ホンダが電気自動車(EV)についての具体的な戦略を発表した。2030年までに全世界で30車種の新車を投入し、生産台数を200万台超に引き上げるという意欲的な計画だ。ここへきてクルマの電動化で“攻めの姿勢”を鮮明にしたホンダ。その戦略を詳しく見ていきたい。

  • ホンダのEV戦略会見

    ホンダは4月12日、東京・青山の本社で「ホンダ四輪電動ビジネス説明会」と題して会見を実施。三部敏宏社長がEV戦略を発表した(写真は左からホンダの青山真二執行役専務、三部社長、竹内弘平代表執行役副社長)

脱エンジン宣言から1年

ホンダが“脱エンジン”宣言を行ったのは1年前の2021年4月1日のこと。就任したての三部新社長が、カーボンニュートラルの実現に向け2040年までに純エンジン車の新車販売をやめると発表して話題を呼んだ。今回は、この方針に沿ったEV戦略の具体策を明らかにした。

具体的には2030年までに世界で30車種の新車を展開し、EVの世界生産を200万台超に引き上げる。このために2030年度までの10年間で約8兆円の研究開発費を拠出し、5兆円をEVやソフト領域に投じる。日本国内では2024年に発売する100万円台の軽商用EVを皮切りに、ラインアップを拡充していく計画。米GMやソニーグループとの提携もテコに、EV事業を拡大していく意向だ。

  • ホンダのEV戦略

    2030年までにグローバルで30車種のEVを投入するとホンダ

三部社長はEVシフトの加速について「着実に目標達成に向かう」としながらも、2030年までの向こう10年間足らずを勝負どころと捉えて、電動化戦略の投資拡大、全固体電池の実証ライン建設、ソニーとのEV事業提携、GMとのEV協業拡大と一気に動いてきた。

今回の会見に三部社長と並んで出席したのが、竹内弘平代表執行役副社長と青山真二執行役専務だ。ともに4月1日付けで昇格した役員で、竹内副社長はホンダの“金庫番”の役割り。青山専務はホンダが4月に新設した「事業開発本部」の本部長を務め、今後の方向性に強い影響力を持つ。まさに、三部体制を支える新陣容だったのだ。

会見では三部社長が概括を述べた後、青山専務が四輪電動事業の取組み(バッテリー調達戦略、EVの商品展開と生産体制)とソフトウェア・コネクテッド領域の強化について説明し、竹内副社長が財務戦略についてのプレゼンを行った。

投資額はトヨタと同等の規模に

それにしても、ホンダのEV戦略には三部ホンダの“攻めの姿勢”が明確に現われている。2021年11月に日産自動車が発表した「長期ビジョン」内のEV戦略や、同年12月に明らかとなったトヨタ自動車のEV戦略などと比較しても、ホンダは強気だ。2030年に向けた8兆円の投資はトヨタと同等(日産は2026年度までの5年間で2兆円を投資)であり、EV30車種の投入計画はトヨタの20車種を上回る(日産は2030年に新車の5割を電動化)。世界EV生産の200万台超はトヨタの350万台にこそ及ばないものの、トータルの生産規模からするとかなり野心的なものといえよう。

  • ホンダの資源投入計画

    ホンダの資源投入計画

GMとの協業拡大はEVの量産効果につながる。両社が共同開発する300万円台の量販EVへの期待は大きい。2022年3月に公表したソニーとの提携については「ホンダのEVラインアップとは一線を画す」(三部社長)とするものの、「モビリティの付加価値拡大に大いに期待している」とし、EVの新たな方向性を打ち出す可能性を示唆している。

  • ソニーの試作EV「VISION-S 02」

    ソニーの試作EV「VISION-S 02」

ただ、三部体制による“攻めのホンダ”にも懸念材料はある。それというのも、ホンダはここ数年、主力の四輪事業の収益力低下に悩んできた事実がある。かつての世界生産拡大路線から生産過剰・車種過剰に陥り、さらには品質問題への対応に追われた状況もあった。今回の会見で三部社長は、近年のホンダが「既存事業の盤石化」と「新たな成長の仕込み」に取り組んできたことを強調した。

八郷隆弘前社長が率いたホンダは、四輪事業の構造改革に追われた。一時は四輪事業の営業利益率が1%そこそこにまで落ち込み、二輪事業の利益でカバーしていたのが実態だ。国内では狭山工場、海外では英国工場やトルコ工場の完成車生産を終了・閉鎖し、F1からは撤退。派生モデルの削減を断行するなど、“縮小均衡”の調整を進めてきた。

この構造改革では一定の成果が出たようで、三部社長は「グローバルモデルの派生数を2018年度比で半分以下まで削減し、四輪生産コストも2018年度比で10%削減する目標の達成にめどがついた。これによって生み出した原資を電動化や新たな成長の仕込みに投資し、加速させていく」としている。

これについて“金庫番”の竹内副社長は、「2021年度はコロナ禍や半導体不足などで厳しい事業環境だったものの、事業体質は改善しており、営業利益8,000億円、営業利益率5.5%を確保できる見通しだ。中長期の目標として掲げる営業利益率7%以上は十分に達成できる」との考えを示した。

しかし、今回の大掛かりなEV投資計画に対しては、「本当に営業利益率7%以上を確保できるのか。電動化への積極投資の資金確保は大丈夫か」との質問も出た。この間のホンダの業績推移を考えれば、こうした懸念にも納得はできる。

ホンダのEV戦略を整理

ホンダのEV戦略を整理すると、まずは電動化の加速に向けた組織変更として、従来は二輪、四輪、パワープロダクツの製品別に別れていた組織を1つに束ねた。新設した「事業開発本部」では青山専務を本部長に据えた。

バッテリー調達戦略は当面の間、リチウムイオン電池を外部パートナーシップの強化により地域ごとに確保する。北米はGMから「アルティウム」バッテリーを調達。同社以外にもバッテリー生産の合弁会社設立を検討中とのことだ。中国ではCATLと連携を強化。日本は軽EV向けにエンビジョンAESCから電池を調達する。

2020年代後半以降は、独自で進める次世代電池の開発を加速。全固体電池については約430億円を投じ、2024年春の立ち上げに向け実証ラインを建設する。2020年代後半に投入予定のモデルで全固体電池を採用したい考えだ。

気になるEVの車種展開について地域ごとに見ていくと、北米ではGMと共同開発の中大型クラスEV2機種(ホンダブランドの新型SUV「プロローグ」とアキュラブランドのSUVタイプ)を2024年に投入。中国では2027年までに10機種のEVを用意する。日本では2024年前半に商用軽EVを100万円台で発売し、その後はパーソナル向けとして軽やSUVのEVを投入していく。

  • 日本におけるホンダのEV投入計画

    日本におけるホンダのEV投入計画

2020年代後半以降はEV普及期と捉え、グローバル視点でベストなEVを展開。EVのハードウェアとソフトウェアの各プラットフォームを組み合わせた「Honda e:アーキテクチャー」を採用した商品を2026年からラインアップしていく。GMとは300万円レベルの量販EVを共同開発し、2027年以降に北米から投入を始める。EV生産体制としては中国の武漢と広州に専用工場、北米でもEV専用の生産ラインを計画中だ。

  • 「Honda e:アーキテクチャー」の構造

    「Honda e:アーキテクチャー」の構造

これらの取り組みにより、ホンダは2030年までに、軽商用からフラッグシップクラスまでを網羅する30車種のEVをグローバルで発売する。年間生産台数は200万台を超える見込み。ホンダのグローバル生産を約500万台とすると、4割程度がEVとなる計算だ。

八郷前体制の調整局面から、三部体制による“攻めの姿勢”へと戦略を明確に変えてきたホンダ。ただ、今回のEV戦略も中国、北米に母国市場の日本を加えた地域戦略にとどまっている。かつてホンダは「北米一本足打法」といわれたが、この間、世界最大の市場となった中国は同社にとっても最大の戦略市場であり、同国での足場づくりを進めてきた。

中国と北米では量と質を追って収益を上げる一方で、母国の日本では軽自動車に重点を置く戦略が続くことになりそうだ。日本市場では、EVでも軽に狙いを定めていることが明確になった。

トヨタが先ごろ実施したEV戦略についての会見では、豊田章男社長が17台ものEVを従えてプレゼンを行い、「EVにも本気」な姿勢を強調した。一方、今回のホンダの会見では、三部社長がヴェールに包まれた2台のEVの前に立ち、「ホンダ不変のスポーツマインドや際立つ個性を体現するような、スペシャルティとフラッグシップの2つのEVを2020年代半ばに投入する」と発表し、注目を集めた。EV時代のホンダらしさとは何かを示す特別なクルマの登場にも期待したい。

  • ホンダのEV「フラッグシップ」
  • ホンダのEV「スペシャルティ」
  • 電動化に挑みながらも顧客に「FUN」を届けたいとするホンダ。2020年代半ばを目標に「フラッグシップ」(写真左)と「スペシャルティ」(写真右)の2台のEVを開発中とのことだ

奇しくも、EV戦略発表と前後して吉野浩行ホンダ元社長の訃報が届いた。吉野氏がホンダの社長を務めた1998年から2003年までの期間は、自動車業界で世界的な大再編が進んだ激動の時代だったが、同氏はいわゆる“合従連衡”とは一線を画し、ホンダならではの個性にこだわった経営者だった。筆者も現役記者として深くお付き合い願ったが、「ホンダはホンダであり、トヨタ何するものぞの気概がなくては」とホンダの独自性を頑固なまでに貫く人だった。

時代は変わり、大変革の中で生き残りを目指すホンダ。吉野元社長は若手時代、米国の厳しい環境規制「マスキー法」を初めてクリアしたエンジン「CVCC」の開発に携わり、ホンダは低公害技術で世界をリードした。そのホンダの伝統を、電動化戦略でどういかしていくのか。注目したい。