連載コラム『知らないと損をする「お金と法律」の話』では、アディーレ法律事務所の法律専門家が、具体的な相談事例をもとに、「お金」が絡む法的問題について解説します。


【相談内容】
10月から動き出すというマイナンバー制度が不安でたまりません。そもそも制度の概要がいまいちわかりづらいですし、運用開始となると、自分の情報が漏えいされるのではないか、自分のマイナンバーが悪用されて成りすまし被害に遭わないか、など、不安でいっぱいです。企業がマイナンバーを管理するということですが、勤務先がしっかり対策をしてくれるのかいまいち信用できません。マイナンバーは変えられないと聞きますし、トラブルなどが生じた場合には、どうしたらいいのでしょうか。

【プロからの回答です】

マイナンバー制度の運用開始にしたがい、トラブルへの懸念の声も聞かれます。行政機関による情報漏洩のリスクというよりは、各企業(事業者)の情報管理の不備等による情報漏洩等の危惧が懸念されるところです。これは、各企業の準備と対策をしっかりしていただくことが最も大切ですが、実際に情報漏洩等の被害に遭った場合には、慰謝料や損害賠償請求も考えられますので弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

そもそも「マイナンバー」ってなに?

マイナンバーとは、住民票を有する全ての人に、住所地の市町村長から指定される12桁の番号のことです。原則として一度指定されたマイナンバーは一生涯変更されないことが予定されているので、見方によっては、自分の番号がどんな番号になるかもひとつの楽しみといえるかもしれません。

このマイナンバーは、今のところ社会保障、税、災害対策の分野で、国や地方公共団体などが効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報を迅速かつ正確にやりとり(情報連携)できることを狙ったものです。

個人や法人に付与された番号については、平成27年10月以降、12桁の個人番号(法人には13桁の法人番号)が通知されることになります。その後、平成28年1月には実際に運用開始となりますが、その際に希望者には「個人番号カード」が交付される流れとなっています。個人番号カードには、氏名・住所・生年月日、性別、マイナンバーが記載され、写真も表示される予定です。この個人番号カードは、本人確認のための身分証明書として利用したり、ICチップに搭載された電子証明書によりe-Tax等の各種電子申請を行ったり、自治体の図書館利用証や印鑑登録証などのサービスに利用したりできるようになる予定です。

マイナンバー制度トップページ画面

マイナンバー制度のメリット

マイナンバー制度を導入する大きなメリットは次のようなものです。

行政としては「個人番号」を利用して各行政機関が連携することにより、業務効率化・各機関の間のゆがみや運用のずれなどを解消することが期待されます。特に、これまで必要とされていた情報の照合・転記・入力に要する時間労力が相当削減されることが期待されます。さらに、所得や行政サービスの受給状況等を把握しやすくなることにより、義務や負担を不当に免脱する行為や不正受給を防止することが望め、これにより、本当にサービスを必要としている方への適切なサービス提供が可能となるというメリットも期待されます。

また、国民としては、これまで各情報や資料を行政機関から取得したり、サービスを受けたりするのに必要だった様々な煩雑な手続きが簡略化され、行政サービスの円滑利用が望めるというメリットがあります。特に、住民票の添付など、添付書類が必要とされていた手続きの一部が、添付書類不要となることで、国民の負担が軽減されるといえるでしょう。また、運転免許証等の身分証がなかった方はこれが身分証代わりになりますし、コンビニなどで住民票等の公的な書類を受け取ることも想定されています。

現在の日本では、「年金」や「健康保険・雇用保険」、「パスポート」、「税金」、「運転免許証」、「住民票」など、それぞれに付された番号はそれぞれの管理機関において全く共有されることなくバラバラに管理されています。それを一本化することで国民にとってもマイナンバーさえあれば行政手続きが全てできることになるわけです。このように、以前よりも行政のサービスが使いやすくなるということで、国民の利便性が向上することが期待できます。

マイナンバー制度で危惧されること

一方、マイナンバー制度には次のような危惧の声が聞こえてきます。

やはり危惧されるのは、「マイナンバーの流出」や「なりすまし被害のおそれ」ですね。マイナンバーに関する個人情報が漏えいされたり、悪用されたりするのではないかという不安は、みなさん共通にお持ちではないかと思います。法律的には、マイナンバーは必要性がある場合を除いては利用・収集が禁止されるほか、本人確認義務、第三者機関による監視監督、法律に違反した場合の罰則の強化等の規定により、なるべくこのような事態を防止するよう制度化されています。また、システムの上でも、個人情報の分散的管理(特定の機関が一括管理することはない)や、情報へのアクセス権限の制限、通信の暗号化等により、安全な制度運用を図っています。

ですので、行政機関における情報漏洩については、漏洩等のリスクは、これまでとあまり変わらないように思います。ただ、実際にマイナンバー利用の促進により、個人情報へのアクセスが容易になることは否定しがたいので、何らかのかたちでマイナンバーや特定個人情報の漏えい、不正利用が起こってしまう可能性は、これまでに比して高まる可能性はあるとはいえるでしょう。

また、今回のマイナンバー制度により、事業者(民間企業など)が労働者のマイナンバーを管理することとなります。事業者は、マイナンバー及び特定個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の適切な管理のために、必要かつ適切な安全管理措置を講じなければならないという義務を負うこととなります。

また、マイナンバーの管理利用については、従業者に対する必要かつ適切な監督を行うという義務も負うこととなります。そして、事業者は、マイナンバーにつき、「利用する場面をしっかり把握」するとともに、「取得の際の規制」、「目的外の利用・提供の禁止」、「必要がなくなった場合の廃棄義務」「安全管理措置」など、事業者として確認注意しておくべき事項をしっかりと見据え、対策を講じることが必要となります。

これらの義務違反行為については、厳しい罰則が用意されているので、事業者側は相当な費用・時間・労力を投じなければなりません。さらには、実際に漏洩等の問題が生じてしまった場合には、損害賠償責任や事業者としての評価が下がる等の社会的責任を負うこととなるでしょう。また、従業員が勝手に顧客のマイナンバーを漏洩すると、企業自体はそれに加担していなくても責任を負うことがあります(両罰規定といいます)。このような事態を予想して、各種損保会社では、マイナンバー漏洩の補償を想定した保険商品を売り出しているようです。

マイナンバー制度運用開始にしたがい、全ての事業者が万全な準備や対策を講じることができるのかは相当危惧されるところです。これまで個人情報の管理がずさんだった企業はなおさらですが、これまでしっかり管理していた企業についても、さらに厳格な保護措置が要求されていますので、あらためて対策を見直し、管理担当の従業員も含め研修、制度の問題点がないかの確認、システム再構築といった更新作業を対策し続ける必要があります。企業のずさんな対応により、個人情報が漏えい・不正利用されないためにも、企業側の事前の準備は少なくともこの時点から始めておくというべきでしょう。マイナンバー制度に向けた企業のコンプライアンスは、何よりも重要と言えますので、この点も弁護士にご相談いただくことをお勧めします。  

マイナンバー制度が開始される場合の影響は?

マイナンバーは、年金、健康保険、介護保険、雇用保険、労災保険、生活保護、公営住宅の入居申請その他社会保障制度、税務当局に提出する確定申告書、届出書、調書等、日本学生支援機構への奨学金の申請等に関する手続きに利用されます。また、勤務先、口座を開設している証券会社や契約している生命保険会社等にもマイナンバーを通知することになります。今後の運用次第にもよりますが、税務署が納税内容をチェックするための調査が容易になることにより、税金の適切な納付が可能になる等のメリットも考えられます。また、相続や贈与に関する適切な納税を実現することも可能となるかもしれません。

ちまたでは、「払うべき税金が上がるの?」などの声も聞かれるようですが、何ら理由なく税金の金額が上がることはありません。仮に税金が上がるとすれば、適切な納税が行われていない現状から、「納税額が本来支払うべき金額となった」に過ぎないため、むしろそれがあるべき姿だったということでしょう。

その他、銀行口座のお金の動きが管理されるような危惧を感じている方も多いようですが、例えば、税金滞納者の税務署による銀行口座の調査等はこれまでも法律に基づいて実施できたことですし、何ら理由なく銀行口座を調査することにはなりませんので、過大な心配は不要といえるでしょう。その他、「貯蓄税・富裕税」が導入される等の声も聞かれますが、今後政府の検討課題ということで、あくまで経済政策の問題なので、今後の行方を見守りましょう。

マイナンバーの漏洩被害に遭ったら?

マイナンバーの漏洩トラブルとしては、「マイナンバー自体の漏洩」と「マイナンバーにより管理される個人情報の漏えい」とおよそ2つの側面が想定できると思います。マイナンバー自体の漏洩により実際に被害が出ていない段階であれば、「不正利用のおそれがある」ということで、手続きを踏んでマイナンバーを変更することが視野に入るでしょう。一方で、個々の個人情報の漏洩となれば、その漏洩された内容により、場合によっては多額の損害が生じる可能性はあります。

法的な対応や請求内容は、過去に起きた情報漏洩事件と基本的に同一ですが、マイナンバー制度により幅広い分野の情報が容易にリンクできるシステムに変わりますので、抽象的には、「これまでの個別の情報漏洩事件に比して多岐にわたる情報が漏えいする可能性」は高まるといえそうです。

仮に情報漏洩被害に遭った場合には、これによって被った経済的な損害の賠償や慰謝料などを請求することになりますので、その際は弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

まず何よりも、マイナンバー制度の運用開始に向けて、今まさに企業の意識改革が必要となっています。今までの個人情報保護法よりもさらに重い責任が発生し、企業への罰則も強化されていますので「企業のリスクが拡大」したことを今一度各企業が認識することが大切です。すでに今年10月にはマイナンバーの取得が開始され、その3カ月後である翌年1月にはマイナンバー制度の運用が開始しますので、まだ準備が万全ではない企業においては、「今すぐ準備が必要」といえます。また、個人の方々も、マイナンバー制度の仕組みをしっかり理解するとともに、自身のマイナンバー管理も慎重に行わないとトラブルに巻き込まれるおそれがあります。

個人の方は実際にトラブルに遭った場合やトラブルに遭いそうな場合、企業の方はどのような準備や対策が必要かをしっかりと考え、不安がある場合は、弁護士にご相談いただき、不安を解消していただくのが良いと思います。

<著者プロフィール>

篠田 恵里香(しのだ えりか)

東京弁護士会所属。東京を拠点に活動。債務整理をはじめ、男女トラブル、交通事故問題などを得意分野として多く扱う。また、離婚等に関する豊富な知識を持つことを証明する夫婦カウンセラー(JADP認定)の資格も保有している。外資系ホテル勤務を経て、新司法試験に合格した経験から、独自に考案した勉強法をまとめた『ふつうのOLだった私が2年で弁護士になれた夢がかなう勉強法』(あさ出版)が発売中。『Kis-My-Ft2 presentsOLくらぶ』(テレビ朝日)や『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』(文化放送)ほか、多数のメディア番組に出演中。 ブログ「弁護士篠田恵里香の弁護道