トランプ大統領は9月6日、ハリケーン・ハービー救済金、デットシーリング(債務上限)の引き上げ、継続予算について、議会と合意した。ハービー救済金の緊急性がデットシーリングや継続予算での合意を後押ししたようだ。

ただし、デットシーリングの引き上げと継続予算は12月15日までの期限付きであり、その頃に新たな措置が必要になる。また、超大型のハリケーン・イルマが接近していることもあり、ハリケーン救済金は追加が必要になる可能性もある。

つまり、トランプ政権と議会は、山積する課題を解決したのではなく、最大3か月程度先送りしたに過ぎない。

まず、2018年度(今年10月1日から来年9月末)の予算について、12月15日以降の分を成立させる必要がある。トランプ大統領は、メキシコ国境の「壁」の費用計上を求めており、それが含まれない予算法案には拒否権を発動する構えだ。予算が成立しなければ、シャットダウン(政府機関の一部閉鎖)は避けられない。

デットシーリング(債務上限)の引き上げも重要な課題だ。今回の合意の通りだと政府は12月15日以降に債務を増やすことができない。しばらくは財務省が裏技を使って資金をやり繰りすることは可能だろうが、早晩限界が来る。国債がデフォルト(債務不履行)することになれば、金融市場は大混乱に陥るだろう。

トランプ政権は、減税を含む税制改革の年内の実現を目指している。しかし、8月末のトランプ大統領の演説は改めて減税の原則を示したに過ぎず、詳細は議会に丸投げだった。共和党議員の間でも財政赤字拡大への懸念は根強く、議会がトランプ大統領の意向に沿う保証はない。

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さて、これらの課題に対して、トランプ政権と議会がどう対応するのか。いくつかのシナリオを考察した。

まず、両者が課題を次々にクリアするケースだ。共和党が政権と議会両院をコントロールする、いわゆる「統一された政府」の利点が働き、「数の論理」で物事が決まる。トランプ政権は、メキシコ国境の「壁」など過激な要求を控える。18年に入ると秋の中間選挙が視野に入ることも、「結果を出す議会」を有権者にアピールするインセンティブとなる。さすがに税制改革はすぐには実現しないだろうが、早期実現に向けてトランプ政権と議会のすり合わせが進む。

今回の合意は喫緊の課題を3か月先送りしており、以上の「バラ色のシナリオ」が実現する可能性が低いことを示している。オバマケア改革の失敗にみるような、トランプ大統領の政権運営の稚拙さ、共和党内部の足並みの乱れ、共和党と民主党の対立姿勢などが劇的に好転するとも考えにくい。

可能性が最も高いシナリオは、両者がなんとか必要最低限の仕事だけはするというものだ。今回の合意も、このシナリオの範疇に含まれる。継続予算で時間稼ぎが行われ、正式な予算がいつまでも成立しない可能性もある。トランプ大統領が拒否権を発動すれば、一時的にせよシャットダウンの可能性もあるだろう。デットシーリングの引き上げも土壇場までもつれよう。そして、ごく小規模の減税が成立するか、あるいは税制改革の議論そのものが来年へ先送りされる。

この「メインシナリオ」の下では、シャットダウンやデフォルトが意識されて金融市場が動揺する局面も出てきそうだ。

可能性は低いかもしれないが、もっと悪いシナリオも存在する。トランプ政権と議会、あるいは議会内の共和党と民主党の対立が先鋭化して何も決められないケースだ。正式な予算の成立の見通しは立たず、継続予算もままならずにシャットダウンが頻発(ないし長期化)。デットシーリングの引き上げが間に合わず、(一時的にせよ)国債がデフォルトする。そして、税制改革はとん挫する。

この「最悪のシナリオ」のもとで、金融市場は大いに混乱しよう。トランプ政権は完全にレイムダック化し、共和党に対する有権者の信認も失墜する。民主党にも責任がないわけではないが、来年の中間選挙における民主党の勝利、あるいは3年後の大統領選挙での民主党政権誕生の種がまかれる。

もっとも、これからの展開が上記3つのシナリオのいずれかに一直線に進むとは限らない。「バラ色のシナリオ」や「最悪のシナリオ」に向かっているとみえて、結局は「メインシナリオ」に収まる。あるいは、「メインシナリオ」に沿った展開から「最悪のシナリオ」に接近、それが危機バネとなって「バラ色のシナリオ」が実現する。そんなコースもないわけではない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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