めまぐるしく変わる「内部環境」に対応せよ!

前回はホームズスタジアム神戸で最適な音響を実現すべく、TOAが専用スピーカーを開発したところまで触れた。ところが、スピーカーが完成しただけでは終わりではない。そのスピーカーを、いかに設置するかという問題がある。指向性のあるスピーカーだけに、それぞれのスピーカーを「どこに」「どの向きで」設置するかが、その後の音響に大きく関わってくるわけだ。

TOA製のホームズスタジアム神戸専用スピーカー。観客に等しくアナウンスを届けるには、開発後がまた大変なのだ

TOAではそのために、コンピュータシミュレーションを導入した。ホームズスタジアム神戸の環境をコンピューター内に再現し、スピーカーをどのように設置したらそれぞれの客席にはどう聞こえるかを検証したのである。こうすることで、微妙な位置と角度の最適な値を決めることができたというわけだ。現在、スタジアム内には約70台のスピーカーが配置されている。

それでも終わりではない。まだぁ? と言われそうだが、後から後から出てくる問題を一つひとつ片付けなけらばならないのが「音のソーシャルデザイン」という作業なのだ。

余計な反射をなくすために

音は、物に当たれば反射する。そのため、我々がふだん聞いている音というのは「実際に出た音」だけでなく「反射してきた音」も含まれているのだ(「音が反射すること」と「音が反射しないこと」の不思議については、次回じっくりと)。

反射してくる音は、余計な経路を経て耳に入ってくるので「実際に出た音」より後から聞こえてくる。要するに、エコーがかかって聞こえてくるわけだ。この、余計な反射音(残響音)を少なくするには、音量を最適に設定すればいい(実は指向性を持たせていることも、余計な方向への拡がりがないため残響の減少に役立っている)。

ただ、「音量を設定」といっても、まさか「音量ツマミ」をキューッと回して、「うん、だいたいこのくらいでよかろう」で済むかというと(すでにおわかりのように)そんなわけがない。

一つひとつのスピーカーは、それぞれ異なるエリアに向けられている。そして、それぞれのエリアは、客席数とか、音が当たる角度とか、その他の備品とかによって、残響の度合いが異なるわけである。だから、約70個あるというスピーカーそれぞれについて、個別に最適な音量調節をしなければならないわけである。

音をよく吸収するモノ……観客対策も大事

これだけでうんざりするのは早い。スタジアム内の残響度合いは、日によって変わる。温度や湿度といった条件も変わるが、大きいのは「人体」だ。人体はとてもよく音を吸収するが、ベンチは反射しやすい。つまり、「観客の入り具合(しかもエリアごとの)」によって、残響度合いが大きく変わってしまうのだ。

さらにホームズスタジアム神戸では、天井が開閉式になっている。天井があるかないかでは、当然音の「こもり方」も大きく違ってくる。

というわけで、「約70個のスピーカーの音量を」「エリアごとの客の入りや気象条件に合わせて」、使用するたびに調節しなければならないのである。

この作業をなんとかしてくれる(説明もおおざっぱになってきた)のが、TOAのフルデジタルミキシングコンソール「ix-3000」だ。音量を個別に調節する「ミキサー」の親玉みたいなものである。ix-3000には、スタジアムのさまざまな状態に応じた最適の音響設定(音量以外の設定も)が、あらかじめ何通りも記憶してある。そのため、使用時のスタジアムの状況を選択するだけで、最適な設定にすることができるのである。

記憶されている設定は、屋根の開閉や観客の入りだけでなく、「サッカー」や「展示会」といった使用目的の要素もある。客は、サッカーならばスタンドにいるが、展示会ならばピッチ部分にも入ることになるからである。

このような仕組みになっているおかげで、いちいち専門知識をもったエンジニアを呼んで毎回調整してもらわなくても、状況に応じた設定を簡単に行なえるというわけだ。

スタジアムに行ってみよう

実は筆者は、あまりスタジアムでスポーツ観戦をしたことがなかったのだが、今回の記事を書くためにあちこちのスタジアムで場内の音を聞いてみた。すると、確かにバラバラのエコーが聞こえて聞き取りにくかったり、音が小さすぎて聞こえなかったり、逆にガンガン聞こえすぎてうるさかったりといったスタジアムもあったのだ。でもホームズスタジアム神戸は、場内放送がハッキリと明瞭に聞こえるし(もちろん独特の残響感はあるので「スタジアムの臨場感」は楽しめる)、場内をあちこち歩き回ったが、どんな端っこにいっても同等に聞き取れた。

ただこれ、予備知識なしで来てたら気づかないだろうなあ、とも思った。普通に聞こえるからだ。第1回でTOAの担当者が語ってくれたように、まさに普通に聞こえるからこそ、そのスゴさを感じなかったのだが、そこには大変な工夫が隠されていたのである。

でも、これでスタジアムに行く楽しみができたような気がする。今後はスポーツ観戦や展示会でスタジアムに行くことがあったら、ついアナウンスに耳を傾けてしまうだろう。そしてそのアナウンスが普通に聞こえたら、こう叫ぶのだ。

「スゴい、普通だ!」

取材協力:TOA株式会社

1934年創業、業務用音響機器と映像機器の専門メーカー。業務用音響機器とは、駅の案内放送、校内放送やホール音響など、公共空間で使用される拡声放送機器、業務用映像機器とは、防犯カメラやデジタル録画装置などのセキュリティ用途の商品を指す。1954年、「電気メガホン」を世界初開発、選挙用のマイク装置で事業の基礎を築く。現在では、音の入り口のマイクロホンから、音の出口のスピーカーまでのシステムを取りそろえ、あらゆる公共空間で事業活動を行なう。企業哲学は「機器ではなく音を買っていただく」。企業サイトはこちら