既報の通り、陸上自衛隊は今年の富士総合火力演習を実施した。陸上自衛隊富士学校の学生(学校で訓練を行っているので呼び名は「学生」だが、もちろん自衛官である)への教育と、一般に対しての広報を兼ねて8月末に毎年行われているもので、今年は隊員約2,400名、戦車・装甲車約80両、砲迫(大砲・ ミサイル)約40門、航空機約25機が動員された。
演習内容は毎年ほぼ同様で、午前10時頃から約1時間の「前段演習」と、休憩を挟んだのち約30分に渡って行われる「後段演習」の2部で構成されている。前段は陸上自衛隊の主要装備が順番に登場し、各装備の効果をひとつひとつ紹介していくのに対し、後段では一定のシナリオの下にさまざまな部隊が連携して火力戦闘を繰り広げるものとなっている。
数十km先まで届く大型火砲
陸上自衛隊には現在14の「職種」が存在し(※)、富士学校ではこのうち「普通科」「特科」「機甲科」の3職種の訓練が行われている。聞き慣れない言葉が並ぶが、普通科は諸外国軍隊における歩兵、特科は大砲・ミサイルを扱う砲兵にそれぞれ相当する。自衛官はあくまで兵士ではないのでこのように呼ばれているわけだ。そして機甲科は戦車部隊および偵察部隊にあたる。
※なお、今年度末には情報収集・分析を専門に行う「情報科」が新設されるため、職種は15に増える。
前段演習では火力の種類別に装備品を紹介。始めに特科部隊の遠距離火力で、陸自最大の砲である203mm自走りゅう弾砲、最新国産火砲の99式自走155mmりゅう弾(※)砲などが登場した。特に後者は自己位置の評定、照準、弾薬装てんの自動化によって射撃準備時間が短縮化されており、射程も最大約40kmと長い(会場の東富士演習場から伊東付近までの距離に相当)。
※りゅう(榴)弾:内部に充てんした火薬により着弾時に炸裂する砲弾で、直撃よりも破片や爆風による効果を主としている
演習場には発射地点から約500~3,000mの距離の間に点々と目標が設けられているが、遠距離火力はこのうち最も遠い3,000m先の山肌に向けて発射された。午前中は霧が深く目標地点が見えなかったので、弾着は音でしか確認できなかったが、この距離だと観覧席に音が届く10秒ほど前に目標に命中していることになる。
続いて登場したのは迫撃砲を備えた分隊である。迫撃砲は、先ほどのりゅう弾砲に比べ高い弾道で砲弾を発射するため、射程が短くなる代わり、建物や地形のかげにある目標にまで砲弾を到達させられるのが特徴。また、構造が比較的シンプルなため砲自体をコンパクトにできるほか、弾薬の装てん等がしやすく一定時間内に多くの砲弾を発射できる。陸上自衛隊で備える81mm迫撃砲は1門あたり4名、120mm迫撃砲は同6名の分隊でそれぞれ扱う。
個人携行式装備やヘリから降下の披露も
携行式の装備もいくつか紹介された。110mm個人携帯対戦車弾は、数百m以内の近距離で戦車やコンクリート製構築物に対して使用するロケット弾で、本来の名称「パンツァーファウスト3」としても知られる。同じく「カールグスタフ」としても知られる84mm無反動砲は、対戦車用として使われるほか、照明弾や発煙弾の発射用としても用いられる。
そして、最新の携行式対戦車ミサイルが01式軽対戦車誘導弾で、これは赤外線画像誘導によりミサイルが自分で目標に向かって飛行するので、発射後のレーザー誘導などが不要で、使用後すぐにその場から離れることができる。演習では霧のため目標に向かって真っすぐに飛ぶ「低伸弾道モード」で発射されたが、装甲の薄い戦車上面を狙う「ダイブモード」での発射も可能となっている。
また、昨年までの演習では見られなかった新たな装備としては、敵航空機を撃墜するための87式自走高射機関砲が登場した。74式戦車の車体に2門の35mm機関砲やレーダーなどを搭載したもので、戦車部隊とともに行動する対空火力となる。演習では低空を飛行するヘリコプターを目標にするという想定で、地上目標に対しての射撃が行われた。
陣地奪還シナリオを描く後段演習
さながら品評会のように各装備が順繰りに登場した午前の前段演習とは変わって、午後の後段演習ではシナリオ構成に沿って普通科・特科・機甲科の各部隊が協同で攻撃を行う、より実践的な内容の演習が繰り広げられた。具体的には、一定のエリアが敵の支配下におかれたことを想定し、そこを拠点とした本格的な攻撃を受ける前に敵陣地を奪還、侵攻を未然に防ぐといったミッションになっている。
まず、富士総合火力演習には初参加となる遠隔操縦観測システムFFOS(Flying Forward Observation System)による偵察が開始された。これは無人ヘリコプターと通信設備などの地上装置からなるシステムで、敵陣地の状況をカメラ(可視光および赤外線)や各種センサーで観測できる。「遠隔操縦」と名付けられているが、離陸から着陸まで飛行プロセスのほとんどを自律的に行うことが可能で、いわば空飛ぶ偵察ロボットである。
左の地上装置と、右の車両上にある無人ヘリから構成される遠隔操縦観測システムFFOS |
国産の有人観測ヘリOH-1。低空飛行時の接触を防ぐため、テールローターが機体の内側に搭載されているのが特徴。強力な運動性能を持ちアクロバット飛行も可能 |
陸上でもオートバイ班などによる地上偵察部隊が投入され、敵後方などに進入して攻撃のための情報を収集する |
大型輸送ヘリCH-47Jに吊り下げられて到着した軽装甲機動車。CH-47Jは車両や火砲の運搬のほか、災害時の空中消火などでも活躍している |
空中・地上からの偵察活動で判明した敵に対して、特科部隊や迫撃砲部隊が射撃を開始する。並行して、74式戦車が射撃陣地に進入する。これらの部隊は、この後の前進を容易にするための支援部隊という性格を持つ。実際には、射撃陣地への戦車の進入は行動を秘匿できる夜間に行うか、発煙弾などを併用するという。
そして74式戦車が、前進の準備を妨害する敵戦車などを攻撃。敵の妨害勢力が削がれたところで、こちらの陣地の左右には92式地雷原処理車が登場した。これは、地雷原処理用のロケット弾を発射することで、戦車が前進する通路を確保するための装備だ。ロケット弾には26個の爆薬ブロックがワイヤーで接続されており、これが地面で爆発することで広範囲の地雷を一度に処理する。
この後、特科部隊、迫撃砲部隊の支援射撃の下に、戦車や装甲戦闘車が前進し、敵陣地の奪還に向かう。支援射撃は、前進部隊の位置にあわせて段階的に射程を遠くへ移していく。また、射撃位置や弾速の異なる複数の火砲がある中で、より攻撃の効果を高めるため「同時弾着射撃」(TOT:Time on Targetとも)と呼ばれる技法が用いられる。これは、複数の火砲の砲弾が目標に同時に弾着するように、目標までの距離が遠く、弾速の遅い火砲を先に発射するもので、タイミングを調節する技術が求められる。
最後に、戦果を拡張するために投入された新たな戦車中隊や、「アパッチ」の改良型として知られる戦闘ヘリコプターAH-64Dなどが続々と到着。実際の戦闘ではこの後、作戦に動員された全勢力をもって敵陣地への前進を行うことになるが、演習ではここまで。発煙弾の炸裂をもって後段演習も終了となった。
後段演習は敵の反撃等も想定した実践的な内容になっているとはいえ、戦いの展開は理想的なシナリオを描いたもので、必ずしも実際にこの通り作戦が完全に成功するとまでは考えられていないようだ。とはいえ、これだけの火力が連携して行動する機会はこの富士総合火力演習以外になく、陸上自衛隊では「富士学校の学生に対して『本物を見せる』」という意味でこの演習の意義は大きいとしている。
(撮影 : 中村浩二)