以前、石田純一がヘリコプターに女性を乗せて、東京の夜景を見下ろしながら愛の告白をすると効果的だと言っていた。

ええ、そうかあ――? 僕は折れるほど首を傾げる。

そういうのをロマンチックだと思うのは、男の勝手な妄想だ。こんなことをしている俺ってかっこいいな、と自己陶酔しているだけだろう。きっと告白された女性よりも、石田純一本人が一番喜んでいるはず。ロマンチストと呼ばれる男は、えてして自分が喜ぶためだけに妄想を具現化しているふしがあるのだ。

二十代前半の頃、僕も似たような経験がある。

当時付き合っていた彼女が女子大の卒業を控え、僕にこんなことを言ってきた。

「卒業式の日って仕事? 休みだったら迎えに来て欲しいなあ」

卒業式は女子大生にとって晴れ着を披露できる一大イベントである。特に女子大の場合、卒業式が終わった頃に彼氏に迎えに来てもらい、晴れ着姿で彼氏と腕を組んでキャンパスを後にするということが、いわゆる世間並みのステータスらしい。彼女のクラスメイトもみんな、卒業式は彼氏同伴の予定を組んでおり、自分だけ独りぼっちの寂しい女になるわけにはいかないと、焦っているわけだ。

しかし、その頃の僕の仕事は今の三倍ぐらい多忙だった。テレビ番組の構成作家(現在は廃業)もしており、担当番組の台本やらナレーションやらを怒涛のように書き殴らなければならない時期に、ちょうど彼女の卒業式が重なっていたのである。

普通に考えて、卒業式なんて無理に決まっている。下手したら、その頃はテレビ局か制作会社に缶詰だ。彼女には悪いが、仕事なんだから納得してもらわないと。

「ごめん。たぶん、無理やわ。仕事で忙しいもん」

はっきりそう告げると、彼女は途端に不機嫌になった。仕事だったらなんでも許されると思って。そう顔に書いてあった。

かくして、その日から僕の妙な妄想はスタートした。

もし、今から死に物狂いですべての原稿を終わらせて、サプライズで卒業式に僕があらわれたら、彼女は感動するんじゃないか。そのためには今日から数日間、徹夜続きの忙しさになるのは間違いないが、ボロボロに疲弊しきった体で、彼女の卒業式に駆けつけるって、ちょっとロマンチックかもしれない。わたしのためにそこまで頑張ってくれたのね――。涙を浮かべて喜ぶ彼女の姿が容易に想像できるのだ。

というわけで、卒業式当日。計画通り、午前中で僕は仕事を終わらせた。やはり数日間まともに眠ることはできなかった。テレビ局や制作会社で徹夜を続けた結果、なんとかギリギリ卒業式に間に合ったのだ。

ダッシュで彼女の大学に向かった。無精髭が濃くなっているが、ここは剃らないほうが悲壮感を演出できるだろう。服装もスーツに着替えるようなことはせず、普段着のまま駆けつけたほうが、リアリティがでるはずだ。ここで大切なのは、見た目のお洒落さではなく、「彼女のために頑張った」という泥臭い愛情表現にあるのだ。

そして大学に到着し、卒業式を終えた晴れ着姿の彼女とサプライズで体面した。

「来てくれたの!?」当然、彼女は驚いたような顔を見せた。

僕は息をわざと激しくしながら、「はあ、はあ……。なんとか間に合ったよ」と笑顔を見せた。もちろん、笑顔の中にも疲れきった表情を随所にちらつかせる。そうすることで、彼女の感動をより誘おうと計算したわけだ。

しかし、現実は厳しかった。僕が彼女に歩み寄ると、彼女はこう言ったのだ。

「くさっ! なに、この臭い!?」

いや、ここ数日、忙しくて風呂に入っていなかったから……。

「なに、そのかっこう!? せめてスーツぐらい着てきなさいよ!」

あの、急いでたからつい……。ごめんなさい。

「髭も汚いし、そんなんだったら来なくていいのに。恥ずかしいじゃん」

僕のロマンチック大作戦はまったくの期待はずれに終わった。喜んだのは、これを実践することで悦に浸っていた僕だけである。

ロマンチックな恋愛とは、他者の協力があってこそ初めて成り立つ。映画『プリティ・ウーマン』でリチャード・ギアがオープンカーでジュリア・ロバーツのマンションに迎えにいき、梯子でジュリア・ロバーツの部屋まで昇るシーンがあったが、あれがロマンチックなのは他者の理解があったからだ。

普通だったら通報されるって。

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