――特に重要な役を演じた加瀬亮さんとは、どのようなやりとりがあったのでしょう。

加瀬さんが僕以上に中身のことを考えてくれている役者さんだったので、いろいろ提案はしてくれました。変な提案は全然なかったです。そっちのほうがいいですねという感じでセリフを直したりしました。なんというか…すごく頼もしかった。気さくなので、気軽に話もできましたし、結構つらい状況もあったと思うんですけど、加瀬さんはそういう部分を出さなかったですね。やっぱり、そういうのを目の前で見るとこっちも感動しますよね。

――田中裕子さんが演じた惠介の母は脳溢血を患いながらも、ラストシーンでは懸命にしゃべるシーンがありました。田中さんから長いセリフをもう少し短くすべきとの提案があったものの、監督は押し切ったそうですね。

衣装合わせの時にご提案をいただいたんですが、その時は現場で判断しましょうということになったんです。それから当日になっても何も言われなかったので、現場で田中さんに『どうでしょう?』と聞いてみたら、『台本のままでやりたいと思います』とおっしゃったので、そのままのセリフでお願いしました。

――監督の中では、どうしても短くはしたくなかった?

まぁ、そうですね(笑)。ずっと言葉を発していなかったお母さんが、最後の最後に必死に思いを惠介に伝えるということで、言い過ぎない長さで書いたつもりで削れるところは削ったつもりだったんですよ。田中さんはこういう状態の病人がこんなにしゃべれないんじゃないかって考えていたと思うんですけど。目の前で見るとすごい演技でした。一発で撮りました。というか一発でやるしかないんじゃないかという感じだったんですよね(笑)。

――母と息子の物語の中で、濱田岳さんが演じる便利屋は、時々笑いを提供してくれていますよね。

濱田さんしかいないだろうという収まり具合の役になっていると思うんですよ。便利屋くんにしか見えないですから。役名も"便利屋"(笑)。自分のやるべきことがきちんと分かっている人だなと思いました。あるときに彼から、『河童のクゥと夏休み』が好きだという話を聞いたんですね。彼が走るシーンがあるんですけど、『河童走りをしてみたらどうでしょう』と提案してくれました(笑)。それで、ぜひやりましょうとなったんです。

――物語にも大きく関わる木下監督の代表作『陸軍』が途中で流れるなど、映画としては特殊な構成だったと思います。終盤にはさまざまな作品のダイジェスト映像もありました。

大好きな作品だけに、絞っていくのは大変な作業でした。まずは僕の趣味で作品を選び、まずは1本5分ずつぐらいの短縮版を作ります。そのまま全部をつなげたら大変なことになりますので、作品も減らしてあの長さにやっと落ち着いたという感じです。僕だけではどうしても無理だったので、最後は編集の人にアイデアを出してもらいました。それがよかったと思います。もうちょっと見たいくらいで作品が変わるような作りになったんじゃないかなと思います。『陸軍』の映像は絞って6分くらい。おかしいでしょ? どうかしてますよね(笑)。

――『陸軍』は出征する息子を母がどこまでも追いかけるシーンでしたね。

そういうところ1つ取っても、ただ者じゃないんですよ、木下監督は。あんな構成にするなんて、今の人は考えつかないですよ。しかも、ガチガチの国策映画でね(笑)。命惜しくないのかとか思うじゃないですか。木下監督の作品は、家族や弱い人を描いたりとかあたたかな作品をたくさん作ったイメージですけど、実は過激な人だと思うんですよ。だから、その過激さを知ってほしいんですよね。だから、『はじまりのみち』も過激な映画にしたいと思ってました。だから、変な構成ですし、似た作品もないと思います。

――今回で実写の酸いも甘いも体感したと思いますが、次にオファーが来たらどうしますか?

そう、軽々しくできないですよ(笑)。大変さも知ってしまいましたし。今回はこういう話だったので受けないわけにはいかないと。もしお声がかかるとしたら…慎重に…慎重になると思います(笑)。