先日、このコラムで紹介したディーゼルエンジンの記事を読んでいただいた方から質問が届いた。「ナノPMがあたかもディーゼルエンジンのみの問題のように書かれていますが、どうもこれはガソリンエンジンからも排出されているものであるようです」というもの。今回はガソリンエンジンのPM(パティキュレートマータ=煤)について考えてみたい。

結論を先に述べると、読者の言うとおりガソリンエンジンでもPMは発生している。特に直噴ガソリンエンジンは発生しやすく、一部ターボなどの過給器を組み合わせたクルマのエキゾーストエンド(排気管出口)を見ると黒い煤がたくさん付着していることがある。車種によって煤のつき方に差はあるが、多いものではエンジン始動にエキゾーストパイプ内の水分と混じって"墨汁"のような水が流れ落ちることもある。ただ、ガソリン直噴エンジンで過給器を組み合わせているものが、すべでPMを発生しやすいというわけではない。環境問題を重視する、ある海外の自動車メーカーのエンジニアと話したことがあるが、直噴エンジンでターボを組み合わせていても制御でPMはまったく発生しないという。ほんとうにそのメーカーのエンジンでPMが発生しないのか知る手段はボクにはないが、彼の言葉を信用すればディーゼルよりガソリン直噴はPMの問題を解決しやすいようだ。

ある国産車のガソリン直噴ターボエンジンのエキゾーストエンド。パイプの内側には煤が付き、煤を含んだ水が下に流れ出した跡が見える

ガソリン直噴と過給器を組み合わせた輸入車のエキゾーストエンド。これも内側には煤が付いている

さて、そのガソリン直噴エンジンは燃費性能の高さとレスポンスのよさから注目された。数年前までは成層燃焼を行う直噴エンジンがあったが、今では姿を消してしまった。燃費性能を追求すれば、少ない燃料でエンジンを回せる成層燃焼をやりやすい直噴エンジンは魅力的だ。だが、姿を消したのはなぜか? 排ガス性能を満足させにくいからだ。成層燃焼をさせるとNOxが増えてしまい、三元触媒でクリーン化しにくくなってしまう。NOx吸蔵型触媒を使う方法もあるがコストがかかってしまう。それに成層燃焼させるエンジンを搭載したクルマは運転時に違和感があって、あまり評価がよくなかった。成層燃焼は一定速で走っているときなど低負荷時に限られ、そこから加速しようとするとレスポンスがよくないことが多く、ドライバビリティという面では好ましいものではなかった。

成層燃焼をする直噴ガソリンエンジンをやめたのは、排ガス規制の影響もある。ポスト新長期規制と呼ばれる09年に導入予定の世界トップレベルの排ガス規制では、ついにガソリンエンジンのPMも規制されることになった。ただし、ガソリンエンジンの場合は条件が付いていて、"希薄燃焼を行う直噴エンジン"としている。希薄燃焼より薄い成層燃焼を行う直噴も当然規制を受けるわけだ。今までガソリンエンジンはPM規制の適用を受けてこなかったが、希薄燃焼以上の条件で運転する領域がある直噴エンジンはPMの発生が多いということなのだ。

実はメーカーもPMの発生が多いことはわかっていたようだ。市販車に直噴ガソリンエンジンが搭載されたころは、混合気を燃えやすくするため燃焼室に起こす"渦"は縦渦派と横渦派に別れていた。だが、現在では縦渦派が主流になった。また成層燃焼を行う制御はほとんどなくなり、理論空燃比でエンジンを回すストイキ制御の直噴になっている。ストイキ制御ならばポスト新長期規制でも排ガス規制を受けないが、困ったことにPMを多く排出するクルマがあることは事実なのだ。煤の発生が多いためにピストンヘッドに煤が溜まり、エンジン不調を起こす可能性も指摘されていた。実際あるメーカーでは、乗車する人を長時間アイドリングして待つ可能性のある高級車のピストンヘッドに特殊なコーティングを施して煤の付着を防止している。普通の使い方ならば付着した煤は自己浄化で燃焼したり、吹き飛ばされてしまうが、低回転では付着してしまうのでこうした対策を行っているのだ。

現在正規販売ルートで購入できる唯一のクリーンディーゼルがメルセデス・ベンツEクラスのE320CDIだ

V6ディーゼルターボエンジンはクリーンなだけでなくパワー感も十分で、かつ速 い。スポーティな走りがこなせるほどのポテンシャルがある

E320CDIのエキゾーストエンドを見るとガソリン直噴の過給器付きエンジンとは対照的にパイプ内側の金属の地肌が見え、まったく煤が付いていないことがわかる

ディーゼルとガソリンの直噴には違いがある

ただしコモンレールのような高圧噴射をおこなうディーゼルとガソリン直噴が違うのは、ガソリンは直噴でもディーゼルに比べれば大幅に噴射圧力が低いという点。ディーゼルは将来的には2000気圧をオーバーする噴射圧力になると予想されている。噴射圧が高まって燃料がより微粒子化するとより細かいナノPMの発生が予想され、今までDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)はトラップできない。さらに燃料の問題もある。軽油とガソリンの燃焼では発生するPM成分に差があるということだ。もちろんディーゼルに天ぷら油など使えば発生するPM成分も変わるわけで、原油から取り出した軽油を使った場合のナノPMの成分に疑問があるわけだ。

前回のコラムでも書いたようにナノPMがもたらす影響は、医学的に解明されていない部分もある。結論を急ぐのではなくナノPMにも目を向けながら、ディーゼルの普及を目指すべきなのだ。ディーゼルはGTL(ガス・ツー・リキッド)やDMC(ジエチレングリコールジメチルエーテル)などいろいろな燃料を使うことが検討されているが、同時にそれらの燃焼から排出される成分もよく検討する必要がある。

ボクを含めて一般ユーザーはナノPMやPMなどを測る手立てはない。また、それが与える影響もわからない。だから自動車メーカーは規制がないからという理由ではなく、こうした排ガス問題も重視して情報開示に取り組んでほしいと思う。

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連 の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングして いる。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員