2015年内の発売をめざすホンダのFCVは、11月に発表された「FCV CONCEPT」がベースとなる。ホンダはかなり以前から燃料電池に意欲的に取り組んでおり、世界で初めてFCVを個人向けにリース販売するなど、精力的に開発を進めてきた。

ホンダ「FCV CONCEPT」

市販化でトヨタに先を越されたことには、それなりの思いがあるはずだ。「FCV CONCEPT」の広報資料にある「(ホンダは)FCV開発のリーディングカンパニーであると自負しています」の一文に、それが現れている。

おそらく2015年度内に発売されるモデルでは、トヨタ「MIRAI」を技術的に超えることをめざしているだろう。現在発表されている資料を見ると、新開発の燃料電池スタックは従来より大幅に小型化され、パワートレインすべてをボンネット内に収めることが可能という。当然、パッケージングには余裕があり、トヨタ「MIRAI」は4人乗りだが、ホンダ「FCV CONCEPT」は5人乗りとされている。

これほどの小型化が実現すれば、ガソリンエンジン搭載を前提に設計された幅広いモデルをすぐにFCVへ進化させることができる。ラインアップの拡充の面で有利だし、既存のボディが使えれば開発費を節約でき、コストダウンにもつながる。

ホンダはさらに、外部給電器「Honda Power Exporter CONCEPT」も発表した。これにスマート水素ステーションも合わせて、三位一体での普及をめざすという。外部給電器とは、FCVに接続して家庭用の交流電源を共有するシステムで、これによってFCVを電源車として災害時などに活用できる。スマート水素ステーションは、ホンダ独自技術の高圧水電解システムを採用したものとなっている。

このように、ホンダのFCVはトヨタの技術をおもにコンパクト化で超えることをめざし、なおかつ水素供給インフラもセットで考えているのが特徴だ。

ホンダ「FCV CONCEPT」外観・内装イメージ

「地球のために700万出せってか? それはちょっとな」

トヨタ「MIRAI」の発売に反応を示したのはホンダだけではない。フォルクスワーゲン、アウディなど、相次いでFCVのコンセプトカーを発表している。いずれもそのまま市販できそうな、限りなく量産モデルに近いコンセプトカーだ。

この状況だけを見ると、FCVは一気に普及しそうにも見える。しかし、興奮を抑えて冷静に考えると、普及への道のりは非常に険しいと言わざるをえない。一般には、普及へのカギは水素供給インフラの整備だとされている。もちろんその通りなのだが、本質的に重大な問題が別にあることを忘れないようにしたい。

本稿の最初に紹介した、「MIRAI」が展示されているショールームでのこと。年配の男性がショールームのスタッフと話していたのだが、最後に少し声のトーンを上げてこう言った。「地球のために700万出せってか? それはちょっとな」。

従来のエコカーは、環境負荷が少ないのと同時に、燃料代が安くなるのが常だ。電気自動車にしても、その充電にかかる費用はガソリンと比較にならないほど安い。多くの人が環境問題を重視していることはもちろん疑う余地がないが、その一方で、エコカーが売れる最大の理由は、環境負荷だけでなく財布への負荷も少ないからであることも事実だ。

ところが、FCVはこの図式が当てはまらない。水素の価格はそれほど安いものではなく、一定の距離を走るのに必要な燃料代はガソリン車と同程度となっている。したがって、「MIRAI」の車両価格723万6,000円(税込・補助金が出るので実質的なユーザー負担は約521万円)を支払うことによるユーザーメリットは、環境に貢献したという充足感だけ……、ということになりかねない。前述の男性の発言は、スタッフから燃料代が安くないとの説明を受けたときに出た言葉なのだ。

FCVの普及には、水素の低価格化が必須といえる。しかし、この面での状況は非常に厳しい。水素供給に関しては、まずステーションを整備する必要があり、これに莫大な費用がかかる。その整備費用をどこから出すかは別途議論が必要だが、いずれにしても水素の価格にある程度は転嫁せざるをえないだろう。それを考えると、現状より価格を下げながらステーション整備を進めるのはいかにも難しそうだ。

もうひとつ、水素そのものの原価の問題がある。水素は工場などから莫大な量が、いわば産業廃棄物として排出される。そもそもFCVは、この廃棄物である水素を有効利用するというのが、少なくとも開発の初期段階では大きな目的だった。

現在供給されているのはこうした原価ゼロの水素なのだが、それでも輸送費などで販売価格はそれなりのものになってしまう。さらに今後、FCVが普及すれば、廃棄物としての水素はすぐに足りなくなり、コストをかけて新たに水素を製造する必要が生じるだろう。

このように考えていくと、FCVの普及は「いますぐ」というわけにはいかないだろう。もっとも、そんなことはメーカーも十分すぎるほどわかった上でFCVを開発しているはず。国などの行政はCO2排出を減らす必要性だけでなく、石油依存から脱却したいとの思惑もあるだろう。そうした事情を背景に、補助金などの後押しがさらに強化されれば、新たなユーザーメリットが生まれ、普及への道も開けるはずだ。