朝の様子。斎藤五段が駒を並べている

熟考から大決戦、直後の誤算

Aperyは立ち上がりの早い段階から時間を使った。戦型は斎藤五段の居飛車にAperyの四間飛車というオーソドックスなものであり、時間を使わずとも難なく進められる形である。実際、斎藤五段は素早く定跡通りに指し、時間を温存していた。

Aperyが「熟考」していた要因のひとつに、対局開始からしばらくは(40手まで)MultiPVという機能を用いて探索していたことが挙げられる。通常、コンピュータは最も点数の高い手だけを掘り下げるのだが、MultiPVでは点数上位の複数の手を読み進める。今回Aperyは3種類の手を読み、点数が近ければ(30点以内)、その中からランダムで採用するように調整をしていた(ログではswap multipvという表示があれば、最善手と入れ替えがあったことを示している)。

Apery開発者の平岡拓也氏

なぜこんなことをするかといえば、これが事前貸与対策として機能するからだ。もう一度触れておくと、前回から追加されたルールのひとつとして、棋士は事前に与えられた本番と同じ仕様のソフトで自由に研究ができる環境にある。Aperyは同じ条件下の指し手にもランダム性を持たせることで、的を絞られにくくした。局面が穏やかな序盤であれば、多少点数の低い手を採用しても形勢に影響しにくい。将棋用語でいうところの「これもまた一局」である。

斎藤五段の昼食は他人丼とうどんのセット

局面が動いたのは昼食休憩明けのこと。Aperyが△4五歩(図1)で動く姿勢を見せた。両者ともまだ守りが不安定だが、先手にすんなり穴熊に組ませたくないという方針のもとに指している。ちなみに△4五歩という手は飛車と角をいっぺんに使う四間飛車の切り札であり、次に4筋で飛車がさばければ後手成功の形になる。

図1:26手目△4五歩まで

だが、この切り札は相手に動く手段を与える諸刃の剣でもある。角道を開けるということは、角が向かい合いやすくなるということ。将棋には「振り飛車には角交換」という格言があるが、これは角を盤上から駒台に移すことで、先手は2筋突破が見込めることを教えている。それを狙って斎藤五段は図1から▲5七銀と引き、角交換を挑んだ。Aperyは△2二飛と2筋を受ける順も読んでいたが、それよりも△6五銀(図2)がまさると判断。一気に激しい流れに突入した。

図2:28手目△6五銀まで

しかし直後にAperyの「誤算」があった。図2では▲5八金△7二銀▲9九玉△7六銀がAperyの読み筋で、先手はとにかく穴熊に潜って守りを固めると読んでいた。しかし斎藤五段の▲3三角成△同桂▲2四歩と踏み込んできた順が予想外で、ここで評価値を-160点ほどから-300点近くに下げている。

二の丸庭園(特別名勝)。書院造庭園の傑作

天守閣跡から堀を望む

ちなみに図1の△4五歩で、Aperyの他の候補手は僅差で△7二銀と△9二香。どちらも守りを固める堅実な手で、これなら穏やかな展開になっていたところだった。