YSSの開発者 山下宏氏

プロが△6二玉を指さない理由

なぜプロは△6二玉を指さないのか。その理由の第一は「角を打ちこまれるリスクがある」ということだ。実際豊島七段も角交換から角を打ちこんだので、局面を進めて考えてみよう。

図3(25手目▲2一角まで)

図3の▲2一角は3二の金取りで、△4二金と逃げると▲2二飛成があって論外。△3一金と引くのは▲4三角成がある。ということで▲2一角はとても受けにくい手なのだが、もし後手が△6二玉のところ定跡の△5二玉としていればこんな筋は成立しない。▲2一角には△3一金と引けば今度は▲4三角成とはできないからだ。

ただし、それだけで△6二玉が絶対にありえない手ということにはならない。確かに▲2一角は「受けにくい手」ではあるが、それで形勢が悪いかどうかは別問題だからだ。だが、仮に▲2一角と打たれても大丈夫なのだとして、先手が角交換から角打ちに踏み込まなかったとしたらどうなるのだろう。

角打ちのリスクを冒してまでYSSが△6二玉と指したかった理由を、当日観戦記の担当で控室にいた船江恒平五段に聞いてみた。

船江恒平五段。第3局の観戦記を担当する

「先手が角交換してこなかった場合にどうするかですよね。う~ん、たぶん△7二銀~△7一玉としたいのでしょうけど……。そうできたとしてもうれしくはないですよね。そこからひねり飛車のように転回する構想も考えられますが、序盤に△2二銀と上がっている形とのバランスが悪すぎますから」(船江五段)

「ひねり飛車」というのは、居飛車の出だしから玉を右に囲い、後で振り飛車のように飛車を左翼に転回する、一種の陽動作戦だ。これはプロの将棋でも登場する立派な戦法のひとつではある。しかし、そのひねり飛車と比べると、本譜でYSSが目指した形は、金銀の配置バランスが悪くメリットが感じられないということだ。これがプロが△6二玉を指さない一番の理由だろう。

「良い形」+「良い形」=「悪い形」?

では、なぜYSSは△6二玉を選んだのか。

コンピュータはプロの実戦例をお手本にして、駒の効率的な配置を学習するという。「プロが指している配置は良い形」というわけだ。

△6二玉の後、仮に無事に△7二銀~△7一玉と囲えれば、それは振り飛車戦で多用される「美濃囲い」という良い形だ。また、左側の2二銀と3二金の配置は、横歩取りで必ず出てくる形のため、これもコンピュータ的に考えれば「プロが多用する良い形」ということになる。だが、そのふたつの良い形を組み合わせると「バランスの悪い形」になる、ということがYSSにはわからなかったのであろう。

図4(YSSが目指したと思われる仮想図)

YSSはプロが一般的に指す△5二玉という手も有力な候補と考えていたに違いない。△5二玉と△6二玉を比較して、わずかに△6二玉が勝ると判断したのだろうか。その可能性もあるが、筆者は別の可能性も考えている。それは、YSSがあえて2番目か3番目の候補手だった△6二玉をあえて選択したということだ。

そのことについては、後の局面でも問題になってくるので、その時にあらためて考えることにしよう。

対局者のおやつの撮影。大阪マリオット都ホテルの美人スタッフが撮影に応じてくれた

おやつは和洋折衷で、どら焼きとマカロン