ではここで私が開発し使用してきたボラティリティー・ブレークアウト・システムの概要を紹介したい。この章の内容はシステム取引の未経験者や初心者には難しすぎるかもしれないが、経験者には本論中もっとも有益な章の一つとなるはずである。

幾つかのユニークなアプローチを許される範囲で紹介する。

価格変動の追跡

上がれば買う。下がれば売る。このようにして価格変動の方向性、持続性、連続性を追求する。その手段として順張りのボラティリティー・ブレークアウト手法を採用する。何故順張りブレークアウト手法を採用するのかは第II部:システム取引現代史概観と第III部順張り手法とシステムで解説した。一言で言うと、それしか確実にブレークアウトやトレンドを補足出来ないからであり、またこの手法を使うとフルタイムで相場を見る必要が無いからである。

ところで順張りの基本原理である「上がれば買う、下がれば売る」と言ってはみたものの、これが簡単ではない。何故なら我々はどう価格が変動すれば上がったと言えるのか殆ど知らないからである。昨日100円の価格が今日101円に変動している場合、これを上がったと認識して良いのかどうかさえも私には分からない。この様な不条理がマーケットの基本的現実であることについては第I部:最新の相場認識概観の第2章:相場のバタフライ効果と第3章相場のフラクタル構造について述べた。

これらを踏まえ、私は抜け幅を計測する際に参照するボラティリティーについて肝心の真実を何も知らないということを出発点として次のように徹底した全幅調査を始める。一言で言うとボラティリティーを構成する価格の素材とは何かという問いの答えを捜し求めるわけである。

ボラティリティー計測手段の発見

  1. 「直近価格の広がり」を今仮に「ボラティリティー」と名付ける。その計算方法を発見しようと試みる。実のところ何処から何処までが「直近」で、何が「直近価格の広がり」なのかは知らないのだが、価格の広がりというからにはレンジのようなものを指すに違いない。そこで「価格の広がりを構成しうるレンジとは一体何を指すのか」、考えられる全ての思いつく計算方法を網羅する。
  2. 次にそれらのボラティリティーにパーセント変数を掛けて抜け幅とする。この際はパーセントの下限と上限を適宜設定し、その範囲内の全ての変数を掛けた結果を網羅して全幅探索する。「係数を掛けて抜け幅」とするのは余りにも安易で、価格変動の連続性や数学的整合性に期待をし過ぎではないかと思われるのだが、まさしくその通り。しかし、悲しいかな私は学校で習った自然数を使う加減乗除とその高級バリエーション以外の計算方法をしらないのだ。これは大きな課題であるが、残念ながら議論出来る能力がない。(宇宙人なら自然数を排除し、素数を使って計算するに違いないと、ここ数年真面目に考えるようになった)。
  3. 次に抜け幅の起点を定め、起点プラス抜け幅を買いストップとする。起点マイナス抜け幅を売りストップとする。実のところ何が最良の「起点」なのか全く知らないので、考えられる全ての起点を試して見る。
  4. 以上の手法で、全ての通貨を対象に全幅検索を行い、順張りブレークアウト最良のモデル群と、順張りに適した最良の取引対象(通貨ペア)群を発見する。何をもって「最良」とすべきかその評価関数も知らないのだが、とりあえず既知の手法で判定する。つまり「最も収益が高くリスクが小さいモデルが最良であろう」と仮定するわけである。
  5. なお非常に重要なことだが、現段階では、利食い、損切り、フィルターなどは一切探索から外し、調査の対象にしない。最も原始的で初期的で、幼稚と言えるほど基本と本質を探ろうと試みる。

ここまではPCの驚異的計算超能力をフルに活用して、知恵と言うよりは力ずくで手間隙を掛けてありとあらゆる可能性の全てを探索する。これはまさに過酷なほどの肉体労働である。

ボラティリティーとは?

しばらくやっていると、恐らく、次のような推測が得られるようになるかもしれない。ボラティリティーとは、トレイダーが直近で経験した市場価格変動の「記憶ないしは印象」であろう。取引者の意識に残像として残っている価格変動の軌跡に違いない。ほとんどのトレイダーは無意識にそれらを基に今日のマーケットと比較して市況を判断し取引しようとするだろう。それが価格形成に影響を及ぼすはずだ、と。

次に述べるような図形的記憶もしくは心理的印象の記憶は人間の認識方法の基本であり、特にマーケットの価格変動の場合にはもともと数字として形が記録されるので、数学的にモデル化しやすい。

価格変動の;

○全体像の記憶。
○部分像の記憶。
○平常時の平均的標準的印象の記憶。
○心理的に忘れがたい印象を与えた、際立った極限価格変動の記憶。

その他の考えられるすべての記憶の形態をモデル化する。

具体的には適当な期間の日足4本足データから、上に列挙したボラティリティー像の計算方法を考え出すことになる。多くのモデルを思いついた方が成功する可能性が高まる。

2008/11/24 95.12 97.35 94.94 97.33
2008/11/25 96.70 97.44 94.94 95.23
2008/11/26 95.05 95.95 94.60 95.65
2008/11/27 95.63 95.72 94.99 95.43
2008/11/28 95.50 95.75 95.14 95.50
2008/12/1 95.29 95.57 93.04 93.24
2008/12/2 93.66 93.83 92.63 93.18
2008/12/3 92.98 93.65 92.54 93.30
2008/12/4 93.21 93.46 92.06 92.21
2008/12/5 92.46 93.40 91.58 92.89
2008/12/8 92.76 93.91 92.57 92.80
2008/12/9 92.72 93.10 91.93 92.12
2008/12/10 92.52 93.03 92.08 92.77
2008/12/11 92.59 92.90 91.16 91.43
2008/12/12 91.50 91.88 88.10 91.15

ボラティリティー計算手法

全体像としてのボラティリティー

全体像は通常X日間の最大値と最小値の差で求められる。すなわちX日間最大レンジである。これは良く知られた共有知識であり、しかも納得の行くロジックで説明できる(第II部第1章を参照)。これ以外にも想像力を極限まで働かせて、似てはいるが異なる最大値と最小値を使って全体像を求める計算法を、幾つか考え出すことが出来、それらが発見できれば、たいていの場合既知の計算法よりも有用である。

部分像としてのボラティリティー

部分像は昨日の寄り付き、高値、安値、引け値(OHLC)の、考えられる全ての部分を解剖学的着想で取り出してさまざまな部分像を得る。すなわち;H-L、H-O、H-C、O-L、C-L、O-C、等等(以上、- はマイナスを表す)。

さらによく考えるとこれらの部分を組み合わせた上で比較したもの、例えばの話だがminimum(H-O,O-L)のような部分像も思い描くことが出来る。想像力の限り一見ナンセンスとおもわれる分割と組み合わせを考え出して探索に掛けると、思いもかけない素晴らしい結果が出ることがある。あえて言うと常識外れのアイデアで良い結果となれば、それは本当に良いモデルであることが多い。

さらにこれらの「分割」と「組み合わせ」を2日以上の複数の日足に適用して、さらに複合的な組み合わせを考え出し、モデル化してみる。

何年かこのような調査をやっていると次第に洞察力が高まり、これらレンジの分割と組み合わせの計算方法はマーケット価格変動の広がりを計測していると言うよりは、価格変動の「対称性」(一次対称と二次対称の両方)および「反復性」と「連続性」を探索しているのだと気付く。このことを述べた文献は私が知る限り皆無に近いので、非常に有効な競争力の強い未開拓分野である。やはり我々はボラティリティーが何なのかはまだ良く知らないのだ。

平均化標準化されたボラティリティー

平均像、標準像は毎日のレンジ幅の平均や、上記部分像の平均値、あるいは価格変動や分布の標準偏差などで求めることが出来る。正常(=平均)を規定することで「異常とは何か」を知ることも出来る。

極限体験としてのボラティリティー

極限体験像は、主に暴落や、急騰の印象的な記憶である。直近のちょっとした長大レンジの記憶や、中長期では大暴落や大暴騰の記憶。又、時には全く動かない膠着の記憶が取引者の行動に重大な影響を与えているだろうとは容易に想像が付く。これ等は異常収益機会ないしは異常損失機会の記憶と言い換える事も出来る。

私の場合、長年の実験を繰り返してきた結果、全く収益性が良くない計算手法を破棄して6種類のボラティリティー計算手法とそのバリエーションが生き残った。

抜け幅の起点とは?

共有知識として知られている「抜け幅の起点」は幾つか有り、例えば引け値や寄り付きである。これ以外にもかなりの数の起点を考え出す事ができる。その際に常識や、先入観を持ってはならない。多くの場合常識や先入観は生産的な思考を妨げ、独創的な着眼点を見失う事になりかねない。知られている方法は多くの場合有効だから知られているのだが、それに似ているが別の計算をする有効手段が発見できると、大抵はそちらの方が優秀な結果を収めうる。知られていないということはそれ程有利である。私は11種類の起点を探索の対象として調査する。

戦略の決定と計算

ボラティリティーと起点の計算法候補が揃うと、ボラティリティーにパーセント変数を掛けて、抜け幅を求め、その抜け幅を起点から高値方向と安値方向に離して、その日の売買ストップとする。これで実際の売買が出来る最小要素が全て揃ったので、以上の全ての組み合わせを、システム構築ソフトで全幅探索し収益性の高いものを求める。いわゆるシミュレーションである。

私の場合ボラティリティーと起点の組み合わせだけで66種類あり、これらを戦略と呼ぶ。その全てに対して通常は20%から200%までの5%ステップのパーセント変数を掛け合わせる。パーセント変数は37ステップ有るので、66掛ける37で2,442通りの取引モデルの収益計算をすれば良い。

通貨は16種類を対象とするので、2,442通りの計算を16種の歴史的価格変動データ全てに対して実行する。つまり39,072通りのモデルを計算する。

一つの通貨データは通常は過去20年~30年を遡ることができるが、ユーロの重要性を考え、その導入時期である2000年以降のデータでシミュレーションする。39,072通りの8年間シミュレーションを実行する。その結果通算で31万年分の計算をすることになる。具体的には31万年分の毎日のトレーディングの経理をやるわけだ。市場営業日は1年260日程度なので、8千万程度のデイリー取引計算をすることになる。そうしないと各モデルの最終収益やドローダウンが出てこない。

これだけのシミュレーションを連続的にワンクリックだけで出来る様な仕組みを自作のPCを連結して作り上げているので、痛快なことに数十分程度で計算は完了する。ここまでは序の口で、後に利食いの戦略を加えるようになると、計算時間は指数的に乗数増加するので全幅計算だと一昼夜以上掛かってしまう。このアプローチは第1部冒頭で紹介した保木氏が創造した将棋コンピュータソフト「ボナンザ」の勝負への取り組み方と良く似ている。この瞬間である、PCってホントに安いなと感じるのは。これを手でやると何百年くらいかかるのだろう。

ここまでは手間隙さえあればなんとかなるが、真の問題はここからで、いったいこの膨大な探索結果をどう評価するかと言うことだ。実際にはPCの計算力よりも、実際の取引経験と知恵が物を言う。それについては後々第VI部で解説する予定である。

下図はドル円のみ66戦略で各々の戦略からベスト20のパラメータによる収益とドローダウンを抽出して列記したものである。いわばドル円学級の優等生だけの成績表と言える。個々の点は最終収益額(青色)と最大ドローダウン(赤色)の数値を示す。左のほうに収益が突出したモデルが見つかっている。そのほか有効なベストモデルの候補が5個くらいは見つかっている。

(画像:ドル円66戦略20ベストパラメータ収益表)

シミュレーション結果の評価

評価関数

理想的な評価関数は長年の研究経験から、収益騰落曲線に当てた回帰線からの標準誤差だと結論付けた。これが小さいほうが良い。残念ながらそれに気付いたのは、天才的プログラマーのT.K.氏からこの評価関数を教わった数年前の事で、時は既に遅し、私は単純に「収益を最大ドローダウンで割る方式」で長年やってきたし、そのように探索システムを構築してきた。実はさまざまな欠点がありこの方式はあまり良くない。しかし前述のように、全シミュレーションを 8年と言う共通の期間で統一してやる場合には、なんとか使える評価関数である。

この評価方式で一つの戦略からベスト20のパラメータを抽出して、一通貨ペア当たり66戦略掛ける20で1,320の高収益モデルをベストグループに列挙する。それをグラフ表示にして直感的に最良のモデル候補を選び、一つ一つ詳しく評価検討していく。

最良モデルの選定

余りにも膨大な数になり一つの表には収まり切れないので、通常は主要7通貨ペアとその他の9クロス通貨にグループ分類して、グループ内での比較検討を行う。

下図は最も人気が高い7通貨ペアに限定して、それぞれの通貨ペアに66戦略のシミュレーションを掛けてベストのパラメータ20を選択し、そのシミュレーション最終収益とドローダウンを図示したものである。実際には点の連続なのだが、あまりにも量が多くて折れ線グラフに見えてしまう。このように表示すると「どの通貨にどの戦略を採用すると、全市場全戦略で最高の成績を収められそうか」ということが推測できる。

単純に、グラフのピークが最も高いところに、捜し求めている答えがありそうだと仮定して検討作業を始める。

(画像:主要7通貨ペアの全戦略とパラメータのベストモデル・ランキング図表)

試しに上記の表から単純に収益をドローダウンで割って最大となるモデルを選択し、それを実際に取引してみると下図のようになる。収益騰落グラフの最終部分で収益が高騰しているのはリーマンショック以後の収益であるが、この戦略はそれ以前に発見されていたものである。

このモデルは既に述べたように単純なボラティリティー計算をする以外には利食いも固定幅損切りもしないし、一切のフィルターも備えていない。ひたすら日足を使って毎日一回注文を入れて、売買ストップでポジションをひっくり返すだけである。これは私がこれまで発見したベストモデルの一つである

下記グラフは1988年以降をカバーする。シミュレーションは2000年1月1日以降で実施したにもかかわらず、その戦略は1988年以降有効である。つまり1988年から2000年までの12年間は、システムが一度も見たことの無い所謂処女データである。この様なシステムは将来の未知のデータで取引しても有効である可能性が高い。

(画像:ベストモデルの1988年以降の騰落曲線。シミュレーションは2000年以降のデータで実施)

以上が、私の順張り基本形システム構築プロセスである。トレンドフォローに向いたモデルとその取引対象を探索するのであれば、ここまでで終わることが理想的である。 しかし、万一このプロセスでよいモデルが発見できない場合には、固定幅損切りや利食いを追加してシステム構築を試みる。それは根本的に違う次元の世界に足を踏み入れる事になり、しばしば劇的な変化に直面することになる。それについては次回から順序を追って解説していく。

田中雅氏のプロフィールはこちら

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