三菱重工業下関造船所(山口県下関市)で6日、2014年7月の就航が予定されている貨客船「橘丸」の進水式が開催された。東京港の竹芝客船ターミナルと三宅島・御蔵島・八丈島の間で旅客および貨物を運ぶ船で、全長は約118m、最大定員は約1,000名(東京港 - 御蔵島間の場合)。運航・旅客サービスを行う船会社の東海汽船と、船舶の建造を支援する独立行政法人、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が共同で所有する。

下関造船所の船台で進水式の開始を待つ「橘丸」。この時点では正式な命名の前なので、船名部分は紅白幕で覆われている

現在、東海汽船は2隻の大型客船「さるびあ丸」「かめりあ丸」と、4隻の高速ジェット船で東京港と伊豆諸島の間を結んでいる。このうちかめりあ丸の船齢が27年を超え老朽化していることから、置き換えを目的として橘丸は新造された。総トン数3,837tのかめりあ丸に対し、橘丸は約5,730tと大型化しているが、旅客の定員は現行並みに据え置き、個室やプライバシー確保のための空間、バリアフリー対応などを充実させる。なお、現在かめりあ丸は大島などを経由して神津島へ至る航路と、三宅島・御蔵島を経由して八丈島に至る航路の両方に充当されているが、橘丸は後者の八丈島行き航路専用の予定。橘丸の就航後、かめりあ丸は退役となる。

カラーリングを手がけた画家の柳原良平氏。「船キチ良平」を自称する大の船好きで、2000年から東海汽船の名誉船長を務める。この日も4本線の船長服で臨席

黄色のベース色にオリーブグリーンを大胆に配したカラーリングは、サントリーの広告キャラクター"アンクルトリス"などで知られる画家の柳原良平氏によるもの。同氏は大の船舶ファンとしても知られ、東海汽船のジェット船でも塗装のデザインなどを手がけてきた。橘丸の名前は、同社が1935年(当時の社名は東京湾汽船)から1973年まで同じく伊豆諸島航路で運航していた2代目橘丸から継承されたもので、今回の新造船は3代目にあたる。

この日は朝から多数の関係者に加え、地元の子供たち、船舶ファンなどが下関造船所の船台近くに詰めかけた。進水に先立ち、東海汽船の山崎潤一社長によって正式な命名が行われ、船名幕が除幕されて「橘丸」の文字が表に現れた。続いて、船体を支えていた支柱が鐘の合図に従って取り外され、すべての重量が進水台へと移される。最後に、支綱の切断と同時に滑り止めのトリガーが外されると、船は滑走台とともに自重で海側へ動き始め、1分足らずのうちに造船所沖へと移動、見事に海に浮かんだ。

造船台を母親の胎内に例えて、進水は船にとっての誕生の瞬間とも言われる。建造に携わる従業員も総出で進水式を見守る

式典中それまで「当所第1169番船」と呼ばれていた橘丸が正式に命名され、船名幕が外される

銀斧で支綱が切断されると同時にトリガーが外れ、自重のみで海へと滑り出ていく橘丸。くす玉割りや楽団による演奏なども盛大に行われ、少し遅れて船首で割られたシャンパンの香りが辺りにただよう

海上に出てからタグボートの力で回頭し、全体の姿を見せる橘丸。船舶の大型化によりドック注水での進水が主流となりつつあるが、今回のような滑走進水のほうがセレモニーとしては盛大だ

エンジンとモーターの組み合わせで省エネ化したハイブリッド船

技術面では、ディーゼルのメインエンジンに電気モーターを組み合わせた「タンデムハイブリッド方式」を採用したことが最大の特徴となっている。この仕組みにより、八丈島までの所要時間を約30分短縮しながら、燃料消費量も削減できる見込みという。

ディーゼルエンジンでプロペラを回す従来の推進方式では、大きな出力が得られるものの、プロペラのある船尾の低い位置にエンジンを配置する必要がある。このため、エンジンが大きくなるほど船も船尾部分が太くなり、水の抵抗が増して推進効率が落ちる。これに対しモーターでプロペラを回す場合、発電によるロスのためエネルギー効率そのものはディーゼルエンジンに比べ落ちるが、発電機とモーターの間は電気配線で済むので、大きな設置場所を取る発電機は船内の自由な場所に配置できる。これによって水の抵抗がより小さい船型を実現可能となるため、船全体としては推進効率を高める余地が生まれる。

橘丸では、従来船が2基搭載していたディーゼルエンジンを1基に削減し、代わりに電気推進を組み合わせることで、それぞれの方式の長所を"いいとこ取り"した。また、エンジンとモーターの各プロペラを前後に並べて互いに反対方向に回すことで、無駄になっていた回転流を推進力に変換し、推進効率をさらに改善している。

橘丸は国土交通省が推進する「スーパーエコシップ」の中の1隻として開発され、タンデムハイブリッド方式の採用で低燃費・低振動・低騒音を実現。速力12ノット制限のある東京湾内ではディーゼルのみで進むが、単体のエンジンとしては従来より低速向けの設計となっており、低速時の燃費も改善。外海ではこれに電気推進を加え、航海速力19ノット(時速約35km)で進む(資料画像: 鉄道・運輸機構)

モーター側のプロペラは360度どの方向にも向けられるポッド推進器となっており、船首近くのサイドスラスターと組み合わせることで、大型船でありながら真横への移動やその場での回転なども可能。離島の港は狭く荒れやすいため、天候によっては接岸を断念して引き返すといった事態もしばしば発生するが、ポッド推進器の採用で操船が容易になり、就航率の向上も期待できる。

東海汽船によると、1970年代の最盛期には同社の伊豆諸島航路を年間150万人が利用したということだが、離島ブームが去って以来長らく漸減傾向が続いており、現在の利用客は年70万人程度。同社では約22年ぶりとなる新造船の投入で、離島住民の生活を支えるとともに、観光需要の再拡大にもつなげたい考えだ。