかっていたりすると、ちょっとリズムをとりながら準備したりしてリラックスできますね。平原綾香さんとかよく聴いていましたよ。『Jupiter』とか『誓い』とか。

――試合前はもっとアップテンポな曲でテンションを上げるのかと思っていましたが、そうでもないんですね。

単純に、好きなんですよ。国歌斉唱で来てくださったことがあって、その時にサインを入れたCDをいただいたんです。それで、好きになっちゃって(笑)。けっこう単純なんです(笑)。

――小さいころに聴いていた音楽で覚えているものはありますか?

子供のころはCHAGE and ASKAですね。小学生の頃は、家族で毎年スキー旅行に行っていて、その移動中にカセットテープで何度も何度も聴いたんです。『万里の河』や『終章(エピローグ)~追憶の主題』などの初期のころの曲ですね。親が好きだったので、ほかにも尾崎豊さんや浜田省吾さんなんかもよくかけていました。姉は宮沢りえさんが好きで、僕は…たまの『さよなら人類』でした。中学になるとスノボもやっていたんですが、ゲレンデでは必ず広瀬香美さんがかかってましたね。

――音楽が旅行の思い出と一緒になっているんですね。初めて自分で買った音楽って覚えていますか?

バッド・レリジョンかニルヴァーナ、NOFXあたりじゃないかな。レコード世代で、中学校に入ったくらいでスケボーをやっていたこともあって、ちょっとハードな音楽を聴くようになりました。でも、スケボーを一緒にやっていた友達が複雑骨折しちゃって「これはマズイ」と思ってやめちゃいましたけど。

ちょっと多感な時期に入って、先輩とかが聞いていた洋楽にどっぷりハマっていったんです。ちょっとヤンチャなことをやっているような先輩ね(笑)。そういう先輩や仲間を羨ましいと思う気持ちもあったんですよ。みんなで東京まで出かけて、有名店の紙袋に入ったレコードを引っさげて帰ってくるみたいな……。そういうのを、いいなと思いながら見ていましたけど、僕にはサッカーがあって、サッカーが好きだし、サッカーで生きていこうと決めていたから、そこに混ざることもできなかった。そういう、ヤンチャな子に憧れている狭間みたいなところにいる子でしたね。

――聴いている音楽を共有することでつながっているような気持ちだったのかもしれないですね。人からおすすめされたりすることも多いですか?

多いですよ。DJがやっている友達がセレクトした曲が入っているMDを貰ったりして、よく聴いていました。『Just the Two of us』とか『ラブリーデイ』とか……。あとはメジャー・ストレスの『More and More!!』とか。これも中学生くらいの頃に、ちょっとユルいノリの曲をおすすめしてもらって、その頃は気に入って聴いていましたね。そこからR&Bやヒップホップとかに流れて、ノーティー・バイ・ネイチャーとかを聴くようになりました。最近、いろんな方法でふとしたときに昔の音楽を聴いたりすることがあるじゃないですか。そういうとき、「これは!!」ってテンションが上がって、当時の思い出とか、匂いまで浮かんでくることがあるんですよ(笑)。

――そういう音楽との再会も楽しいですよね。選手になってから、最初は音楽を聴いて集中することもあったと先ほど伺いましたが、その頃はどんな音楽を聴いてましたか?

高校生くらいまでは、周囲の影響もあって洋楽をすごく聴いていたんですけど、選手になってからは邦楽のほうが多かったかな? 湘南乃風さんとかよく聴きましたね。ちょうどアテネオリンピック予選の頃に『応援歌』をUAEまで持っていって聴いていました。あとはゴスペラーズさんとかm-floさんですね。メンバーがサッカー好きだったりして、その関係で聴くようになりました。

――今現在は、ご家庭でどんな曲を聴いていますか?

今、家では娘がアニメソングを聴いていますね。妻と二人の時は、BGMでちょっとゆったりめの音楽をかけることが多いかな。音楽を聴く、と構えている感じではなくて、雰囲気を作ってくれるというか、生活を豊かにするような感じがします。妻がMINMIさんが好きなので、それもよくかかってますね。世の中に音楽がありすぎるので(笑)、どうしても自分とつながりのある音楽をよく聴いちゃいますね。

――今、まさによく聴いている曲はなんですか?

浜田省吾さんの『悲しみは雪のように』ですね。これ、超名曲だと思っているんですよ、僕。あとは越路吹雪さんの『ラストダンスは私に』。この曲は、もう亡くなられてしまったんですが、写真家の宮本敬文さんのお宅に遊びに行ったことがあって、その時に聴かせてもらったんです。宮本さんのお宅はすごい音響セットを揃えていて、「ここに座って聴いてみて」と、一番音響のいい場所で聴かせていただいたんですけど、もう感動してしまって。ほかにも、『愛の賛歌』や、矢沢永吉さんの『時間よ止まれ』を聴きました。もう、目の前で歌っているかのようだったんですよ。こんなカッコいい歌を歌うんだ、と大好きになりました。この3曲の衝撃はすごかったですね。

――とても貴重な経験になったんですね。

でもやっぱり、僕にとって音楽はお勧めしてもらうものなんですね(笑)。その中で好きなものを選んでいる感じがします。音楽に限らず、洋服でも、なんでもそうかも知れないですね。そのうえで自分でチョイスする。自分で選ぶと、だいたい同じものになっちゃうじゃないですか。だから、目利きにおすすめしてもらって、そこから自分の好き嫌いを選ぶのがいいんじゃないかと思うんですよね。

――選手時代を振り返って、その時代に沿うような1曲を選ぶとしたらなんですか?

引退発表の時、僕がグラウンドを1周するときに何曲かかけたんですけど、その中に1曲何か入れたいのある?って聞かれて、選んだのがフランク・シナトラの『My Way』だったんです。曲を書いたのはポール・アンカで、僕はポール・アンカのバージョンがすごく好きなんですけど、ひとつ仕事を終えるというか、自分の人生について歌っているような楽曲が、僕の気持ちと重なったんですよね。

僕も引退するにあたって、いっぱい失敗もしたし、いろいろなことがあったけど、自分のやり方で、自分の道を歩んできた。なので、この曲が浮かんできましたね。ちょっと自分本位な歌詞かなと思ったりもしますけど(笑)。僕は人に輝いてもらうことが僕の仕事だと思っていましたし、自分が点を取らなくても点を取ってくれる選手がいて、僕はその選手のために走る。それが僕のスタイルで、僕の生きる道だと思ってずっとやってきたことだったので、プレースタイルが目立たないだけで、自己犠牲とかそういう気持ちじゃなく、実は自分のやりたいことをやっていたんだなと。僕の仕事だから、僕がやりたかっただけなんですよね。

――引退されてから、最近は大学でサッカー指導もされているそうですね。

16年間プロでやっていましたから、サッカーのことでは教えてあげられることがたくさんあるんですけど、僕は大学に行ってませんし、学生たちの考えに触れていく中で僕もいろいろと学んでいきたいと思っています。メールなんかもすごくしっかりした文面で送ってくれて、すごく勉強になるんですよ。

――最後に、改めて今後のビジョンをお聞かせください。

僕はいろんな人に支えられてきた選手生活、人生でした。だから今度は自分がアスリートを支える立場になりたい。僕はサッカー界、スポーツ界から恩恵を受けたので、やっぱりそこに還元したいと考えたときに、アスリートのコンディショニングをサポートしたいと思うようになったんです。そして、サポーターもいつまでも元気にスタジアムに通ってもらえるような、そういうコンディショニングもしていきたいんです。スタジアムにお客さんが一杯になっていることは、サッカー選手やアスリートたちには最大の喜びなんです。きっとそれは音楽アーティストもそうですよね。年を取ってスタジアムに行くのが疲れてきた、という人がいなくなるくらいにしたいと思っています。

――そんな今後の人生を飾るような1曲を選ぶとしたら?

そうだなぁ…『We are the Campion』じゃないですか? ベタすぎます(笑)? あれって、ファイナルで勝つと流れたりするじゃないですか。やっぱり僕はチャンピオンを目指すべきだと思うんですよ。やるからには、何事もトップを目指さないと。トップを目指す中で見えてくるものがあると思っていて、最初からトップを目指さないのは逃げなのかなと思う。もし途中で違ったな、と思えばそこで方向転換すればいいだけですから。自分がサッカー選手として何が大切なのかは、優勝した時に学んだんじゃなくて、優勝した数年後に僕は学んだんです。だからこそ、チャンピオンを目指す気持ちは持ち続けたいですね。

――ありがとうございました。

音楽が、人とのつながりのきっかけや思い出のエッセンスとなっているという鈴木啓太。今回のインタビューで飛び出したものなど、自身がセレクトした楽曲のプレイリストがSpotifyで公開されているので、ぜひチェックしてみてはいかがだろうか。

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