前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

結婚式を前にした新郎新婦がやらなければならないことの一つに、近い親戚筋への挨拶というものがある。互いの両親への挨拶と違って、これはそこまで義務に近い慣習というわけではないが、それでも祖父母ぐらいには事前に挨拶しておいたほうがいいだろう。特に男はそうだ。先祖代々受け継がれてきた彼女の苗字を変えてしまうということに、きっちり断りを入れたほうがいい。言わば、責任と決意の表明だ。

もちろん、僕もそうした。婚約者のチーは18歳の頃に父親(便宜上、以後はチーパパと命名)を病気で亡くしているため、それまではチーの母親(同じく便宜上、今後はチーママと命名)だけと交流を深めていたわけだが、いよいよ結婚式が近づいてきたとき、チーパパの墓参りとチーママの両親、つまり母方の祖父母への挨拶ぐらいは、最低でもやる必要があると思い立ったのだ。

かくして、僕とチーは去る二月のある日、まずはチーママの実家を訪ねようと計画を立てた。チーママは沖縄県の出身で、実家は今も沖縄の糸満市にあり、そこにはチーの祖父母が在住している。祖父母はどちらも90歳近いのだが、そこは長寿の島・沖縄である。祖父はいまだにドラゴンフルーツやサトウキビ農家として精力的に働いており、一方の祖母はつい最近までなんと介護の仕事に励んでいたという。

「オバアが介護してた人って、ほとんどが自分より年下だったんだって」とチー。

なるほど、それはすごい。祖母自身が90歳近いのだから、必然的にそうなるのだろう。まさにスーパー老婆。南国の老人は総じて元気だと聞くが、その中でもチーの祖母は別格だとか。ちなみに僕の父方の祖母は現在80代前半で、介護を必要とするほど弱っている。つまり、僕の祖母をチーの祖母が介護していたようなものなのだ。

そして、そんな祖母以上にパワフルなのが祖父とのこと。若い頃は船乗りとして各地の大海を渡り、その後は様々な職を転々としてきた猛者。現在の農業も一から独学でドラゴンフルーツ作りを習得したとか。男の遊びも相当お盛んだったという。

「オジイは大の病院嫌いで、前にちょっと病気したときもすぐに病院から逃げ出してきて、次の日には普通に仕事してたんだって」とチー。

ああ、そういうタイプの男か。なんとなくイメージできる。いわゆる昔ながらの頑固な豪傑といった感じだろう。大正年間に沖縄で生まれ、太平洋戦争下では凄惨極まりない悲劇の陸上戦の舞台となった沖縄で青春時代を過ごし、戦後長らくアメリカに統治されていた沖縄で結婚してチーママを授かり、1972年に日本に返還された沖縄でも変わらずに生き続けてきた生粋の島人(しまんちゅ)。それはそれは波瀾万丈な経験を重ねてきているのは想像に難くない。間違いなくスーパージジイのはずだ。

さらに、その旅では初日に沖縄のチーママの実家を訪ねた後、翌日には亡きチーパパの墓参りも予定していた。チーパパの墓は長崎県に属する壱岐という島にある。沖縄からいったん福岡に飛び、博多港からフェリーに乗って二時間近くかけないと辿り着けない小さな島だ。「壱岐・対馬・五島列島」といったほうが、多くの日本人には馴染み深いかもしれない。日本の領土でありながら、朝鮮半島との距離が近い東シナ海に浮かぶ離島。聞くところによると、韓国のラジオ放送の電波が入るらしい。

きっと、かなりハードなスケジュールになるだろう。もちろん僕もチーも仕事があるため、使える休日は実質二日間ぐらいしかなく、初日・沖縄、二日目・壱岐という強行日程を組むしかない。バカンス気分で南国を楽しむ時間も余裕もないわけだ。

だからして、出発が近づくにつれ、僕の中で異様な緊張感が高まってきた。事前に慎重に時間を調べ、航空券やフェリーの手配を済ませる。宿泊先も空港の近くで抑えたほうが効率的だし、沖縄は電車がないため、車の手配も考える必要がある。

おまけに、二月の沖縄といえばプロ野球の春季キャンプの花盛りであり、ちょうどその頃はよりによって、ご存知北海道日本ハムのアイドルルーキー・斎藤佑樹フィーバーに沸きあがっていた。すなわち、どこもかしこも大混雑だったわけだ。

そんな中、いよいよ出発二日前に迫ったある日の早朝のことだ。たぶん、午前6時ぐらいだったと思う。何の前触れもなく、突然そのハプニングはやってきた。

きっかけは、まだ就寝中のチーの携帯にかかってきた一本の電話だった。

「もしもし……」最初は寝ぼけた声で電話に出たチーだったが、その後すぐに様子が激変。「えっ!」驚いたような声を挙げた後、みるみる顔面を蒼白させたのだ。

「どうしたん?」気になった僕が訊ねると、チーは声を震わせながら言った。

「オジイが死んじゃった――」

一瞬、時間が止まった気がした。呼吸の音だけがやけに鼓膜に響いていた。

<次回につづく>

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