11月5日に尖閣諸島事件のビデオがYouTubeにアップロードされた顛末は、多くの方がご存知だろう。マスコミでは、この保安官を起訴すべきかどうか、どういう罰を与えるべきなのかばかり議論しているので、別の角度の指摘をしておきたい。

この記事を読んでいる方は、当然YouTubeで問題のビデオを見たことだろう。しかし、ほとんどの人は、Sengoku38氏がアップロードしたビデオを見た訳ではない。Sengoku38氏は11月5日の午前0時前後にアップロードを行ったが、7時半頃には削除をしてしまい、アカウントも削除した。では、どうして問題のビデオを私たちが見れたかというと、このビデオの価値に気がついた利用者がダウンロードをし(一応、建前上はYouTubeは映像のダウンロードはできないことになっている)、再アップロード、つまり転載をしたわけだ。つまり、インターネットでは、一度流出をしたら、それがみんなが見たい内容であれば、あっという間に転載がおこなわれ、もう抹消することができなくなってしまう。仮に政府が、次から次へと削除依頼したとしても、YouTubeへの転載は次から次へと行われ、さらには他の動画共有サイトなどにも転載されていくことだろう。

NHKはさすがに、YouTubeのページ上で問題のビデオが再生されている様子をニュースで報道していたが、民放の多くは、自局が入手したソースのような体で放映していた(もちろん、「YouTubeより」というクレジットは入れていたが)。もうこうなると、テレビを録画した人も動画共有サイトにアップロードすることも考えられ、収拾がつかなくなる。

話は変わって、韓国には「韓国版YouTube」と呼ばれる動画共有サイト「Pandra TV」がある。このPandra TVは、アップロードする動画のサイズに制限が儲けられていないことから、連続ドラマや果ては映画までまるまる見られるというサイトだ。韓国語だけでなく、中国語、日本語にも対応しており、具体的な番組名を書くのは避けるが、日本の有名ドラマ、映画も、まるまる無料で見ることができる。しかも、CMまでカットされていることが多いので、テレビを見るより、Pandra TVの方が便利だったりする。

このPandra TVがiPhoneアプリを発表したので、使ってみたら、驚いた。画質はさほどよくないはずなのに、感覚的にワンセグ放送よりも美しく感じるぐらいで、じゅうぶん楽しめるのだ。見逃したドラマも1話から最終話までそろっているし、日本映画もだいたいそろっている。一度使い始めてしまうと、「これがオンデマンド放送の便利さなのか」と手放せなくなる。欠点といえば、韓国語の字幕が必ず入ってしまうことぐらいだ。

しかし、もちろん、著作権的には大いに問題があるだろう。以前、Pandra TVは、日本版を別に立ちあげたが、さっそくジャスラックから損害賠償訴訟を起こされ敗訴した。そのため、日本版Pandra TVは事実上の運営停止となった。韓国の本家Pandra TVにはアクセスできるが、国外からは視聴制限がかけられていて、ほとんどのコンテンツを見ることができなかった(さらに、回線やサーバーが貧弱で、まともに見れなかったのだ)。ところが、いつの間にか、この海外の視聴制限がなくなって、回線も増強されたようにしか思えなくなっていて、バンバン楽しめるようになっていた。当然ながら、日本のテレビ局や著作権者は、今後、削除要請や訴訟を起こしていくことにならざるをえないだろう。

しかし、いくら削除要請をしたとしても、みんなが見たいものはだれかが転載をする。Pandra TVが使えなくなれば、別の動画共有サイトが立ち上る。尖閣ビデオと同じように、漏れちゃうものはどうやっても漏れちゃうのだ。

Pandra TVは、すでにアングラ共有サイトではなくなっている。韓国政府の公式発表中継などもPandra TVで流されることが多くなったし、韓国の各テレビ局は今年中にPandra TVへのコンテンツ提供を準備している。

そもそも、韓国や中国のテレビ局のほとんどは、インターネットでのサイマル放送を行っているし、iPhoneやAndroidのアプリ、携帯サイトを用意し、携帯電話からもいつでも見られるようにしているのが普通だ。このようなサイマル放送、オンデマンド放送でも、CMが放送され、コンテンツに適した広告も画面脇に表示できることから、「広告枠が拡大をする」「放送を見てもらう機会が増える」という積極的な発想をしている。

中国や韓国の放送とネットのあり方を見て、「著作権意識が低い」と笑うことは簡単だ。しかし、テレビ局はそれでビジネスチャンスが広がり、視聴者は自由に放送が楽しめ、スポンサー企業にとっては消費者とCMと接触してもらう機会が増えるのだから、三方大満足な状態となっている。Pandra TVで見逃したドラマや知らなかったドラマ、まだDVDになっていない映画を見ていると、他人の著作権を侵害しているという罪悪感も感じるが、それ以上に、コンテンツを自由自在に楽しめる楽しさに気がつく。

コンテンツを抱えこむことで収益をあげようとするビジネスモデルは、どんどん苦しくなっている。一方で、外に向かって開くことで収益をあげようとするビジネスモデルは、まだじゅうぶんとは言えないが、収益の軌道に乗ろうとしている。

日本の放送界でもラジオはラジコで外に向かって開き始めている。開いていく努力をしないと、気がついたら、日本人は海外の動画共有サイトで日本のコンテンツを見るのが普通ということになりかねない。

Pandra TVのiPhoneアプリ。Pandra TVは、韓国の動画共有サイトだが、ファイル容量が無制限であることから、ドラマや映画もまるまる1本アップロードできる。著作権的に大いに問題があると思うが、日本のドラマなども数多く共有されている

韓国のテレビ局MBSのサイト。韓国や中国のほとんどのテレビ局、ラジオ局のサイトにはOn Airというボタンが用意され、クリックすると、現在放送されているそのままを見ることができる。ドラマや特集番組などは、オンデマンドで視聴することもできる。ユーザー登録が必要な場合もあるが、もちろん無料が基本だ

中国の中央電視台のiPhoneアプリ。「直播」というのがサイマル放送へのボタンで、iPhoneでリアルタイムでテレビ放送を見ることができる。Android用アプリ、携帯電話用サイトも用意され、ワンセグ放送などという大掛かりなしかけはそもそも不要なのだ。これは中央電視台だけではなく、韓国や中国のテレビ局ではごく普通のこと

地上波ラジオのインターネットサイマル配信を行っていたIPサイマルラジオ協議会は、12月1日より株式会社radikoとなり、試験放送から本格運用となる。聴取可能地域も増える。建前はあくまでも「都市部などの聴取環境の改善」だが、ラジオの新しいビジネスモデルを模索していることは間違いない。スポンサー企業との折衝、地元ラジオ局との調整、政府関係機関との交渉など、大人の事情による障壁が山ほどあったはずだが、本格運用にこぎつけることができた。内向きな話題ばかりの日本のコンテンツ業界で、唯一といっていい希望を感じる話題だ