2021年10月に発売となったバルミューダのコーヒーメーカー「BALMUDA The Brew」。圧倒的なデザイン性の高さとオリジナリティで、バルミューダのファンのみならず、コーヒー愛好家やその道のプロからも高評価を得て、予約段階から入荷待ちの状態が続く。
そんな新製品の誕生秘話に、プロダクトデザインの視点から注目。製品化までの道のりを、開発の中心メンバーに語ってもらった。
「三度目の正直」で完成したBALMUDA The Brew
発表時、BALMUDA The Brewが生まれるまでには2回の挫折を経て、6年間の時間を要したことが明かされた。製品の制御部分をおもに担当した、バルミューダ 商品設計部 ソフトウェア設計チームの太田剛平氏は、次のように振り返った。
「2015年ごろから、社内では陰ながらずっと(BALMUDA The Brewの)プロジェクトが進んでいました。ただ、計画から量産に向けた段階で、収益性や商品としての価値が出せているかという点でバランスが成り立たず、量産化には至りませんでした。細かい部分まで言うと、実際には3回ぐらい紆余曲折があったと思います」(太田氏)
プロジェクトリーダーを務めた、商品設計部プロジェクトマネージメントチームの岡山篤氏は、「6年前にプロジェクトを開始して、およそ1年間はスチームプレスと呼ばれる蒸気で押し出す圧力方式のコーヒーメーカーの開発を進めていました。ところが安全面で中止になり、その後半年ほど休止した後に、カプセル式のコーヒーメーカーを検討し始めました。スチームプレスを使って、エスプレッソメーカー的に抽出できないかと試行錯誤を重ねたのですが、今度は納得のいく味に至らず、取り止めになりました」と語る。
“三度目の正直”となる「BALMUDA The Brew」につながるプロジェクトが再スタートしたのは、今から2年半ほど前(2019年2~3月ごろ)。この段階で、太田氏が本格的にプロジェクトに加わった。
実はバルミューダに入社する前から「コーヒーメーカーを作りたい」という思いがあった太田氏。社内でコーヒーメーカーの計画が進められていたことを知り、「やらせてほしい」と寺尾社長に直談判した。
当時、バルミューダとしてはコーヒーメーカーの製品化を半ばあきらめかけていた段階だったが、熱意に押された寺尾社長は、「(太田氏が)自分でやるなら」と条件を出したうえで承諾。当時メインで担当していた空気清浄機の開発のかたわら、独自に抽出方法の実験や検証、試作を行った。
その結果、たどり着いたのが「バイパス注湯」。BALMUDA The Brewの鍵となる技術だった。
「ドリップの研究、検証を重ねていく過程で、最後の2割は雑味しか出ていないことがわかりました。バイパス注湯は、濃いめのコーヒーを抽出し、後からお湯を継ぎ足して濃度を調節する方法です。業務用のコーヒーメーカーの世界ではよく知られた手法なのですが、これを採り入れたマシンを作ろうということで、方向性が定まりました」
BALMUDA The Brewでは、円すい型のドリッパーを採用した。ハンドドリップの世界でも、コーヒーの雑味を出さないために、ドリッパーは円すい型が最適とされているが、太田氏はその理由と意義を次のように説明する。
「台形型のものに比べると、円すい型のドリッパーは、お湯がすばやく通過します。それゆえに、ハンドドリップの世界でも高度なテクニックが求められます。それをコーヒーメーカーで再現するにあたって、いかにお湯の注入を緻密にコントロールするかが肝心なので、ソフトウェアが重要になってきます。BALMUDA The Brewでは、ドリッパーの特性を最大限に活かしながら、味の再現性と最良の味にするためのソフトウェア制御を追求しました」(太田氏)
美味しいコーヒーを淹れるには、お湯を注ぎ入れる量やタイミングに加えて、温度も重要なカギとなる。BALMUDA The Brewでは、ドリップの段階に応じて温度を少しずつ下げたお湯が注がれる。
「給湯には瞬間湯沸かし式を採用しています。ヒーターにエネルギーを溜め込んで予熱の状態にしておいて、そこに注湯のたびに冷たい水が通ることで最適な温度に調整する仕組みです。加熱量をその都度調整することで、だんだんお湯の温度を下げていきます」(太田氏)
注ぎ入れるお湯の温度管理の緻密さには、「ここまでやっているコーヒーメーカーは、おそらく他にはないと思います」と胸を張る。これにはトースターの開発で培われた知見と技術が大いに採り入れられている。
「もともとの水温も関係するので、本当はタンクにも温度計を入れたいところなのですが、それだとコストが上がって、構造も複雑になり、タンクの取り外しができなくなってしまいます。そこで、ソフト制御だけで温度管理をなんとかしようと検討しました。
瞬間湯沸かし式は電圧が重要です。本体の定格消費電力は1450Wなのですが、家庭の配線によっては電圧が変わってしまいます。そこで、 ヒーターの温度変化を0.1秒単位でセンシングして電圧を推定し、電圧の違いに応じて細かな温度制御を行っています」(太田氏)
バイパス注湯口に関しては、「給湯側は共通した仕組みで、分岐させてそれぞれ出口を変えているだけ」(岡山氏)だそう。しかし、割合の調整に苦労したという。
「バイパスによって、お湯で割る量やその割合をどれぐらいにすべきか、味の調整は何度も検証しました。サーバーを温めるために、バイパス注湯口から蒸気が出るのですが、実は上のノズルからお湯を注ぐときも、バイパス湯口側から蒸気が出ています。
お湯が出るときに蒸気が発生するのはどうしても避けられないのですが、上から出すとコーヒーの粉が飛んでしまうので、バイパス側から逃すように設計しています。その上で、最後に継ぎ足すお湯の量を何パターンも検証しました」(岡山氏)
バルミューダでは異例の「技術先行型」開発
バルミューダの製品開発は、クリエイティブチームがまずは「体験」を発案し、それを技術部門で製品に落とし込んでいくのがこれまでのやり方だった。
しかし、今回は技術の方向性がある程度固まったところで、それをクリエイティブチームがデザインに落とし込む、技術ありきとなる異例のプロセスをたどった。
「弊社の場合、体験が優先で、ふだんはクリエイティブチームがこういうのをやりたいとアイディアを持ってきてデザイン先行でラフを出し、それに合わせて技術部門が機能を作っていく流れです。しかし、今回は技術の部門が体験を作って、それをデザインに起こして、それをまた技術が実現していく流れになりました」(岡山氏)
そんな中、今回、技術部門からオーダーしたのはオープンドリップのスタイル。ドリップの様子が外側から見えるオープンな構造は必須の条件だった。
「絶対にオープンドリップだけは守ってほしいと伝えました。オープンな構造だと、お手入れもしやすくなるし、豆が膨らむ様子などの変化が見えることで、(豆の)鮮度が大事なんだなとわかって、コーヒーをもっと楽しめるようになると思っていました。コーヒーの文化が変わるからと強く要望しました」(太田氏)
クリエイティブチームによる最初のデザイン案は、ほぼ現在の最終形に近いものだった。その第一印象について、「最初に見たときは、ワクワクしました」と率直に話した太田氏。これに対し、岡山氏とマーケティング部 プロダクトマーケティングチームの佐藤史織氏は次のように語った。
「私も純粋にカッコイイと思いました。それと同時に意識したのは安全性ですね。私は量産化の段階で加わったのですが、会社の方針として安全性を高めていこうという時期で、社内の設計基準にどう適合していくかを考えました。一人のユーザーとして使ったときに危険がないよう、デザイン案のサイズ感やプロポーション、部品の構成、道具感のあるイメージを大切に、使いやすさとも両立させながら、どう落とし込んでいくかに時間を要しました」(岡山氏)。
「デザイン案は今のものよりもひと回りほど小さかったのですが、私もひと目見て『カッコイイ!』と思いました。技術部門では、デザインをいかに崩さず機能を収めていくか非常に苦労して時間をかけている様子でしたが、価格を考えなければならないマーケティング担当としては、高くなりそうだなと懸念がありました。高くても納得できるユーザー体験と質感が大事だなと思いました」(佐藤氏)
バルミューダとしては異例の、技術先行型の開発プロセスをたどった「BALMUDA The Brew」プロジェクト。技術と両立させながらも、しっかりと「体験」をデザインに採り入れ、具現化しているのは、さすがのバルミューダ流である。