欧州危機はもう2年近くも抜本的な解決もされず放置されたままの状況ですが、ユーロの取り決めをしたマーストリヒト条約に基づけば、ギリシャをユーロから切り離すのが大原則。そうすればユーロ危機などとっくに過去のものとなっていたはず、というところまで前回お話しておりました。

ドイツ人の言い分は「確かにごもっとも」と一見納得

ギリシャは、「ない袖は振れない」と早々に白旗を上げている状況ですから、自助努力で財政再建を目指すというのはユーロに参加しているままでは所詮無理な話です。ですから、切り離さないのであれば欧州の強国、特に経済力が抜きんでているドイツが救済の手を差し伸べる以外解決方法はない、という非常に単純な話でもあるわけです。

ところが、実際にはギリシャをユーロから切り離すこともせず、かといって救済措置を積極的に採用するわけでもない。

なぜドイツはギリシャ救済に躊躇するのか。経済危機は放っておけば時間と共に深刻化しますから、なぜ敢えて危機を長引かせるようなことをするのか。汗水垂らして働いている時に、呑気に遊び暮らしているギリシャ人を自分達の血税で助けてあげるなどとんでもない。ドイツ人の言い分は「確かにごもっとも」と一見納得できます。

しかし、もう少しここは"裏読み"する必要があるでしょう。というのも、欧州危機は為替レートとそれを使う大国の思惑に、どうも関係がありそうなのです。その辺りの検証は実際のデータを見ながら進めて参ります。

ギリシャ危機が早急に解決されていたなら対ドルで「ユーロ高」の可能性

この2年間のドル円の為替レートの動きを思い出して下さい。2010年1月4日時点で1ドル92円台だったものが昨年の年末12月30日には76円台になりましたので、円は米ドルに対して20%以上値上がりしたことになります。

円以外の主要通貨の対ドルの動きも合わせて見てみると、下記の通りです。ちなみに為替市場では取引通貨を3つのアルファベットで表示するというのが通例となっています。

実際の為替レート AUD EUR NZD GBP CAD CNY JPY CHF
2010-01-04 0.9133 1.4419 0.7327 1.6109 1.0377 6.8273 92.55 1.0294
2011-12-30 1.0251 1.2973 0.7805 1.5537 1.0168 6.2939 76.98 0.9374

(※出典:FRB)

AUD(豪ドル)、EUR(ユーロ)、NZD(ニュージーランドドル)、GBP(英ポンド)は基軸通貨なので、1豪ドル当たり0.9133米ドル、1ユーロ当たり1.4419米ドル、という為替レートになります。それに対してCAD(カナダドル)、CNY(人民元)、JPY(日本円)、CHF(スイス円)は非基軸通貨ですから、1米ドル当たり1.0377カナダドル、あるいは92.55円というレートになっています。そこで各通貨とも対ドルの変化率に直してみると、次の表の通りとなります。

AUD EUR NZD GBP CAD CNY JPY CHF
2010-01-04 0.9133 1.4419 0.7327 1.6109 0.9637 0.1465 0.0108 0.9714
2011-12-30 1.0251 1.2973 0.7805 1.5537 0.9835 0.1589 0.0130 1.0668
対ドルでの変化率 12.2% -10.0% 6.5% -3.6% 2.1% 8.5% 20.2% 9.8%

この2年間、主要通貨のうち対ドルで最も通貨高となったのは日本円、続いて豪ドル、スイスフランという順番になっています。ここ数年米ドルが売られ続けた背景として、サブプライム危機に始まり、それに続くリーマン・ショックがあり、特に昨年の夏には米連邦の債務問題、長期債の格下げなどがありました。そして欧州ではユーロ危機があったために、最も安全な通貨として円やスイスフランが選好されたという状況があります。

通貨としての信認が低下している米ドルに対して、ユーロは10%も減価しているわけですから、欧州危機がユーロに与えた影響は大きかったと言えるでしょう。そして、もしギリシャ危機が早急に解決されていたならば、円同様にユーロは大幅に買われていたに違いありません。つまり10%のマイナスではなく、プラス10%あるいは20%近くの通貨高になっていたかもしれないのです。

現在のドイツは、東西ドイツ統合による"バブル化"以来の好景気

これほど欧州危機が騒がれていますので、域内の経済最強国のドイツも大変なことになっているのではないか、と思われるかもしれません。

1月3日付の英ファイナンシャル・タイムズは、他国の高失業率をよそにドイツの12月の失業率は著しく低下、20年来の低水準6.8%になったことを伝えています。20年前と言えば東西ドイツ統合で景気がバブル化していた頃ですから、それ以来の好景気を謳歌していることになります。記事の中では製造業を中心に企業は高収益を上げ、ドイツの大手自動車メーカー、アウディが今年中の雇用増を言明していることなどを例として取り上げていますが、この好調なドイツ経済を支えているのは輸出産業です。

実はドイツは対GDP比で輸出が占める割合が30%と先進国の中で最も高い部類に属しています。輸出にとって都合がいいのはどこの国でも通貨安です。そして輸入にとって都合がいいのが通貨高。つまりドイツ経済は今回の欧州危機の煽りを受けるどころか、ユーロ安の恩恵を最も受けているわけです。ギリシャ危機が早急に解決し、ユーロ高となっていたなら、これほどまで輸出主導の好景気はなかったかもしれません。ちなみに、日本の輸出比率はGDP比12%、米国についで輸出依存度は低い状態です。ですから、円高によって輸出企業が大打撃を受け、日本経済が破綻する事はありません。

欧州危機はドイツにとっては経済危機になってはいない―どうやらこの辺に欧州危機に対するドイツの煮え切らない態度はありそうです。

目先に関しては昨年12月に実施されたECBによる3年物の資金供給オペが功を奏し、欧州の金融機関の資金調達がかなり改善しています。直後から欧州国債の入札が好調なのはこのECBからの資金で国債購入を行っているためと考えられます。1%で資金を調達し高い利回りの欧州債で運用すれば銀行にとっては収益となり、買い手が増えれば国債の利回りも低下しますから、一石二鳥のオペなのです。ユーロは年末年始この「オペの効果」を無視してかなり売り込まれましたから、市場がそれに気が付き出すと買戻しが優勢となるでしょう。

また、欧州加盟国の優良50銘柄で構成されるユーロ・ストックス50指数を見ると昨年秋の最安値から2割も上昇していますので、メディアの悲観論をよそに欧州危機はいったん収束に向かっていると考えられます。欧州問題はこれまで通り悲観→収束を繰り返し、長丁場になると見る方がよいでしょう。

執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。