一つの会社に就社し、いくつもの職場を経験しながら、少しずつ出世して、定年を迎える。そんな「普通」のサラリーマン生活が日本から消えようとしています。大きな理由は、安倍政権が(1)派遣法改正、(2)ホワイトカラー・エグゼンプションの導入、(3)金銭解雇の合法化という3つの大きな制度変更を目指しているからです。私は、この3つを「雇用破壊3本の矢」と呼んでいます。

派遣法の改正、ただただ命令に従って働かされるだけ

まず、すでに衆議院を通過した派遣法の改正です。今回の法改正で派遣労働者は一律に3年までしか同じ職場にいられなくなります。これまでは、専門26業務を担う派遣労働者は、同じ派遣先の職場で、無期限に働くことができました。例えば、テレビ局で働く派遣のディレクターは、5年、10年と同じ番組を担当することが可能だったのです。それだけ長いこと働いていると、そのディレクターは、番組に必要不可欠の存在になってしまいます。そのため、彼が正社員としてテレビ局に採用されることもあったのです。

ところが、派遣法改正で、同じ職場には3年間しかいられなくなります。そうなると、3年が経過した時点で、また別のテレビ局で働かないといけなくなります。そうなると、せっかく積み重ねてきたノウハウが、すべてご破算になってしまうのです。つまり、派遣のディレクターは、いつまで経っても「新参者」ということになり、一生を派遣労働者として、新人でもできるような単純労働の仕事を続けないといけなくなるのです。派遣労働者は、軍隊で言えば三等兵といったところでしょうか。ただただ命令に従って働かされるだけで、いざとなったらさっさと切り捨てられます。

ホワイトカラー・エグゼンプション、すぐに一般サラリーマンに及ぶようになる

一方、下士官クラスに相当する正社員のほうは、どうでしょうか。正社員の安定した暮らしをこれから破壊するのが、安倍政権が導入を目指している雇用破壊第2の矢、高度プロフェッショナル労働です。これは、つい最近まで、ホワイトカラー・エグゼンプションと呼ばれていました。管理職になる前のサラリーマンを労働時間ではなく成果で評価する制度です。これを実現するための労働基準法改正案も今年の通常国会に提出されています。この制度は、労働者が時間に縛られずに働ける仕組みだとされていますが、現実は違います。

この制度は、残業代を支払わずに労働者に無制限の労働時間を強要できる制度になっていくのです。政府は平均年収の3倍(1075万円)以上の高度な職業能力を有する労働者に限定して導入するので、一般のサラリーマンに悪影響はないと主張していますが、すぐに規制が緩和され、一般のサラリーマンにも及ぶようになるでしょう。現に、日本経団連は、適用対象の労働者を年収400万円以上にするように要求しています。そうなったら、せっかく正社員になっても、とてつもない長時間労働を強いられ、しかもそれがみなサービス残業ということになりかねません。それは、夢物語ではなく、一部の居酒屋チェーンやファーストフード、ドラッグストアなどの店長クラスには、すでに起きている実態なのです。

「金銭解雇の導入」、いつでも従業員を切れるように

そして、正社員を襲う第3の矢が、金銭解雇の導入です。今年3月に政府の規制改革会議が、金銭解雇制度の導入を提言しました。労働者が整理解雇され、それが裁判で「不当解雇」であるという判決が出ても、企業が一定の金銭を支払うことで、解決させる仕組みです。これまで日本の正社員には、厳しい解雇規制が適用されてきました。とりあえず正社員として就職しておけば、会社がつぶれない限り、雇用は守られたのです。ところが、この制度が導入されると、会社は手切れ金さえ支払えば、いつでも従業員を切れるようになります。正社員として会社のために滅私奉公しても、要らなくなったら、すぐにポイ捨てされる時代がやってくるのです。

日本の会社は、かつてはボトムアップで、現場のアイデアや行動を経営者は追認するというのが基本的な仕事の進め方でした。だから、サラリーマンの仕事は、そこそこ楽しかったのです。ところが、これからは、トップダウンの経営に変わることによって、仕事の面白さも、報酬も、資本家と手を組んだ経営陣が独占するということが起きるのです。もちろんトップは株主の言いなりですから、事実上ハゲタカになったのと同じです。

つまり、若い人にとっての人生の選択肢は、(1)三等兵、(2)下士官、(3)ハゲタカ、の3種類に集約されることになります。これだと、なんとも暗い将来ビジョンになってしまいますが、実はもう一つの方向性があります。それが「アーティスト」になるということです。これについては、来週詳しくお伝えしましょう。

執筆者プロフィール : 森永 卓郎(もりなが たくろう)

昭和32年生まれ、58歳。東京都出身。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発(株)総合研究所、(株)UFJ総合研究所等を経て、現在、経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。
専門は労働経済学と計量経済学。そのほかに、金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
主な著書に『<非婚>のすすめ』(講談社現代新書、1997年)、『バブルとデフレ』(講談社現代新書、1998年)、『リストラと能力主義』(講談社現代新書、2000年)、『日本経済「暗黙」の共謀者』(講談社+α新書、2001年)、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社、2003年)、『庶民は知らないアベノリスクの真実』(角川SSC新書、2013年)など多数。