世界の道を知り尽した、トヨタが誇るキング・オブ・4WD

約10年ぶりにフルモデルチェンジされたランドクルーザー(以下ランクル)。モデルチェンジのスパンがとても長いと感じる人も多いだろう。だがランクルは世界各地で高い人気を誇るモデルだけに、仕向け地に合わせた開発に時間がかかる。それに人気があるから早いタイミングでモデルチェンジする必要もないわけだ。特にランクルがプレミアムブランドとして認知されているのは北米(レクサスLX450)や中東、アジア。これらの地域では、日本人がランクルを見る目とはまったく違う。中東市場は販売が拡大しているし、ロシアでも認知度が高まっているのだ。

真のグローバルカーはランドクルーザーだ。世界の道を知り尽したといえるほど入念に開発テストが行われている。厳寒の地での走行はもちろん、焼けるような熱さの砂漠でも走れることが要求される

先代のイメージを色濃く残したエクステリアデザイン。ボディは世界各地からの要求を受けて全幅は2m近い1970mmにまで成長した。日本では少し大きく感じるが、北米ではこれでようやく標準的なサイズになったわけだ

こうしたクルマの場合は、フロントまわりが立派に見えることも必要不可欠な条件。グリルやボンネットフードは大きいが、万が一歩行者と衝突したときには、頭部の傷害を軽減するボディ構造になっている。また、先代はフロントバンパービームの位置が高いため他車との衝突時に乗り上げる可能性があったが、コンパティビリティ性能を高めるため位置を適正化している。これでようやく200系ランクルから衝突安全ボディの"新GOA"に対応することができた

AX"Gセレクション"にはプリクラッシュセーフティシステム標準装備。もちろん車間を一定に保って走るレーダークルーズコントロール機能も付く。このエンブレムの裏にミリ波レーダーが納まっている。下の丸いものはワイドビューフロントモニター用のカメラ。フロント左右方向と死角となるフロントバンパー前の状況を撮影してモニターに映し出す

ワイドビューフロントモニターとセットでサイドモニターが装備されるが、この無骨なアンダーミラーも付いてしまう。歩行者保護を考えると、可倒式であってもこのミラーは逆に危険だ

インパネルは先代のイメージを踏襲しているが、モニターの下のコンソール両側にメタル調の加飾を施して質感をアップ。全体に力強いデザインで、プレミアムクラスのクルマとしてふさわしいデザインに仕上がっている

例えばモンゴル。大相撲の横綱として何かと話題を振り撒いている朝青龍が、母国に帰国したときに地元での移動に使っていたのがランクル。治療で一時帰国したときは空港からド派手なハマーで走り去ったが、地元では仕様違いの2台のランクルに乗っていた。モンゴルでもランクルを持つことがステータスでもあるし、移動の途中で故障したり走破できなくなったら命取りになるような地域で絶大な信頼を得ているクルマでもある。厳寒地や灼熱の砂漠地帯、テロや誘拐が頻発する地域でクルマが走行できなくなってしまうというのは非常に危険なのだ。どんなときでもどんな路面状況でも走り抜く、タフな性能が求められている。ランクルは北米や日本で流行りのSUVにカテゴライズされるが、それらとは次元が違う走破性と信頼性が求められているわけだ。それだけに開発も他のモデルより圧倒的に期間がかかる。実際、新型ランクルは世界のあらゆる地域でテストされているのだ。真のグローバルモデルとして世界各地の環境に合わせ、高い走破性を目指したのが新型ランクル。それだけに開発キーワードも大胆だ。「キング・オブ・4WD オール・オーバー・ザ・ワールド」。これを聞いただけで、開発陣の力の入れようがわかる。

オートバイのメーターのような2眼式メーターには、とても視認性が高いオプティトロンメーターを採用。この間には平均燃費や航続可能距離、半ドアなどの危険を知らせるマルチインフォメーションディスプレイを配置

オプションの大容量(30GB)HDDナビゲーションシステムにはセットでフロントモニター+サイドモニターが装備される。この画面を見てわかるようにフロントはぼ180度、左右方向が見える。狭いT字路から出るときにはこの画面を確認すれば、左右からの来るクルマや自転車、歩行者の有無がわかる。ナビはBlue tooth対応ハンズフリー通話で、モニターは・高精細の8型ワイドディスプレイを採用

上の丸いスイッチは標準装備のスマートエントリー&スタートシステムのエンジンスタートスイッチ。キーを身に付けているだけで、キーを取り出すことなく、ドアの施錠や解錠、ワンプッシュでのエンジンスタートができる。また、標準のキーだけではなく、オプションの腕時計やハート型キーホルダーを身に付けていれば同様の機能が使える。下側の丸いデザインのノブは悪路や氷雪路、砂地、泥地など、大きな駆動力を必要とする場合に切り替えるトランスファー切替スイッチ。トルセンLSD付きトランスファーは通常時、前40:後60にトルク配分し、コーナリング時などにはリヤ寄りに駆動力を配分

センターコンソールに付けられた、世界初のクロールコントロールの操作スイッチ。エンジンとブレーキを自動制御して走ってくれる。悪路でもドライバーはステアリング操作に専念できる。ダイヤルスイッチで3段階のスピードコントロールを選択可能

シャシーは伝統のラダーフレームを踏襲

新型ランクルの型式は、先代の100系から正常進化して200系と呼ばれる。新型の基本部分であるシャシーを見るとランクルが手堅く開発されたことがよくわかる。世界のプレミアム4WDの多くは、ボディの軽量化が比較的容易なモノコック構造を採用する例が多くなっているのだ。だがランクルは先代と同じラダーフレームを踏襲。わざわざ古臭いラダーフレームを使う理由の1つは、トレーラーなどをトーイングするヘビーな使用状況での耐久性が高い点だ。さらに岩場でサスペンションやボディ下部をヒットしても、ラダーフレームはサスペンションの取り付け剛性が高いため、走行不能などの致命的な状況に陥りにくい。現時点ではモノコックよりもラダーフレームのほうが、ランクルには最適と開発陣は判断したわけだ。

フロントの大型センターアームレストの下には、オプション(6万8,250円)でクールボックスを装備することができる。クールボックスを装着した場合は、標準装備の2段式コンソールボックスはなくなってしまう

オプションのHDDナビゲーションシステム(53万1,300円)は、緊急通報システム"ヘルプネット"に対応している。事故などでドライバーが意識を失ってしまっても、エアバッグが作動すればヘルプセンターに自動的に通報される連動タイプ。オペレーターがドライバーに呼びかけても返事がない場合は、所轄の警察や消防に救急車などの出動を要請してくれる。クルマの位置はGPSで確認できる。また、運転中に急に気分が悪くなって自由に動けなくなっても、写真上側に見える赤いボタンを押せばヘルプセンターにつながる

前後左右独立温度コントロール式のフルオートエアコン。厳寒地や暑い地域でも快適なキャビンを提供するために冷暖房性能を強化している。フロント側には顔まわりの花粉を素早く減少させることができる、花粉除去モードを採用

先代に比べフロントピラーを前側に出したため室内長を175mm拡大できた。最上級のAX"Gセレクション"のシート表皮は本革で電動8ウェイ、無段階温度調整式のヒーター付き。 またフロントシートには追突事故のむち打ち症を防止するアクティブヘッドレストを標準装備。上下アジャスターと電動ランバーサポートは運転席はのみ装備

ラダーフレームはさらに強化され、ねじり剛性で約1.4倍、曲げ剛性で約1.2倍にもなっている。日本ではあまり知られていない使い方だが、大型のキャンピングトレーラーやボートを載せたトレーラーをトーイング(けん引)してもボディへのダメージは少ない。これはおもに北米地域のニーズで、あちらではとても重量のあるものでも平気でトーイングしてしまう。特に富裕層の使い方ではボートトレーラーをトーイングして、別荘がある湖畔に行くというのはそう珍しいことではない。そのため新型ランクルの北米仕様は、トレーラーなどをトーイングする装置であるヒッチメンバーを標準装備。北米で売られるライバル車のほとんどがヒッチメンバー付きだから、これでようやく装備面でも肩を並べられたわけだ。それにラダフレームのリヤエンドにヒッチメンバーを取り付けるため、さらにリヤセクションの剛性がアップしているという。もちろんトレーラー用の灯火類のワイヤーハーネスも標準装備だ。しかし残念ながら日本仕様にヒッチメンバーの設定はない。日本でもキャンピングトレーラーやボートトレーラーをトーイングする人がいるわけだから、オプションでいいから設定してもらいたいものだ。

セカンドシートは前後105mmのシートスライド機構とリクライニング付きで、なんと本革仕様のAX"Gセレクション"はセカンドシートの左右席にもシートヒーターを装備

左側からは簡単な操作でセカンドシートを跳ね上げ、サードシートにエントリーできる。ボディが大きいランクルだが、サードシートのスペースはさすがにされほど大きくはない。特に足下が狭く、足を抱えて座るようなポジションのため、慎重が高い大人はつらい

サードシートは簡単な操作で跳ね上げられるスペースアップシート

サードシートはすっきりと両側に収まり、ラゲッジスペースは十分

セカンドシートまでたためばかなり広いスペースを確保できる。フロアはフルフラットで荷物の積載性もいい

ランクル伝統の上下2分割のリヤドア。下側を開ければ、ゲートをイス代わりに使うことができる

ランクルにとってこのような道は、普通の道と変わりなく走ることができ、乗り心地もいい。石跳ねにも配慮しているようで、ホイールハウス内に当たる石の音もよく抑えられている

クロールコントロールによる走破性の高さはトップクラス

ダークレッドマイカのボディカラーは緑の中で栄える

サスペンションは一新され、フロントはコイルスプリング、リヤはコントロールアームを変更。フロントサスをコイルに変更したのは操縦性と乗り心地アップのためだ。ランクルならではの走破性を犠牲にすることなく、操安性や乗り心地を高めているのが特徴。そのなかでも注目したいのはKDSS(キネティック・ダイナミック・サスペンション・システム)と呼ばれるスタビライザー(以下スタビ)システム。前後のスタビを油圧でコントロールすることでオン・オフロードの最適な姿勢制御とサスの動きを実現するというもの。通常スタビの機能はカーブでクルマが傾くのを抑える働きをする。ところがガレキの山のような起伏が激しいところでは、スタビを装備しているとサスが伸びにくく、タイヤが浮いてしまい駆動力を伝えられないことがある。そのためライバルの一部には、オフロードでスタビを一時的に使えなくする機能がある。これをランクルは自動でコントロール。KDSSは前後のスタビライザーを油圧システムで結ぶことで、対角線上のサスの動きをコントロールするわけだ。実際に激しい起伏の路面でも大きなホイールストロークが確保できているため、タイヤが路面から離れてしまうということがない。

エンジンはV8・4.7Lの2UZ-FE型ガソリン。新たに吸気VVT-iを採用して288馬力(旧型比プラス53馬力)、平成22年度燃費基準と平成17年基準排出ガス50%低減レベルを達成。非常にスムーズな吹け上がりが印象的で高回転域でも極めて静かだ。輸入車を含めたプレミアムSUVの中でもトップの静粛性を誇る

最近のエンジンにしては珍しくカムシャフトの駆動にコクドベルトを使っているため、10万kmの走行で交換が必要だ

ヒューズボックスはエンジンルーム内の整備性がいい場所に付けられている

衝突時を考えたためかECUはバルクヘッド内に納められている

じつは最初に試乗したときにはオンロードでのロール剛性を含む操安性の高さと、オフロードでのタイヤの接地性のよさで、この油圧システムはコンピューターでコントロールされていると思っていた。それほど自然な走行感覚なのだ。もちろん油圧は電子制御ではなく、あくまでメカニカルで動く。似たものにはトヨタ・ハイラックスサーフが採用するX-REAS(エックス-リアス)がある。これはショックアブソーバーを対角線で連結したものだが、ランクルはスタビで同様のことを行っているわけだ。ランクルはオンロードでの操安性とオフロードの走破性という、相反する2つの性能を高い次元で両立させている。

30度のアプローチアングルを持つためフロントを擦ることはほとんどない

写真ではあまりわからないが、クルマに乗っているとかなり傾いていて不安になるが、実際はまだまだ余裕。静止時の最大安定傾斜角は44度

リヤタイヤをよく見てほしい。まるでホイールハウスにタイヤがめり込んでしまったように見えるほどサスがストロークしている

人が歩いて上れないほどの急な坂だが軽々と上りきってしまう。登坂能力は45度だからまだまだ余裕なのだ

さらに走破性を高める新メカが"クロールコントロール"。このシステムはあらゆる路面状況で誰もが簡単に走破できてしまうことがすばらしい。例えば砂地やダート、大きなガレキがある場所、雪道や泥濘(でいねい)路、急勾配の坂道。これらの道ではたとえ4WDであってもドライバーの経験値と運転技術がなければ走ることが難しい。特に大きなガレキがある路面や泥濘路、急勾配の坂道はクルマの走破能力が優れていても、それを引き出すアクセルコントロールやブレーキ操作ができなければ走ることさえ不可能だ。

このようなガレ場でも簡単に走破してしまう

このようなオフロードコースを走ると、このようにサイドステップはボロボロになってしまう。もちろん下回りもヒットするから愛車では走行したくないが、いざというときには他車では行けない所でも走破できる実力がある

まるで谷底に落ちるような坂だがクロールコントロールを使えば、エンジンとブレーキを自動制御してくれるためステアリング操作に意識を集中すれば安全に下りることができる

このようにオンロードでの走行を重視した標準装着のタイヤのままでも、かなりのラフロードを走ることができる。ラフロード専用タイヤを装着すればさらに走破性能が向上する

ところがクロールコントロールは、4WDのローギヤであるL4モードのときにセンターコンソールのスイッチを押すとエンジンとブレーキを自動制御してくれる。このときアクセルやブレーキを操作する必要はほとんどない。クロールコントロール中でも軽いブレーキ操作はできるが、強いブレーキをかけるとシステムはキャンセルされドライバーの操作が優先される。走行速度は3段階に設定でき、ハイを選ぶと10km/hほどを保ち、ローなら歩く程度を保って走行する。

トヨタの開発スタッフが乗ってきていた北米市場で売られているトヨタ・セコイア。ランクルよりもひと回り大きいSUVだが車格やクオリティは圧倒的にランクルの勝ちだ

セコイアのリヤバンパー奥に見えるのがヒッチメンバー。トヨタのロゴが書かれた四角いフタがヒッチレシーバーで、その左横が灯火類のコネクター。北米仕様のランクルにはこれと同様のものが標準装備される。ぜひ日本仕様にもオプションでいいから用意して欲しい

転げ落ちそうな滑りやすい坂道を下りるときにもタイヤのロックを最小限に抑え、安定して走ることができる。この辺の制御は熟練ドライバーでも真似できない領域だ。ドライバーはアクセルやブレーキ操作から解放されステアリング操作に集中できるため、走破性や安全性が高まるというわけだ。しかし、このシステムも使うには多少の慣れが必要。システムが作動すると走行しながら自動的にブレーキをかけるので、ブレーキから"ギー、ギー"という結構大きな音が聞こえる。この辺の設定はエンジニアも音を消すか迷ったというが、走行が難しい路面でシステムが作動していることをドライバーに知らせるために残したという。この音にビックリしてブレーキを強く踏むとキャンセルされてしまう。もっとも危険なのは急な下り坂。システムが作動していれば簡単に下れる坂でも、ドライバーがあまりの急坂にビックリして強いブレーキをかけるとキャンセルされてしまう。当然そんなドライバーはクルマをコントロールできる技術がないからクラッシュしてしまうことになりかねない。ある程度慣れてから使うことが必要だが、実際にこうした場所を走る機会はまずないだろう。だが災害で道路などがなくなってしまっても、このランクルがあればかなりの悪路でも走って逃げることができるという安心感がある。そうした非日常的な状況にも対応できるポテンシャルを秘めているというところが、ランクルの最大の魅力だ。

KDSS(キネティック・ダイナミック・サスペンション・システム)のおかげで激しい起伏がある場所でも、タイヤがよく上下に動いて路面から離れない。例え1輪が接地しなくてもアクティブトラクションコントロールによって、空転するタイヤを瞬時に止めるため駆動力が途切れることはない。連続写真のタイヤの動きをよく見てほしい。まるでタイヤが取れてしまいそうにくらいストロークしている

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員