――いわゆる役作りというのは、どのようになさったのでしょうか?

「ある程度、自分の中で考えていたものと、実際に画が流れてきて自分のやる役が動いていたり、口をパクパクさせている部分を観て、大分、軌道修正したんじゃないかなっていうふうに思います。自分がその役をもらって、自分の肉体と自分の声で演技をするのと違って、自分の計算とはまったくかけ離れた動きをすることがあるわけですよ、アニメーションというのは。最初から、自分が固定観念をもってキャラクター設定をしてしまうと、どこかでつまずくんじゃないか。ある程度の大まかな部分は、自分の中で組み立てはするんですけどね。実際は、画を見ながら変えていくっていうか、それに順応していくというやり方をしてきました。じゃないと、どうしても画のキャラクターとケンカしてしまうんですよ。なるべく画の動きと、自分の役者としての感性とがリンクするようにしていかなければ、きっと観ている人も分かってくれないんじゃないかっていう、そんな思いがあるんで。あんまり頑固に、『自分がこういうふうに設定したから、画はああいう動きしても、自分はこういうふうにやるんだ』なんてやると、どうしても違和感が出てきちゃうんですよ」

――毎週、オンエアもご覧になって、さらに軌道修正をされることもあったんでしょうか?

「そうですね。アフレコのときに軌道修正することももちろんなんですが、アフレコの現場では実際、音はなんにもないわけですよ。まったく無音のところでもって、そのキャラクターの口に合わせていくだけなので、オンエアになって初めて音楽が入り、効果音が入り、『ああ、なるほど。こういうふうになるのか』とか、そこで初めて発見する部分は、ずいぶんありますね」

――ちなみに演じられたのはレーサーの役なわけですが、この当時、ご自身で車の運転はされていましたか?

「ええ。昔は16歳で軽自動車免許が取れたんですよ。それで16歳のときに免許を取りましてね。当時、某自動車会社の軽自動車で、水冷4気筒、4ドアっていう車を買いました。免許証をもらったその日に、試験場までディーラーの人に車持ってきてもらって、そのまま東京に仕事に行ったんですよ。当時は車の数も少なかったからできた話ですね」

――次に、当時のアフレコ現場のお話をうかがいたいのですが、毎週収録に行かれて、モニターに出てくる絵というのは、もう完成された絵でしたか?

「ええ、『マッハGoGoGo』のときには、もう、100%画が入ってましたね。今は線画とかデッサン画だけの状態とかありますが、まだ初期の頃は、ほとんどのアニメに画が入ってましたね」

――そこで共演されていた方々は、皆さん……。

「大先輩ですねえ」

――そういう方々とご一緒なさって、いかがでしたか?

「皆さん、やさしかったですよ。きっと『こいつ、ちゃんとかまってあげないと、今日中に終わんないんないんじゃないか』って、先輩たちは思ったのかもしれない(笑)」