前回までのあらすじ

33歳独身B型男子である僕、山田隆道は現在絶賛婚活中。居酒屋Mのカウンターで出会った若い女性は、なんと僕の読者だった。当然、最初は戸惑いを隠せなかった僕だが、徐々に気分が吹っ切れ、彼女と楽しく会話できるようになっていく――。

「山田さんっておもしろいですねえ」

そんな彼女の言葉を聞いた瞬間、僕は一気に相好を崩した。もちろん、ただのお世辞やお愛想にすぎないといった懸念も少しはあったが、元来僕は調子に乗りやすい性格のため、これからの頑張り次第で関係が進展していく可能性を期待したのだ。

彼女は栃木県出身の26歳。地元の女子校を卒業後、専門学校に進学するため上京し、現在は都内の某企業に派遣社員として勤めているらしい。住居も僕が住むマンションの近所で、なんでも姉夫婦&実弟と一緒に四人暮らしをしているとか。

はっきり言って、"ちゃんとした人"である。僕みたいな不安定極まりない謎の自由業者から見れば立派な正統派社会人で、好感度は抜群だ。自分のことを棚に上げて申し訳ないが、僕はウンコ垂れのくせに真面目で誠実な女性が好きなのだ。

名前はCといった。本名を晒すわけにはいかないためイニシャル表記にするが、僕好みの理知的で美しい名前である。ちなみに僕は「名前が自分好みの女性」とは自然に美意識や価値観が似てくると分析している。なぜなら、その名前をつけたのは、その人の両親だからだ。つまり、その人の両親のセンスや感性に僕自身が共感できたわけだから、そんな両親に育てられた子供とも気が合うに決まっているのだ。

Cとの会話中、僕はずっと"あること"を考えていた。それは、いかにして彼女ともう一度会うかである。しょせんは居酒屋での出会いだ。この場限りの酒宴で終わってしまう危険性は大いにあるわけで、それでは婚活の意味を成さなくなる。

もちろん、最大の目的は携帯番号やアドレスを交換することだ。しかし、これが僕のようなチキン野郎にとっては非常に難しい。手馴れたモテ男なら自然且つ大胆に切り出すことができるのだろうが、僕はそれにつけてもいちいち「連絡先を交換する必然の理由」を求めたくなってしまう。我ながら面倒くさい性格の持ち主だ。

というわけで、好きな本や音楽の話をした。彼女の趣味を聞き出し、それを踏まえて僕なりのお勧め本や音楽の話に繋げ、最終的に「今度、貸してあげるよ」という台詞に辿り着ければ大成功。「本やCDを貸す」という必然の目的から、難なくCの連絡先を聞き出すことができるだろう。

すると、偶然好きな小説家が僕と一緒だった。おっ、ラッキー。心の中で指を鳴らす。面識は一度もないが、その小説家に深く感謝した。

「今度会ったときに○○先生の××って作品を貸してあげるよ」早速、僕はそう切り出した。CもCで「お願いします」と快い笑顔を見せてくれる。さあ、今だ。このタイミングで連絡先を教えてもらおう。僕は急いで携帯電話を取り出した。

ところが、好事魔多し。その矢先、数名の男性グループが入店してきたのだ。

「おっ、山田さんじゃないっすか。今日も飲んでますねえ!」

グループの一人がいきなり声をかけてきた。彼らもその店の常連であり、このところ完全に常連になっていた僕とはすっかり顔見知り。だからして、彼らは遠慮なく僕の隣(Cと反対側)に腰を下ろし、これまた遠慮なく空気を壊してくるのだ。

「山田さん、今年の阪神はどうですか?」「山田さん、最近合コン行ってます?」「山田さん、髪切ったんですね」「山田さん、ちょっと痩せました?」

う、うるしゃーいっ!! 今はそんなことどうだっていいんだよ!!!

まったく。空気を読めよ、空気をっ。今の僕は誰がどう見たって隣の女性といい感じになっていただろうに。君たちも大人の男なら、今日のところは状況を察して、大人しくしておいてくれ。これだから酔っぱらいは嫌なんだ。

しかし、彼らのKYトークは一向におさまらなかった。僕があからさまに煙たそうな顔をしているというのに、それでもガンガン話しかけてくる。おかげで、彼らが乱入してきてからというもの、Cとほとんど会話できなくなったのだ。

想定外のハプニングだった。出会いを求めて、居酒屋Mの常連になったのはいいものの、少々常連になりすぎたのかもしれない。いつのまにか、この店の客は知人ばかり。とてもじゃないけど、女性を真剣に口説けるような空気じゃなくなっている。

結局、その後は彼らの馬鹿話に付き合うはめになった。しかも、途中でCは「私はそろそろ……」と帰ってしまった。最悪だ。おかげでCの連絡先はわからずじまいである。せっかく会話が盛り上がったというのに、またCと再会できる保証なんかまったくない。9回裏で逆転サヨナラホームランを食らった気分だった。

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