注目のSクラス ハイブリッドの日本導入は、Sクラスのマイナーチェンジに合わせるタイミングで行われた。マイナーチェンジでこのような発表会を行うのは異例中の異例。発表会場の東京ミッドタウンには、メルセデス・ベンツが各所に展示されていた

2009年9月3日、東京・港区の東京ミッドタウンで、輸入車初のハイブリッドモデル「Sクラス ハイブリッド ロング」の発表会が開催された。今までプレミアムセグメントのハイブリッドカーを市販していたのは日本のトヨタだけだった。だが、ついにヨーロッパ勢が反撃に出た。

日本での輸入ハイブリッドカーリリース一番乗り果たしたのがメルセデス・ベンツ。ご存知の方もお多いと思うが、このハイブリッドシステムのノウハウはダイムラーAG(当時はダイムラー・クライスラー)とBMW、GMが共同で開発したものがベースといっていいだろう。共同開発時は2モードハイブリッドだったが、そのノウハウを応用したシンプルなハイブリッドシステムがこれだ。ハイブリッド技術で日本勢に後れを取っていた欧米メーカーが協力して、劣勢を一気に逆転するための共同開発だった。その効果が今回のSクラスハイブリッド(ヨーロッパではS400ブルーハイブリッド)。すでにヨーロッパでは6月に発表されていたが、日本にはわずか2カ月ちょっとで上陸。ハイブリッドカーの"本場"、日本市場で最大のライバルであるレクサスLS600hと凌ぎを削ることになるわけだ。

輸入車初のハイブリッドカーの登場だけに、テレビの取材クルーも異常なほど多い。これほどカメラが並ぶクルマの発表会は最近珍しい。座る席がないほど会場には人があふれていた

この発表会のために、ドイツ本国からわざわざハイブリッドカー担当者が説明に駆けつけるほどの熱の入れようだ

ハイブリッドシステムでベンツと協力関係にあるBMWも、9月2日にBMWアクティブ・ハイブリッド7(BMW ActiveHybrid 7)をヨーロッパで発表している。日本でのリリースはもう少しかかりそうだが、そう遠くない将来に登場するはずだ。メルセデス・ベンツやBMWを迎え撃つレクサスも抜かりはない。レクサスLSは、ヨーロッパでベンツやBMWの発表に合わせるタイミングでマイナーチェンジを敢行。今のところLSはヨーロッパ市場で思うように販売台数を伸ばせていないが、ベンツとBMWがハイブリッドカーをリリースしたことで、相乗効果でプレミアムセグメントのハイブリッドカーとして再び注目を集めるに違いない。

話をメルセデス・ベンツSクラス ハイブリッドに戻そう。このモデルは「Sクラス」の大幅なマイナーチェンジと同時にリリースされた。日本のクルマ市場ではエコカー減税が話題になっているが、もちろんSクラス ハイブリッドは正規輸入車初のエコカー減税対象車。このハイブリッドカーはロングホイールベースのモデルのみで、しかも左ハンドルのみの設定だ。右ハンドルや標準ホイールベースのモデルの設定がないのは、開発や生産に余裕がないからかもしれない。もっとも日本市場のSクラスの販売を見ると半数近くが左ハンドル。しかもショーファードリブンカーとして使われることが多いため、運転手が後部左ドアの開け閉めをしやすい左ハンドルが好まれる。意外だったのは価格設定だ。プレミアムセグメントのリーダーシップを取るモデルだけに、車両価格にもプレミアを付けると思っていたが、Sクラス ハイブリッド ロングは1405万円。ロングホイールベースの中ではもっとも安い設定になっている。確かにエンジンは3.5LのV6と、V8やV12を搭載する他のグレードとは違うが、このクラスにも優れた環境性能が求められている。それだけにこの価格設定は、メルセデスがプレミアムクラスのハイブリッドカーを日本で普及させるための戦略的な目的もありそうだ。

注目のハイブリッドシステムは、以前から公開されていたように今までの駆動システムをベースにしている。薄型の三相交流モーターはエンジンとトランスミッションの間に組み込まれている。ホンダのIMAによく似たシステムだと思っていい。ホンダが薄型のDCブラシレスモーターなのに対し、メルセデスは三相交流という違いがある。ホンダは得意のバルブシステムでエンジンの気筒休止システムを備えるが、メルセデスはエンジンに特別な仕掛けはしていない。エンジンとトランスミッションの間に組み込まれたモーターを切り離すシステムも組み込まれていないため、モーター駆動のみのEV走行はできないのだ。この辺がトヨタのハイブリッドシステムTHSやホンダのIMAと違う点だ。モーターはエンジン始動とアシスト、減速時の回生に使うだけでEV走行はできない。

三相交流モーターは、最大160Nmのトルクを発生する。駆動電圧は120Vと低いが、最高出力は15kW(20馬力)を確保している。Sクラスということで、やはり比較するのはレクサスのLSだが、排気量やFRレイアウトということで比べるとレクサスGSがスペック的にはもっとも近い。レクサスGS450hのモーター1KM型は147Kw(200馬力)。トルクは275Nmと別格。エンジンは同じ3.5LのV6だが、EV走行するレクサスGSとモーターをアシストのみに使うSクラス ハイブリッドとの違いがこんなところに現われている。

LS600hと比べるとさらに違うことがわかる。LSもGSと同じ1KM型モーターを使っているが、制御システムが違うためさらに強力。トルクは300Nm、最高出力は165kW(224馬力)。このことからもわかるようにSクラス ハイブリッドはエンジンをメインに走り、モーターはあくまでもアシストというハイブリッドカーだ。ホンダの初期のIMAがそうだったように、走行時はエンジンが回り続けているためハイブリッドらしさは希薄なはずだ。モーター走行ならではの静粛性や滑らかさは、THSにまだまだアドバンテージがありそうだ。

だがSクラス ハイブリッドの動力性能はなかなか優秀。モーターを含めたシステム最高出力は220kW(299馬力)、最大トルクは385Nm。1-100km/h加速は7.2秒を記録し、最高速度はリミッターで250km/hに抑えられている。10・15モード走行燃費は2ケタの11.2km/Lを記録。V8・5Lと排気量が大きいLS600が12.2km/Lだから、燃費性能はまだまだLSには及ばないが、従来のS350に比べると燃費は約30%も向上しているという。ちなみにヨーロッパでの排ガス測定NEDC総合燃費では7.9L/100km(約12.7km/L)。CO2排出量は186g/kmとなっている。

このようにSクラス ハイブリッドが優秀な燃費性能を実現できたのは、アイドリングストップによるところが大きい。これはTHSも同じことが言える。回生によるエネルギー回収も重要だが、ムダな燃焼であるアイドリングを止めると燃費に対する効果が大きい。Sクラス ハイブリッドはモーターを発進時や加速時など「ブースト機能」として使うが、減速して時速に15km/hを下回ると自動的にエンジンを停止。アイドリングストップ状態のまま回生ブレーキによる減速で、運動エネルギーを電気エネルギーとして回収(回生)する。これをメルセデスでは「ECOスタートストップ機能」と呼んでする。スタート時はハイブリッド用モーターをスターターモーターとして使うため、このようなネーミングにしているのだ。

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注目はバッテリーだ。ハイブリッドカーとしては日本でもまだ車載実績がないリチウムイオンバッテリーを採用している。i-MiEVなどの電気自動車はすでにリチウムイオンバッテリーを使っているが、量販市販ハイブリッドカーとしては日本初(過去に日産ティーノハイブリッドがリチウムイオンバッテリーを搭載したが、このクルマは限定車だった)。ただし、搭載するバッテリー容量は小さい。EV走行をしないためもあるが、メルセデスはホンダと同様にモーターをアシストと考えているため大容量バッテリーが必要ないのだ。電気はモーター駆動用に使われるのはもちろん、新採用の電動エアコンにもここから給電される。このエアコンはうれしいことに日本製。サンデンの電動コンプレッサーを採用しているのだ。形式はSHS-33B4150。モータータイプはDCブラシレスモーターで最大出力は8.2kW、作動電圧は120ボルトだ。ちなみにトヨタはデンソー製の電動インバーターエアコンを使い、三菱はi-MiEVで三菱重工製の電動インバーターエアコンを採用している。日本メーカー勢のハイブリッドカーやEVと違うのは電装系への給電。THSにしてもEVであるi-MiEVも、12Vの電装系用に従来の鉛バッテリーを搭載している。だがSハイブリッドは、このリチウムイオンバッテリーからDC/DCコンバーターを介して12Vの電装系に給電。そのため車載バッテリーはこれだけですんでいる。リチウムイオンバッテリーは重量当たりの容量が大きいし、SハイブリッドはEV走行もしないためバッテリーは極めてコンパクト。140ボルトのバッテリーモジュールは25kgと超軽量だ。そのため通常のエンジンルーム内の位置にバッテリーを納めることに成功している。ハイブリッド用バッテリーにとってもっとも重要な温度管理は、独自のクライメートコントロールで15-35°Cに保つという。バッテリー関連の特許だけで25件も取得している。ハイブリッドシステムは薄型モーターとリチウムイオンバッテリーなどを合計しても、重量増をわずか75kgに抑えているのだ。THSがトランクルームに大きなニッケル水素のバッテリーを搭載しているのと大きな違いだ。このリチウムイオンバッテリーのメーカーはコンチネンタル社。ダイムラーはアメリカのベンチャー企業テスラ・モーターズに出資しているが、テスラのリチウムイオンバッテリーとは別物。テスラ製のバッテリーを使うスマートedの電気自動車と別にすることで、柔軟な供給体制にしているようだ。

同時期に登場したBMWのアクティブ・ハイブリッド7が搭載しているリチウムイオンバッテリーは、35セルを1つのバッテリーモジュールとしていて、容量は800Wh、電圧は120ボルト。メルセデスが140ボルトなのに対しBMWは120ボルト。コンパクトなバッテリーであることは共通しているが、搭載位置はまったく違う。メルセデスがエンジンルーム内に置くのに対し、BMWはトランクルーム下。リヤアクスルの上に位置するからもっともクラッシュによる影響を受けにくい場所だ。メルセデスも安全性に十分配慮しているだろうが、リチウムイオンバッテリーをフロントに搭載するというのはまだまだ珍しい。このバッテリーの充電状態やモーターのアシスト状態は、ドライバーの前のディスプレイに映し出される。エナジーフローディスプレイと呼ぶ、スピードメーター内のマルチファンクションディスプレイにリアルタイムに表示する。

いよいよ日本の道路を走り始めることになったメルセデス・ベンツSクラス ハイブリッド ロング。注目の試乗インプレッションは近いうちにお届けしたい。

これが注目のコンチネンタル社製のリチウムイオンバッテリーモジュールの透視図。冷却モジュールがシステムのポイントだ

この薄型三相交流モーターがエンジンとミッションの間にセットされている

新型は室内にアンビエントライトを新採用。ライトの色は好みに合わせて変えられる(3色)

メルセデスの新コピーは「ブルー・エフィシェンシー」。先日導入された1.8L直噴ターボや今回のハイブリッドなどの環境技術の最先端が燃料電池であるエフセル。今後はメルセデスもEVにシフトして行き、究極の目標はエフセルだ

Sクラス ハイブリッドは、輸入乗用車初のエコカー減税対象車だ

Sクラス ハイブリッドだけでなく、通常のガソリン車も各所に省燃費技術が投入され、燃費性能が向上した

Sクラス ハイブリッド ロングの手前に立っているのが、メルセデス・ベンツ日本のハンス・テンペル社長

装着タイヤのブランドと銘柄は、このミシュラン・プライマシーHPの他にピレリ・Pゼロ、ブリヂストン・ポテンザRE050、ダンロップ・SPスポーツなどがある。ハイブリッドカーだが走りのパフォーマンスを重視しているのがヨーロッパメーカーらしい

ハイブリッドに限らず、マイナーチェンジされたSクラスはヘッドライトやリンコンビライトなどが変更されている

新型のEクラスやCクラスと同様にLEDランプを各所に使用している

メルセデスの環境性能を表すのが「ブルー・エフィシェンシー」のエンブレムだ

フロントウインドーの上にはナイトビーアシストプラスのカメラと、レーンキーピングアシストのカメラを装備。ナイトビューには新たに人検知機能がプラスされた。レーンキープはステアリングを振動させて逸脱警報にしている

東京ミッドタウンは、まるでメルセデスに占拠されたようになっていた。オープンスペースにはブラックのSクラス ハイブリッド ロングが置かれていた

ボディカラーがブラックのほうが締まって見える。ハイブリッドはこのブラックとイリジウムシルバーが標準色。オプション(有償)カラーがダイヤモンドホワイトだ

エクステリアデザインからハイブリッドであることはほとんどわからず、リヤのHYBRIDのエンブレムを見ないと確認できない。やはり専用デザインのハイブリッドカーのほうがインパクトがある

インパネの基本デザインは大きく変わっていない。Sクラスらしい高級感は、ハイブリッドにも受け継がれている

インパネのセンターには小さくHYBRIDの文字が入る

ハイブリッドカーだがエンジンルームの眺めは従来モデルとほとんど変わらない

エンジンを横から見てもハイブリッドカーらしさはない。奥にオレンジ色の高圧ケーブルが見えることでハイブリッドカーだと気づく程度だ

これがサンデンのエアコンの電動コンプレッサー。手描きの文字があるあたり、量産初期のパーツなのかもしれない

フロント右側にリチウムイオンバッテリーを搭載。サスハウジングの奥に位置していて、通常のバッテリー位置と同じだ

リチウムイオンバッテリーは衝撃に耐えるため特殊なジェルで保護されているという。万が一の場合はサーキットブレーカーが働き、電気を遮断する

バッテリーにはコンチネンタルのロゴが張られている

リチウムイオンバッテリーから伸びた高電圧ハーネスは、ミッション前のモーターにつながる。位置関係が近いためハーネスによるロスが少ないはずだ。BMWがリヤから前までハーネスを伸ばすのと大きな違いだ

レクサスLSのようにバッテリーのためにトランクスペースが犠牲になっていない。ノーマルとまったく同じスペースを確保している

エンジンがかかっていないためハイブッドの表示は出ていないが、スピードメーター内にバッテリーの充電量や回生状態が表示される

サンデンのエアコン電動コンプレッサー単体がこれだ。SHS-3B4150 モータータイプ:DCブラシレスモーター 最大出力:8.2kW 電圧:120V