安斎レオ氏は、1961年生まれ。大阪府豊中市出身。嵯峨美術短期大学(現・京都嵯峨芸術大学)を卒業後、デザイン会社などを経て、30歳になるのを機にフリーランスに。このころすでに、いわゆるオタク第2世代のコレクターの旗手として名を馳せる。やがて、ライターなどとして活躍後、世界にただ1人のフリー玩具プロデューサーとして、故・実相寺昭雄監督とのコラボレーションによる「昭和情景博物館」シリーズなど、ファンのツボを押えたプロデュース作品を多数発表。今回は、そんな氏の仕事についてうかがった。

――安斎さんのお仕事は玩具プロデューサーだそうですが、どのようなことをなさっておられるのでしょう?

安斎レオ氏

「一口で言いますと、オモチャを作りたいというメーカーと版権をお持ちの会社とオモチャを作る工場、この3つを結びつけてモノを作っていくという仕事です。さらに、製品化されるオモチャをトータルにコントロールし、いわゆるオタクの目線をそこに反映させていく。それが、玩具プロデューサーの仕事だと思っています」

――安斎さんのところに、「こういうオモチャを作りたいんだけれども」という注文が来るわけですか?

「そうですね。メーカーから商品化の相談を持ちかけられて、どういうものを作るかを具体的に提案させていただき、版権元から権利の使用許諾を取り、原型師に造型を依頼し、中国の工場で生産して世に出す……というのが、おおまかな仕事の流れですね」

――商品化した後の販売ルートの選定や広告宣伝といったことも、お仕事の中に含まれますか?

「おっしゃるとおりです。販売ルートの選定は非常に重要で、昔ながらのメーカーから問屋に卸すルートだけでなく、現在では、アマゾンなどの通販サイトを利用する方法や、商品の生産個数が少ない場合にはメーカーから直販するとか、ワンダーフェスティバルなどのイベントに持ち込んで販売するなど、様々なケースがあります。商品それぞれに応じて、僕のほうで、売り方も含めたコーディネートを行っています」

――広告宣伝については、いかがですか?

「例えば、ホビー雑誌だったら、今、代表的な雑誌が5誌ぐらいあるわけですけれども、そこに情報を出せば、欲しがっている人には大体届くだろうと。一方、単価が30万、40万する高いものの場合は、雑誌の記事だけでなくイベントに持っていって現物を見てもらうことで買ってもらうとか。さらに、ぬいぐるみのような女の子でも集めてくれそうなものは、もっと別なアプローチをするとか。そういったことを商品に応じて企画の段階から決めておくのも、僕の役割ですね」

――ビジネスとして成立するためには、当然、マーケティングの話もしなくてはなりませんよね。

「お客さんが欲しがりそうなもので、かつ、市場に出回っていないものを見出した上で、製品化に必要な費用を算出します。中国の工場で生産する場合のコスト、金型の予算、日本への運送費、商品を卸す際の掛け率といったもののいろいろなパターンが頭の中に入っていますから、そこからチョイスしていきます」

「『20世紀漫画家コレクション』の後に発表されたフィギュアックス(FIGUAX)、鉄人28号
(C)光プロ

――原型師に対する品質管理としては、どのようなことをなさいますか?

「商品ごとに、ソフビの原型、インジェクションの金型用の原型、シリコンで型取りするポリストーンの原型、それぞれに違うんですよ」

――つまり、原型から雌型である金型を作り、そこから複製した物が商品になる。そのとき、その型から製品をうまく抜ける形状であることが求められると……。

「酒井ゆうじさんにゴジラの原型を発注するのなら、最低限サイズと素材の種類、商品パッケージのイメージだけ伝えれば、それで済むんですよ。いいものができてくるに決まってますから(笑)。そういうことがわからない方に原型を依頼するとなると、仕事量は大幅に増えますね(笑)」

――ご自身で、オモチャを企画されることもあるんでしょうか?

「これまでの例でいくと、むしろ、そのほうが多いですね」

――どのような商品を手がけてこられたのでしょう?

「代表的なものは、いわゆる食玩ブームのときにフルタ製菓から発売された『20世紀漫画家コレクション』ですね。当時、チョコエッグで海洋堂がキャラクターものをやらなかった時期に、あえてキャラクターものを世に出して、累計で600万個以上を売り上げました。食玩におけるキャラクターものの1つのムーブメントを起こすことができたと思っています」