安井紀絵(右)と佐久間麻由

――佐久間さんのほかにも実力派、個性派のキャストが多い作品ですが、共演者の印象をお聞かせください。

安井 : 「お母さん役の渡辺さんは、お会いしてみたらとても優しくて素晴らしい方でした。私の気持ちが出やすいようにと、演じるたびにセリフのニュアンスを少しずつ変えて下さるんですよ。そこにどんどん乗っかれた感じで色々と勉強させて頂きました。事務所の社長役の鳥肌実さんは……面白い方(笑)。一緒にいて落ち着くというか安心できる方で、私が持っていたイメージとは随分違っていたので驚きました」

佐藤監督 : 「映画初主演の安井さんと佐久間さんは、フレッシュなキャッチボールをする中でそれぞれの良さが際立っていった感じですね。その若い二人の周りを固めるという部分で、ほかのキャスティングを考えました。それぞれの役を演じるだけじゃなく、役者の持っている個性がにじみ出るような人たち。例えば、鳥肌実さんは、そこにいるだけで鳥肌実的な匂いがプンプンする (笑)。役者にはそれぞれの色がある。監督としては、その色を面白く引き出せたらという思いはありました」

――個性的な共演者に負けない存在感を発揮していた安井さんは、"AV女優"を演じましたが、どのような役作りをされたんでしょうか。

安井 : 「何も知らないで業界入りした純子と同じように、何も知らない状態でもいいのかなと思ったんですけど、やっぱり事前にアダルトビデオを見て勉強したんです。軽めの作品から結構ハードなものまで色々と。"脱ぐ"という意識は以外と薄くて、どうやって純子やルルになりきるかということに没頭していました。いざヌードのシーンを撮る時になって、ドキドキしましたけど、『ここまで作ってきた役なんだから、思い切ってやっちゃえ!』という気持ちでしたね。抵抗が無かった、と言えば嘘になりますが、純子はAVの世界でルルという自分を見出したわけですから、私が立ち止まる訳にはいきませんでした」

佐藤監督 : 「純子は対母親という感情をずっと持っていて、日常生活においては"かごの中の鳥"でしかない。AVの世界とはまったく違う場所で生活をしていたわけで、AVに飛び込んだというよりも、かごから抜け出したかったんです。純子からルルへの変身は、安井さんの勘の良さが生きたんじゃないかな。うまく浮遊してくれたと思っています。純子と綾乃が全裸になるシーンがありますけど、それはAVの撮影現場のシーンじゃない。お互いの悩みを知り、心身共に裸になれた場面です。コミュニケーションが欠落した現代にあって、不器用な女の子同士が初めてつながり合える場面。二人の出会いの場がたまたまAVの現場だっただけなんですよ。特異な世界ではあるけれど社会の一部であり、縮図なんです。だから、AV、ヌードという部分にばかり目が行く人もいるでしょうが、もっと一般的に受け入れてもらえたら面白いなと思っています」

――純子はルルに変身した結果、殻を破ることに成功します。"自分じゃない自分になる"という気持ちには共感できますか?

安井 : 「女優って、まさに自分じゃない自分になるという職業だと思うんです。私の場合は仕事だけじゃなくて、日常生活の中でも自分の中にいろんな自分がいる気がします。例えば、苦手な人と会った時にはそれなりの自分になるし、好きな人と一緒にいる時にはまた違う自分になる。それぞれ意識して違う自分になっている訳ではないけど、いつもとは違う自分になるという行為の心地良さはすごく理解できますね」

――では、純子やルルに変身し、体当たりの演技も披露している今作をご自身はどのように受け取めていますか。

安井 : 「完成した作品を見た時に、台本を読んだ時とはまったく違う印象を持ちました。考えさせられる……と簡単に言えることではなく、生きる上で必要な何かを感じたんです。純子が全力で走るシーンがあって、その場面は最終日に撮影したのですが、演じた私の中には『走ろう!』という感情ではなく、『生きよう!』という気持ちが強かったんです。それがこの作品に出演した"答え"なのかもしれません」

――映画をご覧になる方にはどんな"答え"を見つけてほしいですか。

安井 : 「私自身、自分が出演していなかったらこの作品は見なかったかもしれません。抵抗があるジャンルだとは思います。でも、同じ世代の女性に見て頂けたら共感してもらえる部分がたくさんあるはずです。作品のキャッチコピーにある『生きてるふり、やめた。』っていうのが印象的ですよね。見た人の生き方に少しでも影響する映画になっていたらうれしいですね」

佐藤監督 : 「思い通りに生きている人って少ないでしょ。悩みを抱えて閉塞感がある一方で、充足感は無い。何かしらの変身願望は持っているけど、対社会という意識に縛られて実際にはなかなか変身できません。映画を見→観るということは日常の中で違う世界を体験できるわけで、作品を通して光や希望を感じてほしいですね。いつの時代もいろんな問題があって、その中でさまざまな事情を抱えた女の子たちがアダルト業界に入っていきます。そういう意味で、AV女優は"時代を写す鏡"なんだと思うんですよ。彼女たちの生きざまの中から、今の時代に埋没せずに生きるきらめきを感じて頂けたらと思います」

映画『名前のない女たち』は、9月4日(土)よりテアトル新宿、新宿 K’s cinemaほかで全国順次公開。

(C)「名前のない女たち」製作委員会