ビデオ会議の必須アイテムといえば、WEBカメラ内蔵のノートPC。スマートフォンも条件を満たすが電話やSNS用に残しておきたいし、タブレットを使うとなるとPCとの作業分担が面倒なことになる。ビデオ会議に参加しながらメールを読み書きしたり、WEBで情報を確認したり、タスクを並行して進めていくためにはPC1台のほうがいい。当コラム的にも、Mac1台で済むほうがベターだ。

しかし、イヤホン(ヘッドホン)はあったほうがいい。Macの内蔵スピーカーでも会議出席者の声は聞き取れるが、イヤホンがあれば会議の内容を家人に聞かせずに済むし、周囲の雑音で会議の内容を聞き漏らすこともなくなる。

いろいろなイヤホンを試したが、初代AirPodsはなかなかのもの。ワイヤレス、しかも左右独立の完全ワイヤレスで、右左どちらか一方を使うことができる。側圧が強いオーバーヘッド型ヘッドホンは数十分もすると頭が痛くなるが、初代AirPodsはオープンイヤータイプ(耳もとに引っ掛ける構造)で装着感も軽いから、2、3時間は余裕だ。

とはいえ、ひとつ気になることが……それは「音質」。ごく普通にペアリングすれば(iPhoneと共用していれば自動処理される)、Zoomなどのビデオ会議ソフトですぐに利用できるが、会議参加者の声がくぐもった感じではっきりしない。ひと昔前のAMラジオのような音質だ。

  • 初代AirPodsはビデオ会議向き!?

  • iPhoneとペアリング済ならばMacでも自動的にペアリングされる

これはもしやコーデックの問題では? と気が付き、ZoomでスピーカーテストをしているときにメニューエクストラのBluetoothアイコンをControl+クリック、AirPodsのコーデックを確認したところ、「SCO」と表示されていた。やはり、原因はこれだ。

SCOとは、BluetoothのHFPプロファイル(Hands-Free Profile)で使用される音声通信用リンクのこと。macOSのBluetooth詳細画面では、便宜上コーデックとして表示されているが、実際にはこのSCOという枠組の中で「CVSD」や「mSBC」といったオーディオコーデックにより音声が処理される。

現在流通しているイヤホンやヘッドセットが対応するHFPには、その多くがバージョン1.6対応。HFP 1.5では、音質がAM放送級とされる帯域の狭い(8kHz)「CVSD」を利用していたが、HFP 1.6からは音質がFM放送級とされる帯域の広い(16kHz)「mSBC」が追加されたため、同じHFP 1.6に対応する機器間で利用すれば音質向上が期待できる。

しかし、ふだんAirPodsで聴く音楽は、このmSBCより明瞭で自然に響く。それもそのはず、AirPodsでコーデックとして利用されるAACやSBCには、最大48kHz(音楽コンテンツは44.1kHzが一般的だが)というサンプリング周波数が使われるため、情報量が格段に多いのだ。CVSDやmSBCではなく、AACで相手の声を聴くことができれば、多少なりともビデオ会議のエクスペリエンスは向上するに違いない。

  • Zoomで音声出力テスト中。AirPodsのコーデックには「SCO」と表示されている

ここで難題が。macOSには、Bluetoothのオーディオコーデックを手動で切り替える手段がない。開発ツールの「Bluetooth Explorer」やdefaultsコマンドを使うという裏ワザはともかく、スイッチひとつで切り替えられるようなものではない。

Zoomを例に説明してみよう。設定パネルのオーディオタブでは、「Speaker」と「Microphone」という項目があり、ここで指定したデバイスがビデオ会議の音声入出力装置として利用されるのだが、「スピーカーのテスト」ボタンを押してテスト音を流しているときコーデックを確認すると、「SCO」と表示される。AACに変更することはできないのだ。

というのも、通常BluetoothイヤホンはHi-Fi再生用プロファイル(A2DP)とヘッドセット用プロファイル(HFP)を同時に使用できない。A2DPは音声出力のみで入力に対応しないため、着信などで音声入力を使う必要が生じると、音声出力を含めHFPへと強制的に切り替えられてしまうのだ。つまり、ビデオ会議にAirPodsを使おうとすると、HFPを使わざるをえない。

  • 音声入出力両方にAirPodsを指定すると、プロファイルはHFPに切り替えられる

しばらく悩んでいたところ、思わぬ抜け穴を発見。Zoomのように音声入出力を分けて設定できるアプリが前提となるが、音声入力にAirPods以外のデバイス(たとえばMac内蔵マイク)を指定すれば、音声出力はA2DPのままなことがわかった。前述したZoomのテスト音も鮮明なまま、コーデックを確認すると「AAC」と表示されている。

効果は明らか。SCOのときは、相手の声がボイスチェンジャーで加工されたような印象を受けるときがあるが、AACではそれがない。声の消え際に聴こえる圧縮に起因するノイズも、AACでは感じない。相手が使うマイク次第、音源の質次第の部分はあるが、SCOと聴き比べたときの音質差は誰でも即座に気付くレベルだ。

こちらの声を相手に届けるという点でも、Mac内蔵マイクのほうが有利。HFPの場合、マイクの音は16kHzまたは8kHzというサンプリング周波数で送信されるが、Mac内蔵マイクは48kHz(初期値)。無指向性のため自分の声だけでなく周囲の雑音まで拾いがちで、どのみちビデオ会議サービス側で圧縮処理されるものの、筆者周辺のテレビ会議参加者に確認したかぎりでは評判上々だ。

なお、この「相手の声はイヤホン/A2DP、こちらの声はMac内蔵マイク」という戦術(?)は、AirPods以外のBluetoothイヤホンにも使える。片耳で使える完全ワイヤレスイヤホンを所有しているのならば、是非試してほしい。

  • このように設定を変更し、音声出力テストを行うと……

  • コーデック欄には「AAC」が。これでビデオ会議の音質は格段に向上する