4月25日~26日、幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議」の超言論ブースにて、スタジオカラー代表の庵野秀明監督、KADOKAWA・DWANGOの川上量生会長、聞き手としてアニメ特撮研究家の氷川竜介氏が登場してトークが行われた。

トークは川上会長が4月10日に発売した新書『コンテンツの秘密-ぼくがジブリで考えたこと』をベースに、「アニメの情報量」をテーマに展開。庵野監督からは日本のアニメ史を踏まえ、宮﨑駿氏、河森正治氏、板野一郎氏、安彦良和氏といったクリエイターたちがアニメの映像の情報量にどのような影響を与えてきたかを多岐にわたり解説。アニメ史に詳しい氷川竜介氏、業界外の観点から疑問を投げかける川上氏を聞き手に充実した内容となった。今回はトークの内容をほぼ漏れ無くお伝えする。

左から氷川竜介氏、庵野秀明監督、川上量生氏

氷川竜介:皆さんこんにちは。アニメ特撮研究家の氷川竜介です。今日はようこそお越しくださいまして、ありがとうございます。こちらは「ニコニコ超会議」超言論ブースです。これから1時間「アニメの情報量とは何か」というテーマでスタジオカラー代表の庵野秀明監督、KADOKAWA・DWANGOの川上量生会長にお越しいただきました。じっくりお話を伺いたいと思います。よろしくおねがいします。

庵野秀明:庵野です。今日はお忙しい中どうもありがとうございます。

川上量生:川上です。こんな喧騒の中でどこまで貴重な話が聞けるかですが。

庵野:後ろまで聞こえてますか? 良かった。

氷川:会場の盛り上がりを見ていかがですか?

庵野:すごい人ですね。初めて来ましたよ。(熱気に)当てられてます。すぐそこで「日本アニメーター見本市」やってるのであとで見てください。

川上:今年は過去最大の規模です。毎年増えてるんで、毎年過去最大なんですけど……今年も過去最大です!

氷川:相撲もあり、自衛隊もあり、恐竜もありでなんか大変な……。

庵野:プロレスもありますね。

アニメの情報量とは何か

氷川:今日の「アニメの情報量について」というテーマのきっかけは、川上さんの新刊『コンテンツの秘密』という帯にある「情報量とは何か」をテーマに話したいと思います。

川上:出版社の人に宣伝を頼まれたんですが、宣伝は嫌なんです。でも庵野さんとアニメの情報量をテーマに話すなら面白い、この本に書いてあることの先のことも話せると思うので。

氷川:この本に「スタジオジブリで考えたこと」とあるんですが、川上さんはスタジオジブリでプロデューサー見習いをされてるんですね。

川上:ドワンゴの仕事をせずに、ジブリでずっと鈴木さんの話し相手をしていました。僕はアニメの作り方とか考えたことがなかったのですが、ジブリに入って考えるようになりました。アニメの世界では「情報量」という言葉が普通に使われていますが、それが情報理論っぽく聞こえて、なんだろうと最初に興味を持ちました。それをこの本に書いています。

氷川:情報量、クリエイティブ、コンテンツ、3つを柱に書かれているんですね。

川上:そうです。鈴木さんから聞いた高畑さん宮崎駿さん、押井守さん、庵野さんの話も入っています。庵野さんの記述については、ご本人から違っているという指摘もあったんですが(笑)。

庵野:斜め読みしたら違うじゃないかという箇所もいくつかありました。わざわざ否定する必要はないんですが、間違ってますよとだけ(笑)。よくわかっていない人が入門として紐解いて読むにはちょうどいい本だと思います。

川上:クリエイターが何を考えて作品を作っているのかを、理系的に考えた結果の本です。自分が興味あるのはアニメのストーリーだと思っていたんですが、よく考えてみるとそうではないことがわかってきたんです。

庵野:映像作品ではストーリーすら情報の一部なんです。お客さんに何をどれだけ見せるか、感じてもらえるかをコントロールするのが大事。実写の場合はコントロールしきれない面白さもあるし、完全にコントロールできるアニメの良さもある。ストーリーにもコントロールはあって、複雑なストーリーにするか、単純なストーリーにするか。そこにも情報量はあるんですね。

川上:情報量という言葉自体を使い出したのは庵野さんなんですよね?

庵野:友達の小黒くんが『アニメスタイル』という本を創刊する時に、ご祝儀で旧作『エヴァ』について色々話したんです。旧『エヴァ』をどうやって作ったかということを話す時に、情報のコントロールということについてかなり話したんです。業界の人が多く読む本なので反発もされました。褒めてくれたのは押井さんぐらいでしたね。「(庵野は)馬鹿だと思っていたが案外賢かった」と(笑)。あの頃はアニメは情熱や魂だと言われることも多かったんですが、それすらも「情報」だと思うんです。

川上:アニメって科学的、工学的に作っていますよね。

庵野:計算で、理屈で作っています。計算しきれないところが出てくるのが楽しいんですが、そのためには理屈が必要。映像自体は科学的なものなので、モンタージュ理論というものがあるぐらい、映像は理屈なんです。

川上:なんとなく見ていると、経験を積むほど理屈で作るようになるんですね。若い頃は自分の中にある理屈を感性として、わからないままに出している。

庵野:映像には絵をつなぐ編集という作業があって、まず16:9の画面のサイズにトリミングします。切り取った後の編集作業の中で、何をどう見せるか。それはやっぱり理屈で、イマジナリーラインであるとか色々あります。それを崩したい感覚もあるんですが、崩すとお客さんはやはり戸惑うんです。その理屈を作っている人とお客さんが共有しないと理解されないんですね。日本語というのは、ひとつの理屈なので。

川上:その理屈って学校では教えてくれないじゃないですか。その理屈は何割ぐらいの人がわかってるんですか。

庵野:最初に学校で作る時、フィルムが現像から上がってきてどう繋ぐかは「感覚」でやると思うんですが、その感覚は子供の頃から見てきた映像がどう繋がれていたかの経験、記憶の理屈から作っている。こういう画の後はこうなるんだ、カメラが寄るんだという記憶から作っていると、それがだんだん理屈としてわかってきます。だからひょっとしたら理屈ではなくルーチンなのかもしれない。