今回のテーマは「筆記用具」だ。

突然だが、私は片付けができない人間だ。「じゃあ、他にできることがあるのか」と言われると特にないが、片付けは殊更できない。そういう人間は、筆記用具とは最高に相性が悪い。そのような人間に買われた筆記用具不幸と言ってもいい。消しゴムなど4つ角を使い切らないうちに紛失する。

むしろ、そういう人間が文房具業界を支えているのかもしれない。世界中の人間がボールペンのインクを最後まで使い切ったら、商売あがったりだろう。そう言った意味では、私など「VIP」だ。その日に買った筆記用具をきっちりその日のうちになくす。石油王だって、もう少し使ってから捨てるだろう。ある意味、几帳面なのだ。

消しゴムやペンぐらいなら、常人でもなくすことはあるかもしれないが、そういう人間はノート大のものなら平気で消してみせる。世界で起こっている神隠しは、大体こいつが消しているのではというぐらい、物をよく消す。そして、本人もどこに消したか分かっていない。おそらく、片付けができない人間がなくしたものが集まる亜空間が、どこかに存在するのだろう。

もちろん、本体をなくすことも多いが、キャップ類など息をするようになくす。息を吸って吐いたらもうなくなっているのだ。キャップがなくなるならいいが、キャップだけ5個ぐらい発見されることもある。

もちろん、シャーペンの尻ゴムのキャップなど当然ない。場合によっては、尻ゴムすらなくなっている。つまり、蓋が全くないので、芯を1本以上入れられないのだ。そしてなぜか不思議なことに、そこまでの状態になったシャーペンはなくさない。そのため、延々芯が1本しか入れられないシャーペンを使い続けることになる。

あと、そういうタイプは、ボールペンのインクを詰まらせるのがうまい。どう見てもインクはほぼ満タンに入っているので、ニッチもサッチも文字が書けないのだ。よって、ほぼ新品に見えるが、全く使えないボールペンが家に3本ぐらいあったりする。

そして、使えなくなったものをなぜか捨てない。これは筆記用具だけに留まらない。穴の開いた靴下を、「穴が開いているな」と思いながらそのまま洗濯機に入れるのだ。「洗ったら穴が塞がるかも」というワンチャンにかけているのかもしれないが、残念ながら今まで塞がったことはない。そして、穴が開いているなと、思いながら靴下をとりこみ、タンスに入れ、履く段階で穴が開いていることに気づき、またタンスに戻すのだ。やはり、ある意味几帳面なのかもしれない。

しかし、戻してはいけないものは戻すが、戻すべきものは戻さない。マジックのキャップを使ったら、普通は元あった位置に戻すだろう。しかし、なぜか片付けられない人間は「ここではないどこか」へ置いてしまう。そうやって、ろくに使われることなくカピカピになったマジックは数多く存在するが、なぜかそれは捨てないので、元マジックだった棒を大量に抱えることになる。

このように、私は筆記用具からすると親の敵のような存在なのだが、幸いにも家ではあまり筆記用具を使う機会がない。仕事は全てパソコンでしているので、手書きという作業が意外とないのだ。

しかしごくたまに、書類などを書かなければいけない時は、大捜索が始まる。人が住んでいる家なんだから、ボールペンの1本や2本あるだろうと思われるかもしれない。確かにある。しかし、探し出したボールペン3本、全てインクが出なかったりするのだ。

そして、そのボールペンは当然元あった位置に戻されるので、同じことを年に10回ぐらいやっている。さらに、やっとインクが出るボールペンがあったと思ったら、なぜか色が紫だったりする。一体どういう局面で紫のボールペンを使うのだろう。書類だけではない。

ごくたまに、アナログでカラーイラストを描いてくれと言われた時も困る。アナログ画材など当然持ってないので、あるのはマジックと100均で買った色鉛筆だけだ。

まず、インクが出るマジックを探すのに往生する。マジックを1本探す間に、キャップだけ3つ見つけたりする。そして、色鉛筆も使うたびに3本ぐらいなくすため、使える色が段々少なくなってきている。しかも、なくすのは赤とか青とか良く使う色からだ。そのうち白だけになり、カラーではなくなる。

よって、自信をもって言えるのだが、もし文字や絵をパソコンで書ける時代じゃなかったら、私は確実に作家になれなかっただろう。この文章を書くだけでも、何本ボールペンが犠牲になるか分からない。もはや、自分が消えないのが不思議である。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。