ものすごい昔、浅田次郎の『蒼穹の昴』を読んで爆泣きした。『ぽっぽや』が映画化されたようなころだ。そんな話をとある男性にしたら、「僕は、浅田次郎はダメなんだよね。お涙ちょうだいみたいな感じがして……食わず嫌いなんだけどね」と言うので、思わず、「そんなことないですよ! めっちゃ泣けますから読んでください!」と、たいそう頭の悪い返事をしたことがある。まさに浅田次郎はお涙ちょうだいが上手な作家であり、それがダメなら勧めるに値するかどうか……。

漫画でいうと、私は『バガボンド』の2巻の最後で爆泣きする。自分の価値や、生きる意味にひたすら疑問を持っていた人間が、「お前は生きていい、愛される価値がある」と言われたら、どれだけうれしいだろうと思うと、もうこよなく熱い涙が流れてしまう。しかし、誰に聞いても、ここで泣く奴がいない……。なんだか、みんな幸せな人生なんだなあ(実感が湧かないから泣かないわけで、泣かないのは自分を否定された経験がないからではないか。自身を肯定して生きることこそ、幸せなことじゃないか)。

人を泣かせる、感動させるネタというのは、作者の力量にかかっている。人が死んだら悲しいのは当たり前、失恋したらぐったりするのは当たり前、片思いが辛いのは当たり前、その前提で、どれだけの要素を盛り込めるかが作品の質を決める。

『僕は妹に恋をする』は、双子の兄が妹に欲情して、それに影響された妹が一緒に欲情し始めて、周りから反発されたり親バレしそうになったりする話だ。その最中にいろんなイベントが盛り込まれている。もちろんそのイベントは、少女漫画界で頻出の事柄である。

まずひとつめ。妹への気持ちを断ち切るため、兄はよその女で憂さ晴らしするのだ。自分に置き換えて考えてみると、自分の好きな男が自分とエッチしながら、よその女を思っていたりしたら、とんでもなく不愉快だろう。しかしこの不貞な行為が「主人公を深く愛するため」という表現で使われるのが少女漫画である。気持ちは主人公のものだから、よその女とやっても、むしろそれは愛情表現なの、というわけだ。つまり読者は、あくまで主人公の目線で読んでいるのだ。まったく、客観的視点に欠けたお話だが、少女漫画ではよく見かけるパターンだ。

それから、ライバルの女が男を使って主人公をレイプさせようとしちゃう話。あるわあるわ、少女漫画にこの展開。でも、ご安心を。大抵の少女漫画では、それは未遂に終わります。ただし、襲われるのが主人公だった場合。ここにも、主人公優遇主義が見えるわけだが、女の敵は女なんだな、と思わずにいられない話である。

ストーリーは全10巻、そのうち9巻くらいまで、あれやこれやと双子が読者サービスをしてくれたり、少々トラブルが起こったりする。そして衝撃のクライマックスだ。ここからはぜひ漫画を読んでいただきたいが、なんと双子は異父兄弟だったのである……! それまで、自宅やら電車やら教会やら男子寮やら、ありとあらゆる場所でいかがわしいことを繰り返してきた双子だが、なんと一番いかがわしかったのは、その双子の母であったのだ……!

そして感動のラスト……だが、ちょっと待て。そもそも、ことの始まりは、双子の兄が妹に欲情していたことが問題だったはずだ。それが異父兄弟だったからといって、現代では法的に許されていないわけだから、2人のいかがわしい行為は、依然問題なのである。にもかかわらずこのラスト、何一つ問題は解決されていないではないか。担当編集も作者も、もう考えるのがイヤになったのか、それとも『新章 僕は妹に恋をする』を作るつもりだったのか……。

まあ、ぜひとも漫画を読んでみていただきたい。読者サービスが豊富なので、ストーリーは置いておくとして、男性諸君も楽しめるのではないでしょうか。
<『僕は妹に恋をする』編 FIN>