あの頃も今も、コンピュータは楽しい機械です。仕事でも趣味でも、コンピュータとともに過ごしてきた読者諸氏は多いことでしょう。コンピュータ史に名を刻んできたマシンたちを、「あの日あの時」と一緒に振り返っていきませんか?

Let'snote : レッツノート誕生

初代Let'snote「AL-N1」
(写真提供:パナソニック)

1996年(平成8年)6月11日、松下電器産業(現・パナソニック)は、B5サイズのサブノートPC「Let'snote」(レッツノート)の初代モデル「AL-N1」を発表しました。10.4インチTFTカラー液晶(800×600ドット/65,536色)、Windows 95、Intel Pentiumプロセッサ(120MHz)、16MBメモリ、810MB HDDという基本スペックです。3.5インチFDD搭載で当時業界最軽量の1.47kgを実現し、値段は398,000円(税別)、年産台数3万台が目標でした。

のちにプロシューマー(もちろんコンシューマーも)から圧倒的な支持を受けることになる、Let'snoteの誕生です。AL-N1以前にも、同じような小型ノートPCとして「CF-11」といった製品がありましたが、「Let'snote」と名付けられたのはAL-N1が最初です。

以下の写真はクリックで拡大表示

編集部のコレクションから、AL-N1の実機写真です。残念ながら動作しませんでしたが、付属品などはほぼすべてそろっていました。写真右は付属の外付け3.5インチFDD(フロッピーディスクドライブ)を取り付けたところです

AL-N1の軽量化は、カーボン入り高剛性材料や、比重が軽いリチウムイオン2次バッテリ(1本150g)を採用し、軽量10.4インチTFT液晶を新規開発することで実現します。バッテリパックを2本搭載できたのも特徴的で、3~6時間のバッテリ駆動ができました。

Let'snoteという愛称の由来は、「世界中のビジネスマンのカバンに、紙のノートのように収まりが良く、持ち運べるパソコン」です。当時、松下電器産業はモバイルノートPC「PRONOTE」シリーズなどを展開していましたが、ターゲットをプロシューマーに絞込むため、製品名を変え、メッセージを差別化することが狙いでした。この戦略は見事に成功します。

左側面

右側面

前面

左側面(写真左)には、排気口と、PCカードスロット(TypeII×2またはTypeIII×1)があります。右側面(写真右)は、ヘッドホン出力とマイク入力、スライド式の電源スイッチです

本体背面のカバーを閉じているところと(写真左)、開けたところ(写真右)です。コネクタ類は左から、電源、PS/2、IrDA(赤外線ポート)、付属の3.5インチFDD用、D-Sub、パラレルポート、シリアルポートです

キーボードに「Windows」キーと「アプリケーション」キーがありません(写真左)。かつては(今でも)、Home/End/PgUp/PgDnキーをよく使う人が多かったので、歓迎された配列でもありました。写真中央はタッチパッド、写真右はキーボード面上部のインジケーターです。「A-BATT-B」で2個のバッテリステータスが分かります

付属品類。写真左の「MS-DOS 6.2/V」が泣かせます。写真右のステッカーも付いていました

レッツノートが生まれる背景

1959年、松下通信工業時代の「MADIC-1」が最初のコンピュータ技術でした。1964年にコンピュータ技術の再編を行い、その後、1980年代後半からの低価格競争を勝抜くために、付加価値を高める1つの技術としてノートPCに着目します。1990年代以降、自社ブランドを構築するため、本社やOEM生産提携の経験、IBM互換機の開発などで蓄積してきた社内技術を集結し、新たな価値を生むことに挑戦します。それがLet'snoteでした。

そして伝説、日本初の光学式トラックボール搭載Let'snote「AL-N2」

Let'snote「AL-N2」
(写真提供:パナソニック)

Let'snoteというと、トラックボール搭載機を思い起こす人が多いのではないでしょうか。AL-N1の登場から1年後の1997年6月11日、伝説となるB5サブノートPC、Let'snote「AL-N2」を発表します。基本スペックは、CPUがIntel MMX Pentium(150MHz)、32MBメモリ、1.6GB HDD、10.4インチTFTカラー液晶(800×600ドット/65,536色)、Windows 95というものでした。価格は428,000円です。

大きな特徴は、国内初の光学式トラックボールを採用し、ノートPCにおけるポインティングデバイスの使い勝手を大幅に高めたことです。直径19mmのトラックボールには特殊コーティングがなされ、ボールの表面全体にある斑点の動きを赤外線センサーが感知する仕組みです。赤外線センサーとボールは非接触のため、ホコリや汚れに強い設計でした。

キーボードでも、キーストロークを増し、パンタグラフ方式に変更して操作性を向上させます。さらに、液晶ディスプレイの裏側部分は、軽量化と補強のため丸みを帯びたデザインに変更し、空間にリブを入れることで強度を高めました。

こちらも編集部のコレクションから、AL-N2の実機写真です。やはり動かなかったのが残念…。液晶ディスプレイの上部右や天板に、赤文字「Let'snote」のロゴがアクセントとして入っています

AL-N2もバッテリパックを2本(2,400mAh)を搭載可能です。残量学習記憶機能ICを搭載し、BIOSとプログラムによる2種類のパワーマネージメント設定を用意します。バッテリ残量を1%刻みで表示し、バッテリ残量の変化による省電力機能や放電方法の切替えを確認できました。アプリケーション上でも、CPUスピードや省電力モード設定(サスペンド/ハイバネーション)、液晶ディスプレイの輝度といった省電力管理を自在に調整でき、その詳細設定はモバイルユーザーを驚愕させます。

搭載CPUのIntel MMX Pentium(150MHz)は、AL-N1が搭載するIntel Pentium(120MHz)と比べて、消費電力が大きくなっています。1997年12月の松下電器産業による論文「National Technical Report Vol.43 No.6 Dec.1997 / 薄型軽量サブノートパソコン"Let′s note"」には、約2倍のCPU消費電力と書かれています(この論文は国立国会図書館で誰でも閲覧できます)。そこでAL-N2では、きょう体底面と基板の間にアルミ板のヒートシンク新設、CPUファンの風量アップ、CPUクーラーのヒートシンク形状変更といった熱対策が施され、膝の上に置いて実用的に作業できるノートPCへと仕立てたのです。

このような地道な改善は、ユーザーの満足度に表れます。最近だと、日経BP社のPC誌、日経パソコンのノートパソコン部門で顧客満足度総合1位(2013年)となるなど、Let'snoteの伝統はいまなお引き継がれています。筆者の実体験でも、新幹線の車内で見かけるノートPCのほとんどがLet'snoteだったり、IT記者たちが発表会場などで作業するノートPCがLet'snoteばかりだったりと、そんな場面にたびたび出会ったものです。

前面(写真左)、左側面(写真中央)、右側面(写真右)です。左側面には排気口とPCカードスロット(TypeII×2またはTypeIII×1)、右側面にはヘッドホン出力とマイク入力、スライド式の電源スイッチ、IrDA(赤外線)ポートが並びます。左右の側面に、バッテリを装着するスロットがあります

液晶ディスプレイを開いた状態の左側面(写真左)と右側面(写真右)です

背面カバーを閉じたところと(写真左)、開いたところ(写真右)。コネクタ類は左から、コネクタ類は左から、電源、PS/2、パラレルポート、D-Sub、付属の3.5インチFDD用、シリアルポートです

キーボードの配列はAL-N2と変わりませんね(写真左)。いわゆる「トラックボールLet'snote」は高い人気を保ち続けたマシンですが、ノートPCの薄型化の波にのまれ、姿を消しました

1996年(平成8年)6月、あの日あの時

初代Let'snote、AL-N1の発表日だった1996年6月11日は、ももいろクローバーZのピンク、佐々木彩夏さん(通称:あーりん)の誕生日です。当時の人気アイドルは4人組の「SPEED」でした。歌番組「THE夜もヒッパレ」で高い歌唱力と切れのあるダンスを披露し、幅広い年代の人気を得て、1996年8月「Body & Soul」でデビューします。デビュー当時、SPEEDのメンバーは平均年齢が13.5歳と、世間を驚かせました。

テレビ番組では、フジテレビのドラマ「ロングバケーション」(木村拓哉さん、山口智子さん主演)の最終回が、瞬間最高視聴率43.8%を記録します。木村さんは、本作が連続ドラマ初主演で、国民的スターへと駆け上がります。

また、トム・クルーズさん主演の映画「ミッション:インポッシブル」(1996年5月公開)が印象的でした。劇中、イギリスへ向かうTGV(フランスの高速鉄道)の車内で、アップルのPowerBookといったノートPCのデータ通信が重要な役割を果たします。

当時の日本だと、サブノートPCの市場は64万台(PC全体は719万台)、インターネットの世帯利用率は3.3%(総務省情報通信政策局資料より)でした。1996年4月に、Yahoo!JAPANがサービスを開始したばかりのインターネット創成期でしたが、Let'snoteは、ノートPCの在り方を広く世間に示すことになったといえるのではないでしょうか。

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