アップルは現在、「新しい何かを始めよう。」と題したキャンペーンを展開している。キャンペーンサイトおよびApple Store実店舗では、アップル製品で制作された作品が展示されている。

そのキャンペーンに、日本の作家がピックアップされた。イラストレーターのNomocoさんだ。ロンドンを拠点として活動していた彼女が、この度、一時帰国。2月14日にはApple Store Omotesandoで、ワークショップも開催された。今回、そのNomocoさんにiPadを使った制作についてお話を伺うことができた。

キャンペーンサイトおよびApple Store実店舗に展示されているNomocoさんの作品

――幼稚園生の頃から絵を描くのが好きで、2000年にロンドンの大学に留学。その後、グループ展へ参加したり個展を開いたりといったところから作家としてのキャリアがスタートしたというNomocoさん。これまではインクやアクリル絵具、紙やシルクスクリーンなどの画材を使って制作にあたっていたとのことで、iPadを利用して作品作りを始めたのはつい最近らしい。今回の作品はどんな着想から生まれてきたのだろう。

Nomoco 東京に来た時、ビルの光やネオンに圧倒され、どこか未来にいるような感じがしました。それを形にしたいなと思って、この作品にとりかかったんです。iPadは本当に「デジタル」という印象で紙とインクで描いているのとは全く違うなと思いました。iPad使って描いたのは、これがほとんど初めてという感じですね。iPadで描いたのは未だ8点とかそれくらいの点数です。

――従来の画材とiPadとの違いはどんなところにあるのだろうか。

Nomoco まず発色ですよね、それとインクと違って乾かす時間がかからないので、頭に浮かんだことをすぐに描いていけるというところです。インクだと塗った時と乾いた時の色が異なるので、大体、こんな感じになるなという予測のもとに描いていくんですが、iPadは見たままの色で仕上がって、絵自体に光を纏っているような印象を受けました。あと、大きな違いはUndoを使ってやり直しができるというところですね。この機能があるおかげで、お試し感覚で描くことができるんです。失敗を恐れずに作業できるというのはもちろんですけど、脳の思考回路が変わるような、そんな感覚で描けるようになりました。

Nomocoさんのインクで紙で描いたという作品。「新しい何かを始めよう。」で紹介された作品とテイストが近く、見比べてみると面白い

――お試し感覚でできるということは、偶然の結果を活かすということもありうるかもしれない。

Nomoco 偶然が作品に発展していくっていうのは、常にそうだなって思います。未だiPadを使うのに習熟していないというのが大きいのですけど(笑)、コントロールがうまく効かなかったりして、シュッと変な線が入ったりするのが、ああ、こっちのほうがいいなってことがありますね。そこの間違ったかなっていう線が、また新しく発展していくかなって。それは水彩やインクで描いている時も同じではあるのですけど。そこは手描きでもiPadでもあまり変わらないです。

――それは、iPadを使うことがインスピレーションを生んだり、アイディアの源泉になるということを意味しているのか?

Nomoco はい、それはあると思います。それとiPadは、機械を使うってことではなく鉛筆を使うとか、指先で描くとか身体感覚が伴って使えるって感じます。発想がそのまま反映されるって言ったらいいのか。それまでデジタル機器は敬遠していて、全部手で作業してて、それが重要だと思っていたんですけど、指先で描いていくうちにデジタルとかアナログだとか関係ないんじゃないかなって発見がありました。10年とか15年とかずーっと、同じメソッドでやってきたので、ここでは新しい手法を取り入れることで開けたところがありますね。

――制作にはどんなアプリを使用しているのか訊いてみると。

Nomoco 『Brushes Redux』という無料のアプリを使っています。基本的にこれだけで描いてます。紹介してもらって使うようになったのですが、とてもシンプルで、真っ白な紙に描くのと同じように作業できるところがとても魅力的でした。

――Nomocoさんは、今まで絵を描いた経験がない人でもiPadを使って創作できると思うし、またそれは、誰にでもできると思うとも話してくれた。インタビューを進めていくうちに、筆者は別にプロでなくてもクリエーションはできるし、インスピレーションを具体化してくれるツールがあればそれが取っ掛かりになるという気になってきた。Nomocoさんの作品が取り上げられている「新しい何かを始めよう。」のサイトでは、他にも数々のアーティストの作品や創作に使える/ヒントになるアプリが多く紹介されている。インタビューに続いて、インスピレーションを高めてくれそうなアプリたちをピックアップしていこう。

インスピレーションを形にして仲間と共有するという過程の中で、まず、どのようにそれを獲得していったらいいのだろうか。ヒントは日々の生活の中にある。撮った写真などはまさにそうだ。例えば、InstagramのユーザーならiPad専用のアプリ『Retro for Instagram』や『Flow for Instagram』を使ってみてはいかがだろう。Retro for Instagramは縦スクロールだけでなく、フレキシブルな表示が可能で、Flow for Instagramでは一度に多くの写真を閲覧できる。ともにインスピレーション刺激してくれるような写真を探しやすくなるアプリだ。

定番のカメラアプリ『VSCO Cam』にも面白い機能がある。アプリ内SNSとも言うべき機能「VSCO Grid」には厳選された画像ギャラリーが用意され、世界中の写真家の公開作品にスポットを当てた「VSCO Journal」では、アイディアの源泉になりそうな写真を探すことができる。

写真共有アプリとして『Pinterest』も使える。検索キーワードを入れると、面白い写真が沢山出てきて、特にDIY系の写真を探すと何かトライしてみたくなる気分にさせられる。

旅行先などで自分で撮った写真も後から見ることでイメージを喚起させてくれる。それらを『Adobe Shape CC』で加工することで、さまざまな素材に転用できるようになる。『Adobe Brush CC』を使ってみるのもいいだろう。ちょっとしたネタでも簡単に美しく仕上がるので、例えばSNSで使えるようなスタンプやグリーティングカード用のネタにしてみても良いかもしれない。

アイディアの元を整理するアプリもあると便利。『Curator』は気になったWebサイトや写真をクリップして格子状のカラムに放り込んで整理ができる。

Curator

ネタ探しするのに仲間と一緒に作業するのは楽しく、また効率的だ。『Talkboard by Citrix』は一人でアイディアを広げるだけでなく、他のユーザーを呼び出して、アプリ内の作業している場所を共有できる。共同作業にはもってこいのツールだ。相手が同一ネットワーク上にいなくても利用できる。

広げたインスピレーションを形にすることにもフォーカスしよう。これも定番アプリだが『Waterlogue』では、撮った写真をさくっと絵画調に加工することができる。Mac版の画像加工ソフトからiPad用に移植された『Pixelmator』も非常に高機能でお勧めだ。俳優のモーガン・フリーマンの写真に見えるような絵で有名な『Procreate』、図面を描くのにピッタリな『iDraw』、多種多様なペンが用意された『スケッチ - Tayasui Sketches』も使ってみたくなる。人気のスケッチアプリ『Paper by FiftyThree』は、アプリ内に用意された「MIX」というコミュニティーサービスを利用すると、アイディアや作成したものを元にコラボレーションできる。この機能は是非試して頂きたい。

形になったものをSNSで共有するのも良いが、アウトプットも広げてみよう。未だiOS機器を持っていないという人も含めて、アクセスがより容易になるという点ではWebサイトを起ちあげるのがベターだ。iOS用では『Weebly』というアプリがあって、これはテンプレートが豊富な上に、どれもスタイリッシュ。せっかく格好良い素材ができたのに、変なバナーが入ってたら興ざめだが、このアプリならそのようなことは起こらない。

Weebly

インスピレーションを得るところから、それを見せられるものに落とし込んで公開するといった流れをアプリの紹介をしながらざっと追ってみたがいかがだろう。iPad+アプリは「道具」としては充分で、Nomocoさんの発言にもあったように、使っているうちに気づきがあったり新しい道が開けてきたりもする。もちろんiPadを使う人、皆が皆、アーティストである必要はないが、何かそこで日々の生活をより豊かにしてくれる発見があれば何よりである。