あなたは「日々の生活に変化がない」ことで悩んだことはないだろうか? 平日は毎朝決まった時間に起きて会社ないし学校に向かい、仕事や講義を消化して夜になったら家に帰って眠る。週末は友人と遊びに行くこともあるが、それでもしばらくするとメンバーや内容がパターン化してくる。大きな事件に巻き込まれたり健康を害したりはしていないものの、毎日が退屈でなんとなく面白くない――こういう悩みを抱えている人は、案外多いのではないだろうか。

「日々の生活に変化がない」状態を解消するために、何か新しいことをはじめてみたり、思い切って環境を変えたりすることを考えている人もいるかもしれない。今までやったことがなかったスポーツや習い事に挑戦したり、転職をして環境を変えることは「退屈な日常」を打破するためにもちろん効果的だが、それ相応のお金や手間がかかるという問題がある。今よりも状況が悪くなるリスクもある。あれこれ考えた末に、結局現状維持がずっと続いているという人も少なくないはずだ。

お金や手間をかけたりリスクをとったりせずに、退屈な日常を面白いものに変える方法はないのだろうか。今回紹介する『たった1日で人生を300倍面白くする方法』(小川仁志/KADOKAWA/2014年3月/1,300円+税)は、まさにこのテーマを扱った本である。単調な日々に飽き飽きしているものの、お金や手間をかけてまで何か新しいことをはじめるほどアクティブになれないという人はぜひ読んでみて欲しい。

たとえば、知っている言葉を辞書で引いてみよう

小川仁志『弱いつながり』(KADOKAWA/2014年3月/1,300円+税)

本書で紹介されている「人生を面白くする方法」は誰にでもできる簡単なものばかりだ。たとえば、「知っている言葉を辞書で引いてみる」「スマホをやめてみる」「仕事をサボってみる」など、いずれもやってみるのに特にお金や手間はかからない。自己啓発本でよく見かけるような実現不可能な意識の高いお題目を延々と列挙したものと違って本書の内容を実践するのは驚くほど簡単である。

ではなぜこのような「誰にでもできる簡単なこと」で人生を面白くすることができるのか。本書が特徴的なのは、その説明に「哲学」を使っている点である。たとえば、「知っている言葉を辞書で引いてみる」と、自分が今まで知っているつもりだった言葉にも知らなかった意味や関連知識があることが発見できる。これはソクラテスが唱えた「無知の知」(自分の知識が完全ではないことに気づくことのほうが、知ったかぶりをすることよりも優れていること)にもつながる。「スマホをやめてみる」ことを本書が推奨する背景にはレヴィ=ストロースが『野生の思考』で解説したブリコラージュ論がある。文明を捨てれば、その分人間は強くなれるというわけだ。

たかが辞書を引いたりスマホをやめることにソクラテスやレヴィ=ストロースを持ち出すのは大げさすぎるように感じるかもしれないが、こうやって説明されると簡単にできるこれらの行為にもそれなりの意味や狙いがあることがわかる。本書は、各節の見出しを読んだだけでは「バカバカしいなあ」と思ってしまうものであっても、哲学を絡めた本文の説明を読むと「たしかに一理あるかも」という気持ちになるから面白い。

哲学で「ものの考え方」を変える

結局、日常を面白くするために最低限必要なのは「ものの考え方」を変えることである。別に何か新しいことをはじめたり環境を大きく変化させなくても、普段と違う「ものの考え方」を身につけ実践すればそれだけで日常はまた違う姿を見せるようになる。

この「ものの考え方」を変えるのに、哲学は大きな力を発揮する。なぜなら、哲学が中心的に扱っているテーマがまさにこの「ものの考え方」だからだ。本書が「人生を面白くする方法」を紹介するためにわざわざ哲学を持ちだしている理由もこの点にある。

哲学と聞くと、難解な用語を駆使してとにかくわかりづらいというイメージを抱く人もいるかもしれないが、本書に関して言えばその心配は不要だ。哲学者の思想に触れる場合も読者に哲学の知識がないことを前提として書かれているし、各節の末尾には関連する哲学者やその思想について図付きで簡単な紹介までついている。本書で興味を抱いた哲学者や思想があれば、これを最初のステップにして他の本も色々と読んでみるというのもよいだろう。

「自分が今置かれている状況」をいかに楽しく捉えるか

本書で紹介されている「人生を面白くする方法」は、いずれも自分が今置かれている状況を「変える」のではなく、「捉え直す」ことに主眼が置かれている。新しい刺激を求めたり、環境を変えることは退屈な日常を打破する方法としてはもっともシンプルなやり方だが、これらの効果は時間が経過するにつれて薄くなっていく。「どんな状況に置かれていても捉え方次第で面白くできる」と言い切ってしまうのは個人的には言い過ぎだと思わないこともないのだが、捉え方を変えることでラクになるケースがたくさんあることは事実だ。人生を面白くするための一番コスパのいい投資として、まずは本書に書かれていることから試してみるというのはいかがだろうか。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。