この連載では、『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』(KADOKAWA)から一部を抜粋し、有名な絵画に秘められた物語や歴史を読み解いていきます。絵画に描かれた物語や歴史を知れば美術館に行くのが楽しくなるだけでなく、あなたの教養のレベルが1段階上がるかもしれません。
今回取り上げるのは、グスタフ・クリムトの『ホロフェルネスの首を持つユディト(ユディトⅠ)』という作品です。
以下、『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』から抜粋します。
描かれているのは聖書の英雄
艶やかな表情をした半裸の女性。彼女が抱えているのは、一人の男の生首です。生首と共に妖しげに、そして美しくこちらに微笑みかける彼女の名はユディト。彼女は異常な性癖を持っているわけではありません。彼女は聖書に出てくる英雄の一人で、これはそれを表現した絵なのです。
あるところに一人の女がいました。その名はユディト。夫に先立たれ、未亡人となってしまったユダヤの美しい女性でした。
夫の残した財産を持ち裕福でしたが、彼女は神への信仰心を深く持っていたため、悪く言う人は誰もいませんでした。
そんな平和な暮らしに危機が訪れるところから、ユディトのお話は始まります。
アッシリアの軍隊を従えるホロフェルネスという男が、ユディトの住む町に襲いかかってきたのです。まるでイナゴのようにどこまでも続く膨大な軍隊に、ユダヤの民たちは恐れ怯えます。
籠城をしてなんとか持ち堪える日々。とうとうユダヤの長老たちは、町を明け渡すことを視野に入れます。
アッシリアが襲いかかった町の噂は、ユダヤの民の元まで聞こえていました。領地はすべて破壊され、その足跡すら残すことなく完全に滅び去ることになると。
しかし、ユダヤの民たちは限界でした。アッシリア軍による兵糧攻めの結果、もはや戦えるだけの力は残っていませんでした。
そしていよいよ降伏しようという時、ユディトは言いました。
「今晩、私は侍女と共に町を出ます。神は私を使って、私たちを救ってくれるはずです。けれども、私が行うことを詮索しないでください」
そう言って、ユディトは侍女と共に町を出るのでした。
逃げ出したのでしょうか? ユディトたちは静かに、ホロフェルネスの軍隊の方へと歩いていくのでした。
するとすぐにユディトたちは兵士に見つかってしまいます。そうして美しいユディトはすぐにホロフェルネスの元へと連れていかれるのでした。
そしてユディトはホロフェルネスに向かって語りかけました。
もうすぐ神の怒りによって町は滅びる、その時に私が案内をするので攻め上がりましょう。そうすれば、簡単に町を滅ぼすことができると。
この話を聞いたホロフェルネスは満足します。簡単に町を滅ぼすことができるのだから、将軍としては大満足です。
ホロフェルネスはこの話を信じ、ユディトに気を許します。そうして自らの酒宴に招きました。ユディトの美しさと、手に入れることになる勝利から、ホロフェルネスは人生で一番葡萄酒を飲み、そして酔って寝てしまうのでした。
皆が去り、ユディトとホロフェルネスは二人きりになります。
「主よ、力を貸してください」
そこにあったホロフェルネスの短剣を抜き取り、ユディトはホロフェルネスの首を切り落としました。そうして首を袋に入れると、こっそりと軍隊から抜け出し元の町に戻るのでした。
将軍ホロフェルネスが死んだことで、アッシリア軍は混乱します。逆にユダヤの民たちは勢いづきます。千載一遇のチャンス。ユダヤの民たちはアッシリア軍を蹴散らし、大打撃を与えることに成功し、追い返すことができたのでした。
これはそんな、ホロフェルネスの首を持つユディトの姿を描いた絵画なのです。ホロフェルネスを虜にしたユディトの官能性が余すことなく描かれています。
『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』(井上 響 著/秋山 聰 監修/KADOKAWA 刊/定価2,200円)
美術館に行って楽しめる人、楽しめない人の違いは、ちょっとした観方の差だった!? 美術館に行くのが好きなのに、絵画に興味はあるのに、なんとなく楽しみきれない。そんな悩みを抱えている人は少なくないと思います。その効果的な解決方法は、自分なりの絵画の観方を身につけることです。そうすることで、まるでピントの合ったメガネをかけるように、色鮮やかに、そして今までと違ったように作品を鑑賞することができます。でも残念なことに、絵画の観方は基本的に誰も教えてくれません。そこで、東大の美術史で学んだ筆者が今回、こっそりと絵画の観方、そのコツをまとめました。有名絵画を含む130点以上の作品を使って、絵画の観方を解説をしています。具体的に本書で解説している観方の秘密は「物語」と「歴史」の知識。この2つの知識を身につけることで、自然と絵画の観方が身についていきます。