一般に、主題となるものに加えて周辺の風景なども再現した情景模型は「ジオラマ」と呼ばれるが、鉄道模型の世界では、実際に車両を走らせることのできる情景模型を特に「レイアウト」と呼んで区別している(「ジオラマ」は車両が固定されている模型だけを指すことが多い)。

ミニチュア制作から鉄道模型へ

日本鉄道模型の会理事の諸星昭弘さんは、レイアウトの魅力にとりつかれ、これまでに多数の作品を発表している。NHKのホビー番組「趣味悠々」で鉄道模型をテーマにしたシリーズが放送された際にはレイアウト制作の先生として登場し、この夏には新刊『かんたん!30日でつくる Nゲージ鉄道模型ミニレイアウト』(小社刊・定価1,680円)を出版するなど鉄道模型の世界では有名人で、コンベンションの会場ではサインを求められるほど。

イラストレーター・模型作家で日本鉄道模型の会理事の諸星昭弘さん。ユニークな小型レイアウト作品を多数発表している

といっても、諸星さん自身は「実はそんなに鉄道には詳しくないんです。『何々系の車両が』とか言われてもわからないことが多くて……」と話す。筆者は、鉄道模型のことを「乗り鉄」「撮り鉄」のような鉄道ファンの中のカテゴリのひとつかと考えていたが、どうも違うらしい。もともとはミニチュア制作が好きだったという諸星さんがレイアウトにのめり込んでいったのは、他の模型では味わえない楽しさがあるからだという。

「子供がミニカーを使って遊ぶとき、ただ眺めるだけということはなくて、必ず走らせて遊びますよね。この車がどんなところを走っているかを想像して、紙の上に道路の絵を描いたりもする。レイアウトの楽しさも同じで、自分の思い描く鉄道のある風景――昔の懐かしい光景だったり、今住んでいる親しみのある街並みだったり、まだ行ったことのない外国だったり――を自由に作って、その世界の中で車両を走らせることができる、それが最大の魅力です。ある意味、鉄道は主役でもあり脇役でもあるんです」(諸星さん)。

単に情景を描くだけなら、その中に登場するのは車でも船でも人でもいいわけだが、鉄道だけの大きな特徴として、レールの上を周回してずっと走り続けられるというポイントがある。「例えば、絵画を見てその素晴らしさに感動するのは、それなりに感性を磨いた人でないと難しいと思いますが、動いている鉄道模型の楽しさは誰にでも理解できます。いくら精巧にできている鉄道模型でも、動いていないと子供は1分も見ていられないですが、同じところをグルグル回っているだけでいつまでも嬉しそうに眺めている。私ももちろん精巧なものを見たい気持ちはあるのですが、それ以上に『動かしたい』という思いが強いんです」(同)。

諸星さんもその一員として活動するグループ・ナローゲージジャンクションの展示。眞崎弘海さんの超小型レイアウト(左)は名刺サイズながらちゃんと車両が走っている。岡部康恒さんの作品は手回し発電機が動力で、ハンドルを回した分だけ車両が走るのが面白い

諸星さんが模型ファンの人々に伝えたいと考えているのが「ウェザリング(汚し)のような制作技法が最もクリエイティブな部分と思われていることがあるが、必ずしもそうではない」ということ。レイアウトの世界では、さまざまな要素をどこに配置し、どんな世界を表現したいか、想像力をふくらませることこそが本当にクリエイティブな部分なのだという。「それを考えているときが一番楽しいし、興奮していますね。自分が決めたものを好きなように置いて良いというのは、自分が神さまになったようなものです。要素の配置を考えている時間は、ストレスの発散にもなっていると思います(笑)」(同)。

菅晴彦さんの「日出生交通立田山粘土鉱山第二抗線」は、車両が走るスピードにあわせて台座が逆回りに回転しており、同じ位置から眺めるとあたかも車両は停止していて背景だけが流れていくように見える

前述の新刊では、制作する模型の街を「街ボックス」と名付け、マッチ箱を模した幅45cm・奥行き36cmの箱の中に、ヨーロッパを思わせる街並みから森や川のような自然の風景までを凝縮した。その背景には、できるだけ読者が自由な発想でレイアウトを作れるよう、さまざまな要素を盛り込み、自分の街に必要な部分を取り出して使ってほしいとの思いがある。また、現実の風景をそのまま小さくするのではなく、各要素の特徴を抽出し、限られた空間の中に「圧縮」して配置するということも、レイアウト制作では重要な考え方だという。

コンベンションには毎年レイアウトの新作が続々と出展されており、優れた作品を見ると「嬉しくなっちゃうと同時に、自分も何か新しいことをやってやろうという気になる」という諸星さん。この10年で作品の質はかなり上がったが、それはただ回数を重ねたからではなく、出展された作品がそれぞれ影響を与えあった結果だと見ている。「本当に良い作品を見たときに『すごい!』とほめながらも、心の中では奥歯をかみしめながら『悔しい!』と思う。そんな経験があると力も伸びるんです」(諸星さん)といい、参加者が互いに良い刺激を受ける場として今後もコンベンションが発展していってほしいと話していた。