少々苦言も述べたが、今回の新しいMacBook Proが素晴らしいマシンであることには代わりがない。ノートマシンとしてみれば3kgの画板ともまな板ともつかないマシンを持ち歩くのは、とくにサブノートに慣れた日本人には抵抗のあることだろう。

だが、サブノートで満足な仕事はできるだろうか? 小さいキーボードと画面で不自由しながらの作業で生産性はあがるだろうか? メインマシンから資料を移し忘れて難儀したことはないだろうか? 2つのマシンでメールを扱うのに面倒なことになっていないだろうか?

実のところ、全てのマシンはメインマシンである一方、Appleはそうした複数マシンをもつユーザについても色々と考えている。

先の移行エージェントやターゲットディスクモードもその一例だ。有償ではあるが、.Macを利用することでSafariのブックマークやiCalのカレンダーデータ、アドレス帳の項目など様々なものが同期可能、どのMacから操作しても矛盾なくどちらにも適用されるようになっている。iDiskという形でインターネット上の共有ディスクも提供しており、さらに.MacのメールはIMAP対応で、複数のマシンで同じメールボックスを共有できる。

Leopardではさらに「Back to My Mac」という、.Macと連携することで自宅のMacのファイルを自由にアクセスできる機能が提供される(おそらく、.MacでダイナミックDNSを提供し、それに加えて何らかのルータ越えの技術がサポートされるのであろう)。

ここまでの説明だけであれば、家ではデスクトップマシン、外ではサブノートという選択肢も一見もっともに見えるだろう。

しかし、だ。情報を参照するだけなら別にMacをはじめとするパソコンの類いは必要ない。冒頭に述べたようにiPodやiPhoneのようなガジェットでよい

Macは情報を参照するためのものではなく、その情報を編集し、操作し、作り出すためのものだ。携帯性のために、わずか1、2Kgのためにそうした本来の役割のための機能を削るというのは本末転倒ではないだろうか?

MacBook Proは確かにサブノートよりは重いかもしれないが、デスクトップマシンを持ち歩いていると考えればリーズナブルなサイズであるといえる。全てが常に手元にある、開けばそこが自分のデスクトップである、この感覚は1度知ってしまったらやめられないものだ。