連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


アベノミクスの問題は、生活がよくなったという実感が薄いこと

14日に行われた総選挙で自民・公明の与党が圧勝しました。これは事前に報道されていた世論調査のほぼ予想通りの結果で、安倍政権によるアベノミクスは基本的に信任されたと言っていいでしょう。しかしそれにもかかわらず、選挙後は株価が大幅に下落しました。なぜでしょうか。

まず今回の選挙結果についてから。今回の選挙は「争点なき選挙」などとも言われましたが、やはり実際にはアベノミクスに対する評価が争われたというべきでしょう。しかしなぜ「争点なき選挙」と言われたのかと言えば、野党各党がアベノミクスをいくら批判しても、それに代わる対案をほとんど示せなかったためです。これでは選挙に勝てるわけがありません。そのため有権者も白けてしまい、それが最低の投票率につながったわけです。

実際にアベノミクスが打ち出されたこの2年間で景気がよくなったのは事実で、「失われた20年」と言われた長いトンネルの出口に近づいている状況です。それは私たちの身近なところにも及んでおり、雇用情勢を敏感に表す有効求人倍率は現在1.10倍、なんと22年ぶりの高水準となっています。

何よりも重要なことは、アベノミクスは「デフレ脱却と日本経済再生」という明確な目標を持っていること、例の「3本の矢」はそのための戦略だということです。そしてそれは決して目先の景気対策ではないということです。

どういうことか、少し説明しましょう。そもそも経済というものは「循環」と「構造」の二つの視点から見る必要があります。景気が良くなる悪くなるというのは「循環」的な動きです。バブル崩壊後に歴代内閣は何度も景気対策を打ち出し、その効果もあって一時的には景気が回復する場面がありました。これは循環的な発想による政策です。しかし結局は本格的に回復できず、「失われた20年」といわれる長期低迷が続きました。それは日本経済が構造的に弱ってしまったからです。つまり現在の日本経済にとって必要な政策は、循環的な意味で景気を良くすることだけではなく、「構造」の面から日本経済を立ち直らせる政策なのです。

アベノミクスはこの循環的な景気回復にとどまらず、構造的に経済再生を目指すという特徴を持っています。歴代内閣が日本経済をどのように再建するのかの明確な目標と戦略を示したことは、実はほとんどなかったのです。アベノミクスはその点で大いに評価できると思っています。

しかし問題は、そのわりに我々の生活がよくなったという実感が薄いこと、特に今年4月の消費税引き上げ後はむしろ悪くなっているという印象が強いことです。

今後の課題は、最近の景気の足踏み状態から脱して景気回復の効果を広げること

したがって今後の課題は、最近の景気の足踏み状態から脱して景気回復の効果を広範囲に広げることです。安倍政権は12月中に経済対策を決める方針ですので、景気を回復軌道に乗せる効果が期待できそうですし、選挙後の16日には来春の賃上げを経済界に要請し「賃金の引き上げに最大限の努力を図る」との合意文書を政労使でまとめました。

さらに「構造的」な面では、まだまだ不十分な成長戦略をもっと肉付けし推進することです。その柱として、成長の阻害要因となっているさまざまな規制を撤廃・緩和するなどの改革が重要です。規制改革には各省庁や関係業界の抵抗が強いのも事実ですが、「選挙で圧勝」という政治的基盤をバックにして断行してもらいたいと思います。

株価は選挙後に大幅下落、最大の原因は原油価格の下落

今回の自民党の勝利は、このようなアベノミクスに対し有権者が一定の評価を与え、さらに今後の成果に期待を込めた結果と言えます。ところが株価は選挙後に大幅下落しました。月曜日(12月15日)の日経平均株価は272円安、火曜日(16日)は344円安となり、1万7000円台を割り込んでしまいました。

この最大の原因は原油価格の下落です。原油価格の下落は本来ならプラス材料なのですが、現在の状況はプラスの効果よりマイナス面が材料視されています。これについては本連載の第5回(12月1日付け)の最後で指摘しましたが、原油価格の下落がロシアなどの産油国経済に打撃を与えるリスクの方が前面に出てしまった形です。あまりにも短期間で原油価格が下落して歯止めがかからないためで、そのことが世界経済に悪影響を及ぼすとの懸念から世界的な株価下落となっているのです。いわば「逆石油ショック」です。また最近発表された欧州や中国の経済指標が良くなかったことも世界経済悪化との懸念を強める一因となりました。

これは日本の総選挙とは別の動きで、株価もすでに選挙の1週間前から下落が始まっていました。株価下落が円高にもつながっています。世界的には米系などの大口ファンドが多額のドル資金を使って国際的な投資行動を進めていますので、米国の株価が下落すると、より安全とみられる日本円に資金を移すようになります。それが円高となるのです。こうした動きを市場では「リスク・オフ(リスク回避)」と呼んでいますが、円高になると日本株はより下落することになります。

こうしてみると、日本の株価と円相場は海外の動きに大きく左右されることがわかります。ですから日本経済が弱ければ、その影響は一段と大きくなってしまします。最近ではリーマン・ショックがその代表例です。それだけに、日本経済自身がしっかりしていなければなりません。この観点からもアベノミクスの真価がこれから試されることになるでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。