【レポート】

富野由悠季監督との30年越しの秘話-『機動戦士ガンダム』安彦良和×板野一郎×氷川竜介トークショー

1 製作現場がホワイトベースだとするならば、安彦良和はガンダムだった

  • <<
  • <

1/5

今年4月19日で一周年を迎えた東京・台場のダイバーシティ東京プラザ「ガンダムフロント東京」では、現在一周年記念としてさまざまなテーマで「企画展リレー」が行われている。現在開催されている企画展は『機動戦士ガンダム』放映当時より、キャラクターデザインおよび作画ディレクターを務めている、安彦良和氏をフォーカスした「アニメーター安彦良和展」。この一環として12日に「安彦良和×板野一郎×氷川竜介」トークショーが行われた。

左から氷川竜介氏、安彦良和氏、板野一郎氏

監督と並んで過酷な製作現場の屋台骨を支えてきた安彦氏が、今だから言えるぶっちゃけトーク満載で当時を語る! 本記事ではその内容をできるだけお伝えしたい。

製作現場がホワイトベースだとするならば、安彦良和はガンダムだった

壇上に現れた3人。進行役でもあるアニメ評論家の氷川氏、主役である安彦氏、そして『ガンダム』の制作現場に動画マン(途中で原画へ)として参加し、安彦氏を師と仰ぐ板野氏が並び、トークが始まる。会場の客席には安彦氏が1980年頃に描いたサンライズ第一スタジオ(通称1スタ)の『ガンダム』制作当時の現場イラストが配布され、その様子を見ながら安彦氏と板野氏が語り始めた。

氷川氏:これを描かれた時はイデオン(『伝説巨神イデオン』)のスタッフに変わってたんですよね。

安彦氏:記憶で描いたものだけど、あってるでしょ?

板野氏:ええ。こんなにみんなちゃんと座ってなかったですけど(笑)

『イデオン』や『マクロス』のイメージが強い板野氏だが、彼は当初、外で動画をやっていたが、5話ぐらいの頃に1スタの机がひとつ空くと言われ、10数話ぐらいで1スタにやってきたという。新人の板野氏について安彦氏は「いつ来たか分からないんですよ。いつの間にかいた」と、当時の多忙さゆえか印象が薄い模様。板野氏から見た安彦氏は、安彦氏が原画の修正作業中に原画紙をクシャクシャやって「あーっ!」っと叫ぶたびに、「あ、自分の(描いた部分)が使えなかったかな……」と戦々恐々としていたという。そして安彦氏が帰ったあと、安彦氏が修正したものを見て「ああ……安彦さんの絵、うまいな、すごいな」と憧れたそうだ。

安彦氏:しかし(1スタは)狭い部屋ですよこれ。狭くて暗くて半地下で。

板野氏:光も当たらなくて昼だか朝だか夜だか分からない、奈落みたいなところ。しかも床が小学校みたいにタールが塗ってあって、床で眠れない。安彦さんと富野さんは仕事が速くて、家庭もあるから電車のある時間に帰られるんですが、僕たちは遅いから帰れない。安彦さんたちは「すまないね~先帰るね~家庭があるから」って気を遣って先に帰られましたが、僕たちはいくら描いても全然終わらなかった。

安彦氏と富野氏は電車で帰る、とサラリと言っているが、これがどれだけすごいことなのか、アニメの製作現場を少しでも知っている人なら分かるはずだ。仕事量は他のスタッフの倍どころではないふたりがどんなスピードでどんなクオリティの仕事をしていたのか。やはり常人ではない。さらに板野氏からちょっとイイ話が。

板野氏:当時で印象に残ってるのは、ミハルの回で富野さんが絵コンテを切り終わって、安彦さんに見せたんです。それでふたりで男泣きしながらいい回だね、この回がんばろうね、みたいな話をしていた。それでおふたりが帰られた後でそのコンテを見たら、やっぱ泣けてくるんです。これまでの子ども向けのものじゃなく、新しいもの、ちゃんとした戦争をとり上げて、その中で弱い民間人が戦わされて死んでいくというものをちゃんと描こうとされていた。

こういったエピソードは、まず富野監督からは出てこない貴重なエピソードだろう。

板野氏:僕は人物の動きが苦手で、安彦さんのキャラは自然体でやわらかいのに自分のはボディビルダーみたいな絵で、下手で役に立たない。ロボットとかフラミンゴとか(有名なジャブローのフラミンゴ)、そういうことしか役に立てない。

安彦氏:フラミンゴってのは、240の紙(原画紙)だったんだよね。一番大きいやつ。普通のは100。それをやっていたので、かわいそうにと(笑)。あれは余計に(ギャラ)もらえたの? って聞いたら、いや同じですと(笑)

板野氏:ここのお金はいいかなって。下積みで修行させていただいたので。

あのとんでもない数が飛んでいる31話、ジャブローのフラミンゴの時点で日本を代表するアニメーターとなる片鱗がここですでに見えていたというべきだろう。しかし板野氏は、安彦氏が自分の作画監督回ではない回もすべて見ていた、と圧倒的な働きぶりを語る。

安彦氏:ミハルの回やテム・レイと再会する回とか、作画監督の担当回ではなくても気になるシーンや大事なとこは僕に回させてやっていた。それはアニメーションディレクターの特権。本当はもっと口出そうと思ってたんだけど忙しかったので、気になるところだけですね。アムロとララァの出会う回とか……で、あのあたりでダウンしたと。

『ガンダム』で安彦氏が担当したのは、アニメーションディレクターという作画に関する全統括者としての仕事、それにキャラクターデザインと各話数のうちのいくつかの作画監督(もっとありそうだが)。が、アニメーションディレクターとしてほぼすべてにおいて、可能な限りよいものを仕上げようと、何でもやっていたということである。それであまりの激務で体を壊し、入院(34話の作業中とされている)。最終話まで現場に戻ることはできなかった。劇場版では、終盤も多数の新作カットを追加している。

安彦氏:コンテを見るとやりたくて仕方ないんですよ。いろいろ手をつけたいんだけど、自分の能力(の限界)があるから。

板野氏:安彦さんは倒れるまで、肝心なところはすべて抑えていらっしゃって、すごいな! いつの間に? と。ランバ・ラルの戦死する回なんかも全部(手が)入ってますね。

安彦氏:この(トークを聞きに来ているお客さんの)中にもマニアの方がいらっしゃるだろうけど、何話の作監は誰で、原画は誰でなんて調べて、この回は安彦作監じゃねえよ! なんていう人もいるけど、そんな単純なものじゃないよ(笑)

エンディングにクレジットされてる情報がすべてじゃないということ、肝に銘じたいものだ。そこから「やはり当時は毎週大変でしたか?」との氷川氏の質問から、メカ作監の話に。……続きを読む

  • <<
  • <

1/5

インデックス

目次
(1) 製作現場がホワイトベースだとするならば、安彦良和はガンダムだった
(2) ガンダムの味方はファン、敵は……『ザ・ウルトラマン』!?
(3) 日本のアニメ史を左右した(かもしれない)出来事
(4) 安彦氏「大友みたいなのが面白がって介入してくるとまたとんでもないことになる」
(5) 安彦氏「日本のクリエイターたちは、"男気"で仕事をしている。それが原点」
関連キーワード

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事