野村総一郎氏

うつ病による休職者の職場復帰を支援する「うつ病リワーク研究会」の第2回総会が4月18日に都内で行われた。記念講演として、防衛医科大学精神科教授の野村総一郎氏による「うつ病概念形成の歴史と現状」と題した講演が開催された。

昨今急増する"うつ病"。現代病ともてはやされてはいるものの、「自覚症状がありながらも専門医を訪れる人はまだまだ少ない」と話す野村氏。その一方、"うつ病仮面"や"なんちゃってうつ病"と呼ばれる人たちは多く、医療機関の現場では患者が多すぎて診ることが困難な状況にあり、「患者の難民化が起きている」とも指摘する。こうした状況に対して、野村氏は「脳科学の進歩も壁にあたっている」とし、うつ病の概念を根本から見直す必要があると主張した。

野村氏によると、うつ病が人類史上最初に認識されたのは紀元前10世紀ごろ。「人間の攻撃性を表す痕跡は1万年前の遺跡にも見られるが、"憂うつ"の表現を取り出すのは難しい。しいて言えば、お墓の研究で悲しみや弔いの感覚が古代に認められているほか、神話や経典といった古文書に現代のうつ病の概念につながる記述が見られる」と野村氏。

一方、進化生物学的に見た場合、動物との比較で論じられる。動物では、主に哺乳類以上の集団生活を営む生物に"憂うつ"の心理が認められているといい、野村氏は「忠犬ハチ公もうつ病だった」とユニークな自論を披露する。野村氏によると、動物の憂うつの心理は社会生活上なんらかの不都合を回避するための生理的システムとして遺伝的に組み込まれたものであるとの仮説が立てられており、これが人間においては環境変化に対する不適応行動として不利に働いたのがうつ病であると説明する。

これに対して、学問的なうつ病研究の始まりは、紀元前5世紀ごろの古代ギリシャの時代にまで遡る。ヒポクラテスやアリストテレスが"メランコリー(うつ)"の概念を提唱。その後、ローマ時代以降は、うつは"メランコリー"と"マニー(躁)"の周期性により長い間論じられたとしている。

うつ病概念の流れ

しかし、旧来のうつ病の概念に一石を当時、現代精神医学の幕開けとなったのは、1909年にドイツの精神医学者クレペリンが提唱した「うつ病一元論」だ。この説により、それまでいろいろなタイプがあると考えられていたメランコリーとマニーが"躁うつ病"という概念でひとまとめにされ、「うつ病がそれまでの身体的レベルから脳科学的な解釈に転換された」と野村氏は説明する。

以降、うつ病は科学的に検証されるようになり、診断基準はそれまでの哲学的思考からより実用的な"操作的診断"の方向に向かったという。

現代における、うつ病の定義は、気分が憂うつで元気が出会い状態が2週間以上続き、物事の決断力や判断力が欠如し、日常生活に支障をきたす状態とされている。またその原因は、単なる心理的問題だけでなく、喪失感や人間関係の悪化、ストレスや慢性的な疲労など、さまざまな要因が単独、または重なり合い、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることによって引き起こされると考えられている。

厚生労働省の2005年の統計では、国内のうつ病患者数は約92万人。1999年の約44万人から6年間で2倍以上の広がりだ。野村氏はこうした実態に対して、「現場の実態を反映しながらも国際標準から大きくはずれない、我が国ならではの理想的な診断分類を提唱することが必要。そのためにはデータの集積が不可欠」と強調した。