前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

男にとって結婚とは、はるか遠く先にあるゴールに向かって数々のハードルを越えていく、ともすれば気の長い作業だと思う。そして僕は今、チーにプロポーズするというスタート地点をなんとか飛び出し、まずは自分の親への報告、次にチーの親からの快諾と、着々とハードルをクリアしているところだ。

そうなってくると、お次は両家の顔合わせである。僕の親とチーの親を交えて、一度みんなで食事をしようということになったのだ。

ある日曜日の夜、その顔合わせは決行された。

会場は東京の某ホテル内にある日本料理店の個室。僕とチーが見守る中、互いの親同士が初めて顔を合わせ、無難に挨拶を済ませたわけだが、当然最初はどちらもよそよそしく、室内にはどこかぎこちない空気が流れていた。

そこで僕の出番である。このまま放っておくと、下手をすると会話が一向に盛り上がらないまま、せっかくの宴席が終わってしまう危険性もある。それを回避するためには、僕が率先して場の空気を温め、互い会話を引き出さなければならない。

僕が考えた作戦はチーのお母様に積極的に何らかの話題を振り、それに関する返し文句を今度は自分の両親に振っていくというものだ。

「(チーの)お母さんは沖縄なんですよね。本島のほうですか?」

僕がそんな質問をすると、お母様は「本島の糸満です」と答えてくれたのだが、それに僕自身が無闇に相槌を打つのではなく、あえて父に水を向けてみるわけだ。

「糸満だって。どのへんか知ってる?」

すると、父は苦笑しながら首をひねった。

「いやあ、わからんなあ。沖縄には疎いもんやから……」

そこで僕はまたもお母様に「糸満って本島のどのへんですか?」と質問を重ね、お母様に正確な場所を説明してもらうと、もう一度父の顔に目をやってみる。

そこで父はようやくお母様に向かって言った。

「ああ、そのへんですか。海が綺麗でしょうねえ」

その瞬間、お母様の表情がわずかに崩れた。

「実家の目の前が海ですから」にこやかに笑みを浮かべている。

よし、ひとまず成功だ。僕は心の中で小さくガッツポーズをした。自分が間に入ることで、互いの両親をスムーズに会話させることができたのだ。

ここで重要なのは、僕とチーはあくまで黒子であるということだ。場を盛り上げたいからといって、僕が積極的にお母様と会話しては僕の両親が取り残されてしまう。

そう考えると、両家の顔合わせにおける男の役割とはボクシングのレフェリーみたいなものかもしれない。両選手の戦いを白熱させるために適度に間に入り、「ファイト!」とけしかけていく。しかし、両選手が激しく殴り合っているときは決して出しゃばりすぎず、一歩引いたところで冷静に戦況を見守る必要がある。親同士の会話が盛り上がっているからといって、調子に乗ってそこに参加するなど言語道断だ。そんなことをしたら、大事なことを話さないまま時間切れという危険もあるからだ。

こうして僕は最後までレフェリー役に徹した。時間を細かくチェックしながら、まずは軽く世間話、そして良きところで結婚までの段取り話に展開させていく。

どうやら父は是が非でも結納をしたいらしい。

普段はどこまでもプライドの高い男だが、結納の件に話が及んだ途端、珍しく襟を正し、「どうか結納だけはきちんとさせてください」とお母様に頭を下げたのだ。

その瞬間、僕の心が大きく波打った。うわあ、結納だって。なんか大変なことになってきたぞ――。やがて迫りくる大きな儀式に、初めてリアリティを感じた。

「はい、喜んで」お母様も神妙な面持ちで頭を下げた。「不束な娘ですが、どうか末永く宜しくお願いします」

不意に父に目をやった。見たこともないような強張った表情をしていた。

この日一番の緊張がみるみる室内を支配していった。他人の娘を嫁にもらう。それはきっと僕の想像以上に重大なことなのだろう。目の前にいる御婦人が今まで手塩にかけて育ててきた大きな命。それに対する責任を、僕がこの先担っていくのだ。

一方のチーは口数こそ少ないものの、相変わらずよく食べよく飲み、終始ニコニコしていた。それを見た瞬間、肩の力が一気に抜けた。笑顔っていいな。そんな平凡なことを強く思う。こいつは肝っ玉が据わっている。南国の血がそうさせるのか、チーにはあらゆることを明るく照らす才があり、僕はなんとなく安心してしまうのだ。

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