現在、アップルがワールドワイドで展開しているiPhone 6の広告キャンペーン"Shot on iPhone 6"。Webサイトでは、iPhone 6のカメラで撮影された写真を紹介する「ワールドギャラリー」が公開されている。作品、フォトグラファーとともに、使用したアプリやアクセサリ、撮り方のヒントが紹介されているが、このWebサイトとは別に、アップルは新聞広告や雑誌広告も打っており、こちらでもiPhone 6で撮られた作品が採用されている。マイナビニュースでは、その企画で紹介されたフォトグラファー・宮瀬浩一さんにお話を伺うことができた。
――そもそもどうしてiPhoneを使って作品を撮るようになったのだろうか? カメラメーカーの製品ではなく、何故、iPhoneを選択したのか?
宮瀬 iPhoneで写真を撮るようになったきっかけは仕事ですね。グラフィックデザイン関連の仕事をしているのですが、あるプロジェクトでプロモーションの企画を考えていて、Instagramの存在を知ったんです。当時私が持っていたのはガラケーだったのですが、その仕事のためにiPhoneに乗り替えました。そのテストのために撮ったのが、iPhoneで撮ってInstagramに投稿した最初の写真ですね。その当時はまだiPhone 3GSでした。青空にぽっかり浮かんだ横一文字の雲なのですが、それって実は、自分の名前である浩一の一なんです(笑)。当時、出張が多かったので、出張先などで見つけた美しい風景やなんかをiPhoneで撮り、移動の合間などにInstagramに投稿するっていうのにはまっていきました。iPhoneで撮った写真には、いろんな呼称があるようですが、私が好きなのは"Mobile Photography"という呼称です。iPhoneがひとつあれば美しい写真が撮れ、アプリを使って簡単に編集もできる。そして、ネットと繋がっていればすぐにSNSでシェアできて、世界各地から瞬時に反応が返ってくる。自分の手の平の中にあるiPhoneが広げてくれる"Mobile Photography"の世界を楽しんでます。
――新聞各紙の見開き広告に採用されたことについて感想を伺うと。
宮瀬 デザインの業界にいるので分かりますけど、これは有り得ないことですよ(笑)。フォトグラファーの1枚の写真が見開き全面に使われるなんてことが、まず、有り得ない。自分がプロのフォトグラファーではないのに採用されたというのも有り得ない。そしてそれがiPhoneで撮影されたものであるっていうことも。これを見たプロのフォトグラファーは、関西弁で言うと「なんでやねん!」と思ったはずです(爆笑)。これが掲載された当日の朝、掲載誌を駅のコンビニで買いました。駅のホームで新聞を広げて見たんですけど、全身に鳥肌が立ちました。
――この作品はどうやって撮影されたのだろう? 一見、映画『フィールド・オブ・ドリームス』を思わせるような構図だが。
宮瀬 実はこの写真、iPhone 6に機種変更した翌日に、試し撮りに行ったときの写真の1枚なんです。たぶん、ほんの何ショット目かの写真です(笑)。撮ったのは11月末で、まだ紅葉のシーズンでした。大阪には万博公園(吹田市)という絶好の撮影スポットがあって、そこで撮ったものです。万博公園の敷地はとても広いのですが、いいロケーションを探して歩いていたら、たまたま蒲(ガマ)が群生しているこの場所を見つけたんです。実は、画面の奥にはすぐ建物があったので、これはギリギリのフレーミングです。ちょっと高いアングルから撮らないとこの画角には収まらなかったので、斜俯瞰で撮っています。こういうアングルで撮れたのも、たまたま手前に登れる岩があったからなんです(笑)。
鋭い観察眼から生まれる作品群
――話を伺っていると、偶然撮れたような印象を受けるのだが、ロケハンしてカッチリ撮影するというスタイルではないのだろうか?
宮瀬 それは両方ありますね。原点は、美しいシーンにたくさん出会いたいということなんです。Instgramのプロフィールに"Memory of exploration...Life is a long journey."と記しているのですが、人生は長い旅をしているようなもので、その探検の記憶・記録としてInstgramに投稿を続けているというところがあります。でもそういう偶然性に任せていては、なかなか自分の思う写真は撮れないんです。なので、ここは!という場所を見つけたら、そこを徹底的に調べたり、定点的に観察したりします。そこが一番美しいのはいつなのかということですね。季節も天候、時間もその要素です。海だと潮の干満も調べます。そういったリサーチをした上でベストなタイミングで撮りにいくんです。ネットで検索して情報を探すこともありますし、Instgramや作品作りを通じて知り合った友人の口コミも有効ですね。そういった場所に案内されたり、反対に案内したりって感じで。
アンドレイ・タルコフスキーの映画のワンシーンを切り取ったかのような作品。「3月に富士の裾野 朝霧高原で出会った霧の中での写真。なかなか出会えない幻想的な風景に、興奮しながらシャッターボタンをタップしました(宮瀬さん)」 |
――iPhone 6のカメラは宮瀬さんにとって、「まあ、これくらい」なものなのか「いや、これくらいはできる」ものなのかも気になるところだ。
宮瀬 iPhone 6の内蔵カメラは800万画素ですが、その画素数だと印刷物ならA4ぐらいまで綺麗に表現できると思います。今回の新聞広告はそれと比較にならないぐらい大きいので、正直、大丈夫なのかと心配していました。でも、そんな心配はよそに、出来上がりは髪のディテールまで再現されていたんです。本当にビックリしました。光の具合にも依りますが、この表現力はデジタル一眼レフで撮ったものに引けをとらないと思いますよ。iPhoneでこれ以上の写真表現を追求するとなると、ひとつはレンズのバリエーションに話が及ぶと思います。サードパーティから出ているレンズキットは、いくつか試してみましたがどれもいまひとつの印象ですね。もっと広角、望遠、マクロにと……そういう機能がiPhoneにあったら面白いとは思うのですが、それによってiPhoneのプロダクトとしての美しさが損なわれたりするのは望んでないんです。ですからそこはサードパーティに期待します(笑)。
――iPhone 6の画質についてはどうだろう?
画素数に関しては、私は現状で十分と思います。これ以上画素数が大きくなっても、iPhoneやiPad、PCのモニタなどで見るぶんには変わりませんし、メモリを食うだけですから。iPhone 6の美しい画質は、イメージセンサーやソフトウェアの技術でキープしているのでしょうね。挙げるとしたら、レンズが今以上に明るくなるといいですね。そうなると表現の幅が広がると思います。
――しかし、iPhone 6のカメラで「これくらいはできる」と言われてても、実際のところはアプリで加工を施しているのではないだろうか? この質問にはこう答えてくれた。
宮瀬 採用された写真は、iPhone 6標準の「カメラ」アプリだけしか使ってないです。iPhone 6のカメラの性能を示すためのキャンペーンということで、それが採用条件でした。iPhone 6から採用された露出コントロールだけ使って撮ったものです。写真の良し悪しは光の条件とその捕えかたが決めると思うので、ご覧頂いた方が良い写真だと思って頂けるなら、それは良い条件が揃い、上手く捕えれたということだと思います。この写真を撮った時間帯は少し曇っていたんです。それが被写体を表現するのにマッチしていたんでしょうね。
――シンプルな答えのように思えるが、それは鋭い観察眼に裏打ちされているからだと感じる。宮瀬さんはどのようにしてその観察眼を養っていったのだろう。
宮瀬 昔の思い出話になりますが、父が料理人だったので、小さい頃によく市場に連れていかれたんです。プロが行く市場って、いろんな珍しいものがあるんですよ。いつも行くのを楽しみにしていました。珍しい魚や野菜、果物とか、見たこともない文字のラベルが貼られた缶詰などなど……。時々、味見をさせてもらったり、臭いを嗅いでみたり、こっそり触ってみたりしながら、あちこち立ち寄って廻るんです。そして家に着いたら、市場の絵を描いていました。そんな影響もあってか、デザインの道に進んだんですけど、デザインの仕事に就いてからは、「観察する」とか「調べる」っていうことがとても大切なものですから。何か興味を持ったことは、徹底的に調べたり観察したりする癖があるみたいです(笑)。「いつ撮りに行く?どう撮る?」は、その自分なりのリサーチから答えを出しているように思います。
――iPhoneをメインカメラで使うのはどうしてなのか?
宮瀬 遡れば、銀塩フィルムの時代からいろいろなカメラを使ってきましたし、今も使ってはいるのですが、最近は結局、持っていかないことが増えてます。iPhoneで撮るということに体が慣れていて、一眼レフを構えると感覚が違うので戸惑うんです(笑)。その感覚は何かというと、被写体との距離感と機材の量感でしょうか……。ワンレンズなので自分が撮りたい構図に納まるまで被写体に寄ったり離れたりしないといけないところとか、構えるというより手の平を翳して光景を写し撮るような感じが好きなんです。それと山に登ったりする時は、装備を軽くしたいので、重い機材を運びたくないんです。今年の冬に雪山に入った時、iPhoneと一眼レフを持っていったのですが、一眼レフの出番はなかったです(笑)。一眼レフは外気と山荘内の気温差でレンズの中まで曇ってしまい、当分使いものにならなかったんです。
白と黒のトーンでまとまった幽玄な一枚。「私が住む奈良の南部にある大和葛城山は、よく撮影に行く場所です。これはこの2月に雪が降った際に撮ったもの。雪に加え霧も出て、墨絵のような幻想的な世界に出会いました(宮瀬さん)」 |
"Exploring the earth"という撮影テーマ
――宮瀬さんは"Exploring the earth"というテーマでもInstagramに投稿を続けている。この活動についても少し訊いてみた。
"Exploring the earth"というテーマは、私のライフワークです。表現したいのは、写真へのある種の感情移入なんですよ。風景の中にぽつんと人が写っているのですが、それはポートレートとしての表現ではなく、その人は写真を見る人の置き換え表現なんです。そこに立っている人が見ている世界がどのようなものなのか想像してもらったり、その人がその時にどんな気持ちになっているのか感じ取ってもらえればと思って撮っています。 その延長で、同じように写真を撮っている世界中の人たちと交流したいと思い、Instagramにコミュニティを立ち上げました。Pinterestでは、コミュニティに参加してくれた人たちの写真を世界地図にピンしていっており、もう300ピンになりました。"Exploring the earth"の写真で、世界地図を埋めつくしたいんです(笑)。
鋭い観察眼を伺わせる作品。広がりと奥行きを感じさせる。「レインボーブリッジが見渡せる、晴海の客船ターミナルで撮影。床への映り込みと空間の広がりを強調するために、かなりローアングルから狙ったワンショットです(宮瀬さん)」 |
――話を伺っていると、とてもコンセプチュアルなスタンスで作家活動に取り組んでいることが分かる。では、偶然に良い写真が撮れたらどんな気持ちになるのだろう?
宮瀬 それが一番嬉しいです(笑)。写真のカテゴリーで"Street"っていうのがありますけど、街で出会ったものをスナップするとき、たまたまその時間そこにいたから撮れた良い写真って、やったー!って思います。実はそれが一番嬉しいですし、感動しますね(笑)。その写真が撮れる確率ってすごいじゃないですか。自然でも街中でも、そこにその瞬間、偶然いた自分にしか撮れなかった写真って、いいのが撮れたら鳥肌ものですね。
梅を影だけで表現することで、その場所を想起させるという手法が見事。「京都御苑に行った際に見つけた壁に映る梅の影。梅が美しい庭ですが、あえて影とその香りを表現する意図で撮った一枚です。閑院宮邸跡の施設で撮影(宮瀬さん)」 |
――最後にこれからやってみたいこと、今後の活動を伺った。
宮瀬 もっともっと美しいシーンにたくさん出会って写真を撮りたいですね。世界のまだ行ったことのない場所を旅してみたいです。 中でも今一番行きたいのはアイスランドです。地形の変化に富んでいて、火山や湖に滝、それに黒い溶岩のビーチがあるんです。Instagramに投稿された写真を見れば見るほど悔しくなるんですよ。うわー!ここ撮ってみたいって(笑)。