全世界に「MUJI」の名前で店舗展開をする無印良品。その旗艦店である有楽町店が、「発見とヒント」をテーマに大改装された。3,277平米もの広大な売り場では雑貨や洋服、家具などに混じり、何と2万冊もの本が展示・販売されているのだ。

入店すると目に飛び込ぶ巨大な「龍の書棚」。建築ユニット アトリエ・ワンのデザインだ

なぜ無印良品で本を売るの?

「あえて、生活用品と一緒に本を売るのはなぜ?」
「ネットや電子書籍の時代に紙の本をクローズアップする理由は?」

そんな疑問に応えるべく、リニューアルオープンに先駆けてトークイベント「本と暮らす」が開催された。スピーカーは同店の選書を担当した編集工学研究所 所長 松岡正剛さんと無印良品 アドバイザリーボードメンバー 小池一子さん。両氏による「紙の本」にまつわる味わい深い対談を拝聴してきた。

編集工学研究所 所長 松岡正剛さん

無印良品 アドバイザリーボードメンバー 小池一子さん

今こそ、紙の本の力を見直すべきとき

松岡さんは1971年に雑誌「遊」を創刊して以来、日本のアートやメディア、デザイン等に多大な影響を与え続た人物だ。丸善丸の内本店にあった「松丸本舗」のプロデューサー、書評サイト「千夜千冊」の主宰者としても知られている。

小池さん「70年代から長く本の仕事をしてこられた松岡さんは今、本の役割というものを、どのようにとらえていらっしゃいますか?」

松岡さん「インターネットや電子書籍の登場によって街の本屋さんがどんどん力を失っています。同時に、スマートフォンやSNSが普及し、一人一人がたくさんの言葉を紡がざるを得なくなりました。その結果、小さな言葉が人を傷つけたり、ボキャブラリーが貧困になったりという現象も起きています。そういった時代だからこそ雑誌、書物といった紙の本が力を持つ時期なのではないかと考えるのです」

スマートフォンやPCから簡単に多くの情報を集めることのできる現代社会。効率の良さを追求した結果、情報を探しながら得られる思いがけない「発見やヒント」が失われているのではないだろうか? また、気軽に情報発信できる状況の中、真剣に言葉を選ぶ姿勢が薄れてしまってはいないだろうか? 両氏の対談から、そうした問いかけが伝わってくる。

この装丁の向こうに、どんな世界が広がっているのか……

ふと開いたページに「くらしとヒント」を見つける喜び

さらに、こんな時代だからこそ、偶然開いた本のページの中で予想もしなかった言葉を見つけ、新しい知識を得る体験が貴重になっていると松岡さんは語る。

松岡さん「見開きのページの中に何かを見つけることや紙をめくるリズム、『今、開いていきますよ』という感じ、これはPCやスマートフォンのスクロールの中では見いだせません」

小池さん「本の見開きというのは、本当に面白い。拡大でもあり対比もできる、まさに『紙の宇宙』ですね」

ゆっくりとページをめくるひと手間、開いたページに見つけ出す予想外の発見。そういった時間の大切さを感じて欲しい、本に触れることで新しい生活のヒントを見つけてもらいたいという松岡さんの願いが、龍の書棚を擁するこの売り場にはあふれているのだ。

座って本を選ぶ事のできる空間。思いがけない「発見とヒント」に出会えそう

そこかしこには縁側のような、あるいはリビングのような、気軽に座って本を読める場が設けられている無印良品 有楽町。2階に新設された「MUJI BOOKS」のゾーンでは、本を3冊買うと隣接するCafe&Meal MUJIでドリンク1杯の無料サービスがついてくる。腰をおろして本に親しみ、生活用品を選べるよう、気さくで知性に満ちた空間になっている。

「さしすせそ」が選書のコンセプト

続いては無印良品 有楽町の選書について、コンセプトが語られた。

松岡さん「本を選ぶに当たっては、『くらしのさしすせそ』を意識して、それぞれのテーマにあった本を集めました」

【くらしのさしすせそ】
「さ」……「冊(読むことの歴史)」
「し」……「食」
「す」……「素(す、そざい)」
「せ」……「生活」
「そ」……「装(よそおい)」

無印良品 有楽町では、この5系統から2,000冊ずつ選んだ1万冊を含む本が集められ、様々な生活雑貨とともに売り場を彩っている。

棚の中央に、本と生活を結ぶ「さしすせそ」の文字

それにしても「なぜ無印良品で本を?」と思いそうだが、小池さんによると、無印良品と本との関わりは深いのだそう。例えば以前マイナビニュースで取材した本多さおりさん著『もっと知りたい無印良品の収納』(KADOKAWA/1,200円+税)を始め、同ブランドをテーマにした書籍は数多い。さらに、キャナルシティ博多では松岡さんが選書した本を販売するといった店舗展開もしているのだ。

小池さん「本と生活雑貨はキューレーションがすごく似ています。例えば夏目漱石の本でも、全集、解説書など様々なアプローチがありますよね。今回、松岡さんは本と生活雑貨を、『さしすせそ』というキーワードで分類して見せてくださいました」

松岡さん「僕は本というものは、洋服のように着脱するものと思っています。例えばスーツのような『よそ行きですよ』という本、あるいはカーディガンのような『ちょっと遊んで』といった本、というふうに。今までの書店ではそういう見せ方をしていませんでした。だから今回は、新しい試みのチャンス、と考え『さしすせそ』というアプローチを行ってみたんです」

生活のシーンによって服を着替え、インテリアを変えるように、常に傍らに本を置き、シチュエーションによって読む本、棚に並べる本を変化させる。本と生活用品を同居させる空間が、フレキシブルで知性豊かな生活を提案しているのだ。更に小池さんは生活雑貨と本のつながりについて、クリエイティブディレクターらしい視点で語る。

小池さん「本にはカタログのような要素もあると思います。そして目次を英語ではコンテンツと言いますね。内容が凝縮された目次は本の内容そのものです」

松岡さん「確かに、ひとつの本を開くと、見返しがあって扉があって目次がある。これもカタログの集約です」

そう言われると、売り場に並ぶ本の装丁や背表紙の様子が、大きなカタログのように見えてくる。なんとも不思議な感覚だ。

生活雑貨と一緒に売る意味

終わりに

生活用品と本。2つはかけ離れた分野に思えていたけれど、こうして聞いてみるとひとつの売り場に並べられてもしっくりとなじむ理由が見えてくる。「なぜ無印良品 有楽町に『龍の書棚』を作ったのか」の答えと、本と暮らすことの奥深さ、豊かさがじわじわと心に染みる対談だった。