日本マイクロソフトは2017年9月15日、これまで部分的に紹介してきたAI(人工知能)に関する取り組みを、網羅的に披露するプレスセミナーを開催した。米国本社がAIに特化した「AI and Research Group(以下、AI&R)」を設立しているが、この基盤となる同社R&DのMicrosoft Researchは、設立から数えて26年目を迎える。

世界各国に10カ所の拠点を持つMicrosoft Researchの本拠地は本社(レドモンド)敷地内のBuilding 99。さらにサンタバーバラには、量子コンピューティングの研究を専門で行うStation Qがあり、Microsoft Researchメンバーでも訪れるのは限られた人だという。下図に示した地図を見るまでもなく、残念ながら日本にMicrosoft Researchの拠点はない。日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者 榊原彰氏は、「いつか日か、日本にも拠点を作りたい」と述べながら、本社と交渉中を重ねているものの、実現にはかなりの時間を要するようだ。

日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者 榊原彰氏

現在、世界10カ所にあるMicrosoft Researchの研究所

さて、MicrosoftはAI関連の研究結果を、スパムメールフィルターやセキュリティ強化といった製品・サービスに含めてきた。Microsoft Researchの研究者など、約7,500名を1つにまとめた組織がAI&Rである。榊原氏の説明によれば、特許数や論文の数もトップクラスに迫る勢いで、ここ数年は必ずしも1位ではないものの、トップ3にランクインしているという。Microsoft Researchの予算には、Microsoftが持つ財源の数パーセントを確保。日本円に換算すると約1兆円強と大規模だ。もちろん設備投資費は除外するため、クラウド用データセンターの設備・投資費は別となる。

Microsoft Researchは、1991年の設立当初からAI研究に焦点を当ててきた。AI&R設立からも分かるように、現在その勢いはさらに加速していると榊原氏は述べる。背景には、クラウドコンピューティングの普及によって使えるハードウェアリソースが無尽蔵といえるほど増え、ニューラルネット技術を取り込んだ深層学習(ディープラーニング)の効果も飛躍的に伸びているからだ。

MicrosoftはMicrosoft ResearchのAI関連研究結果を製品やサービスに展開してきた

「りんな」もAI研究から生まれたサービスの1つ。現在は"1対多数"のコミュニケーションを実現する「りんなライブ」もローンチした

「りんなライブ」の特徴。Azure Web App Service+ASP.NET CORE 2.0+ASP .NET SignalRで動作する

と、ここまでは研究分野だが、話はビジネスへと転換する。一般論では、企業は、研究→開発→事業化→市場投入というプロセスでビジネスを回しているが、昨今は市場投入を最小単位で行うという考え方が普及しているという。開発現場やスタートアップ系企業ではおなじみのリンスタートアップ(Lean Startup)だが、実現には開発と運用を一体化したDevOpsと、それを支えるためのアジャイル開発が欠かせない。「このように逆向きに考えると、なぜアジャイル開発なのか理解できる」(榊原氏)。

続けて榊原氏は、検証に必要な最低限の機能を持った製品を指すMVP(Minimum Viable Product)が重要だと語った。MVPを分かりやすく述べると、完全な仕様書よりもまずはコードを書いて製品化を目指すといったグロースハック的概念の1つだが、広まりつつあるプロセス変革でも研究は聖域化していた。だからこそMicrosoftは、AI&Rという組織で研究自体も他分野横断的研究にシフトさせようとしている。

この説明を分かりやすくしたのが下図だ。Microsoft Researchの研究ライフサイクルは、横軸に短期間・長期間、縦軸に結論が出ない(open-ended)、反発する(reactive)と論点の状態を置き、研究内容を状況に応じて見直している。論点が明確になった時点で他分野と連携させる手法や、別の研究発展させるためにプロジェクトの再構築や共同研究する機関の選別などを、常に続けてきた。これらが「Microsoft Researchが持つ研究スピードと網羅性の原点」(榊原氏)となる。

Microsoft Researchが行う現在の研究アプローチ

他方でMicrosoftは、「AIの民主化」を掲げてきた。これは、AIを利用する上で制限を持たせず、あらゆる人や産業が恩恵を受けるべきという展望が根底となる。世間には「AIが人に攻撃を加える」「AIが人の仕事を奪う」という論調が根強くあるものの、MicrosoftのCEO、Satya Nadella氏は、英メディアに対して「AIは人のケイパビリティを補完し、支援・補助する存在」と述べており、社内にはAI開発の原則を設けているとした。

AIと倫理、開発と研究の英単語から頭文字を集めた「AIEThER Advisory Panel」には、技術スペシャリストはもちろん、法務部門やマーケティング担当も参加し、製品・サービスの開発からリリースまで内容を逐一チェックするそうだ。

AI分野はIT企業が鎬(しのぎ)を削っている一方で、リーダーシップ企業は、AI技術分野における連携を行う「Partnership on AI」を立ち上げている。当初はAmazon、Facebook、Google(DeepMind)、IBM、Microsoftの5社だが、現在はAppleもファウンディングパートナーに名を連ねた。例えば昨日、Amazon Echo(Alexa)とCortanaの連携が発表され、「汎用AIはしばらく先の話。今後は特化型AI同士が会話し、それぞれのサービスや機能を高めていく世界が続く。だからこそ(AI同士が会話できる)プロトコルが重要」(榊原氏)と、Partnership on AIの活動意義を強調した。

数々のビジネスソリューション展開を始めるCortana

本誌でも何度か紹介したHarman Kardon Invokeを筆頭に、Johnson Controls Thermostat、日産自動車やBMWのコネクテッドカーとCortanaの連携は進み、AI生まれのCortanaビジネスは拡大中である。日進月歩で進化するAI技術そしてAIビジネスは、とどまることなく今後も広まっていくだろう。なお、日本マイクロソフトはこのようなAI関連の最新情報を不定期に公開する予定なので、逐一ご報告していきたい。

画像認識誤認識率の低さを競うImageNetでは、2015年にエントリーした5分野でトップという結果を出した

音声認識システムでも誤認識率は5.1パーセントまで低下。人間の文章理解は類推などを交えて認識するため、人間を超えた訳ではないものの、少しずつ近づきつつある

阿久津良和(Cactus)