下記のドル/円チャートを見ていただきますと、特に2012年から2015年に掛けて、ドル/円の急騰が目立ちます。この間、ドル/円は50円弱上昇していますので、これは近年まれに見る上昇でした。

2010年以降のドル/円推移

上昇の理由のひとつには、2012年10月頃から始まったアベノミクスに、米系ファンドが好感し、日本株買い円売りを相当仕掛けてきたことが上げられます。ファンド筋は、この千載一遇のチャンスを逃すまいと、2012年はクリスマス時期も、休暇返上で買い上げてきました。

このファンドの積極姿勢にドル/円は翌年の5月まで上昇を続け、この間に26円の上昇を見ました。さらに、2014年の10月には、「黒田バズーカ第2弾」があり、ドル/円は更に上昇し、125円台まで達しました。

しかし、実は、こうした投機的なドル買いを支えていた大きな理由が別にありました。それは、日本の貿易収支の赤字でした。

投機的なドル買いを支えた「日本の貿易収支の赤字」

1965年以来2010年までの45年間、貿易収支は黒字が続きました。

ところが、2011年3月に東日本大震災が発生し、それにより福島第1原発で大事故が起きたため、国内すべての原発は稼動停止となりました。そして、その代替エネルギーとして、液化天然ガスを大量輸入することになりました。これにより、長らく続いた貿易黒字は、2011年以降貿易赤字に転換しました。

皆さんご存じのように、日本は貿易立国です。本来、製品を輸出して、その代金をドルで受け取りますが、ドルでは国内で使えませんので円に交換します。つまり、貿易黒字(輸出>輸入)の場合、恒常的にドル売りが発生するため、ドルの上値は常に重くなります。

しかし、2011年以降貿易赤字(輸出<輸入)になると、製品や原材料の輸入代金をドルで払うためドル買い円売りが増える、つまり恒常的にドル買いが増えることになり、常に買い気が強くなりました。

実は、この貿易赤字に伴うドル買い円売りがあってこそ、2012年から2015年までのドル上昇がサポートされていました。言ってみれば、派手な米系ファンドのドル買いの裏に、恒常的に発生する日本の貿易赤字によるドル買いという縁の下の力持ちがあったからこそ、大幅なドル高円安が現実のものとなったわけです。

原油価格の急落で貿易収支が黒字化

ところが、2014年7月から、原油価格が急落し、これに伴って輸入額は劇的に減り、貿易収支が大幅に改善しました。

これについて、ドル/円相場の推移を見ますと、2015年代は高値圏を維持していましたが、2015年12月から下げ始め、2016年の6月には99円台まで急落しました。その後は、横ばいとなり、今月多少ではありますが、ドル高になっています。

この間の貿易収支の推移は、以下の通りです。

四半期ベースの貿易収支推移(2010年~2016年) 単位:億円

2010年まで黒字だったのが、2011年から貿易赤字に転換、そして2014年には貿易赤字は最大となりました。ところが、その後の原油価格の急落により、貿易赤字は急ピッチで縮小し、今年に入ると黒字に転換しています。

つまり、なにを申し上げたいかと言いますと、派手に米系ファンドがアベノミクスをはやして買い上げても、実は貿易赤字からのドル買いのサポートがなくては、それ程大幅なドル高円安にはならなかったと思います。

この10月、ドル/円は買われました。買い手は、米系ファンドだと、見ています。しかし、2012年から2015年に掛けてのようなドル高円安は見込めないと思っています。

なぜなら、貿易赤字のドル買いサポートは既になくなり、むしろ今年になって黒字に転換していますので、逆にドル高円安の足を引っ張る側に変わっているとさえ言えるからです。

米系ファンドはどう動くか?

最後に米系ファンドについて、追記しておきます。

米系ファンドと言って恐れられていても、所詮は投機筋です。買えば、必ず利食いか損切りのために売らなくてはならないのが、投機筋の宿命です。したがって、この10月米系ファンドが買ったとはいえ、結局は年内には売りに回るものと思います。

ちなみに、2012年10月から年を越えて2013年5月まで買い上げられたのも、貿易収支が赤字だったからこそのことだと思います。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名をとどろかす。1995年より在日外銀において為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売された。詳しくはこちら