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12 大人のインフラ紀行

ひらけ! 勝鬨橋。“橋脚内見学ツアー”に参加して勝鬨橋が再び開くことは可能なのかを考えた

FEB. 27, 2025 07:00
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Contents

インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工場、工事風景などを見学したりして、非日常を味わう小さな旅の一種である。

いつもの散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさの共有を目的とする本コラム。今回は、東京都の隅田川に架かる勝鬨橋(かちどきばし)の内部を探検してみた。

  • 人、車、バスが忙しなく行き交う勝鬨橋

勝鬨橋は、近代可動橋の技術的到達点だった

西の築地界隈と東の月島界隈をつなぐこの橋の上を、毎日たくさんの人や車が何気なく渡っていく。その内部に、眠れる巨大な機械装置があることを意識する人など、ほとんどいないだろう。そんな勝鬨橋の“橋脚内見学ツアー”に参加した。

国民的漫画である『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治・著)71巻のエピソード“勝鬨橋ひらけ!の巻”を読み、この橋が本来は開閉式であることを知った人もいるのではないだろうか。1969年生まれの筆者もそのクチで、勝鬨橋が実際に跳ね上がるところを見たことはない。

  • 橋の名は明治時代に設置された「勝鬨の渡し」に由来する

勝鬨橋は隅田川河口部に架かる日本最大級の可動橋。中央部分が「ハ」の字型に大きく開き、背の高い大型船を通過させる構造を持っている。

皇紀2600年記念として埋立地の月島地区で1940年に開催される万国博覧会へのゲートとするべく、当時の技術の粋を集めて建造された橋で、国内唯一の「シカゴ型固定軸双葉式跳開橋」という方式が採用された。

工事は1933年(昭和8年)に着工し、1940年(昭和15年)6月14日に完成。設計・施工のすべてを日本人が行い、欧米技術者の手をいっさい借りなかったということからも、東京市(当時)の気合いを感じられる。

万国博覧会は日中戦争の激化などにより中止となってしまったが、無事に完成した勝鬨橋は「東洋一の可動橋」と呼ばれるほどの評判を得た。国内最大規模の可動支間を有する技術的完成度の高い橋と評価され、近代可動橋のひとつの技術的到達点を示すものだったという。

太平洋戦争末期の空襲も無傷でかいくぐり、戦後の1947年から1968年までは、橋上を都電も通行。その後は後述するように可動橋の役割を終え固定橋となり、2007年(平成19年)には、同じ隅田川に架かる永代橋、清洲橋とともに国の重要文化財に指定された。

歌舞伎座や築地場外市場、月島もんじゃストリート、築地本願寺などの東京名所が徒歩圏内にあり、歴史と文化が交錯するエリアに鎮座する勝鬨橋の周辺は、再開発が進み近代的な高層ビルやタワーマンションが立ち並ぶ。だが勝鬨橋のクラシカルで優美な曲線は、当地のランドマークとしていまだ健在で、多くの人々に愛されているのである。

  • 鉄骨のシルエットも美しい

物流の形態が変わり、開閉の意義が失われた

大型船を通す必要があるならば、船の背丈より高い橋を架けりゃ良さそうなものを、勝鬨橋はなぜ低く架けてわざわざ開閉式にしたのか。理由のひとつは、当時の船舶事情にあった。

隅田川から東京湾を行き交うそのころの船のほとんどは、橋の下を難なく通過できる中型以下であり、橋に引っかかるほどの大型船はそう頻繁に通るわけではなかった。そのため技術やコストを考慮すると、必要に応じて開閉できる可動橋の方が合理的だったのだ。

また、都市計画との整合性も理由のひとつ。隅田川にはすでに多数の橋が架かっており、それらの高さと調和を取る必要があった。高架橋を設けると周囲の街並みに影響が出るため、可動橋の採用が最適とされたのである。

勝鬨橋は完成以降、1日5回の決まった時間に開閉した。2つの可動桁(橋の跳ね上がる部分)はそれぞれが70秒で70度の角度まで持ち上がり、20分ほど開いた状態を保って船を通す。そして再び70秒かけて閉じられる。この30分弱の間、橋上の信号は赤となり車や人の通行は遮断された。

開閉は都電が開通した1947年(昭和22年)には1日3回に減り、通りの渋滞が顕著となった1961年(昭和36年)以降は、午前7時の1回のみとなった。その後の高度経済成長期、東京の物流の中心は海運から陸運へと移行。

隅田川を航行する船は減少する一方で、道路上の交通量は増大の一途をたどった。その結果、勝鬨橋は1970年(昭和45年)11月29日を最後に開閉の中止を決定する。

それからしばらくの間は、必要があれば再び開けられるようにスタンバイされていたが、1980年(昭和55年)には橋の機械部への送電が取り止められ、可動部もロック。開閉機能は失われ、勝鬨橋は可動橋としての役目を完全に終えたのである。

専用変電所あとの資料館に集合

勝鬨橋のたもとには変電所があった。橋の開閉に必要な大電力の安定供給のために設置されていたのである。

  • 元・変電所の資料館

現在はこの変電所も本来の役割を終え、残った建物は東京都の施設「かちどき橋の資料館」として利用されている。ここが、見学ツアーの集合場所だった。

  • かつて使われていた変電用の機械も展示されている

資料館では、ツアー主催者である東京都道路保全整備公社の方から、勝鬨橋の歴史や構造についての説明を受ける。模型や写真が展示されており、橋の成り立ちや開閉の仕組みを学ぶことができた。

橋が開閉していた当時の映像は圧巻で、その壮大な動きに感嘆せずにはいられない。

  • 模型で再現された勝鬨橋の跳ね上げ

参加者には安全のため、ヘルメットと軍手が支給された。また、橋脚の内部に進入する際には、垂直はしごを降りなければならないということで、そのとき使う命綱とつなぐためのハーネスを装着してもらった。

これで準備は万端。いよいよ橋脚内見学へと向かう。

  • 東西の可動部が連結しているポイント

勝鬨橋をもう一度開くことはできるのか

勝鬨橋は両岸から伸びる2つの固定アーチと、中央の直線的な可動部が調和した構造をしている。アーチと可動部の境目には4棟の建物があり、2棟は機械室、2棟は操作室となっている。橋脚内に降りる前にまず、築地側の操作室を見学した。

  • 外観もクラシカルで趣のある操作室

そこには勝鬨橋が可動していた当時のままの計器や操作盤が並び、まるで時が止まったかのような雰囲気が漂っていた。

  • 旧式なメカを見ると血が騒ぐ

機能を失っているのでスイッチやレバー類に触っても構わないということで、遠慮なくあちこちを押したり引いたりしてみた。あらゆるものがデジタル化した今の世界ではなかなか味わえない、重みのあるメカの感触が心地よい。

  • 始動スイッチは誤作動防止のため、押すのではなく引く方式

運転室を出て、案内された扉から橋脚内に進入した。

  • この扉から橋脚内へ進入

命綱をつけてもらい、高さ3.5メートルの垂直はしごを降下。

  • 垂直梯子で降下

そこには、意外なほど大きな空間が広がっていた。

ひんやりとしてほの暗い秘密の地下室のような場所で、世界征服の野望を抱く悪の組織がアジトにしそうな雰囲気だった。

  • 橋脚内部の大きな空間

  • 跳ね上げの仕組みを学ぶ。ツアーの一行は、図の中の人影が描かれた場所にいる

ここは、橋を開く際、可動部である橋桁の基部が降りてくるための空間だ。ここに降りてくる橋桁の基部には、約1,050トンのカウンターウェイトが装着されている。

  • 1,000トン超のウェイトが頭上にある

橋の可動桁の重さは約950トンであるため、ウェイトの重さをうまく使い、勝鬨橋はかなり小さな力で短時間のうちに開くことができたというわけだ。

  • 橋桁を動かす要の歯車

かつて橋を開閉させていた巨大な歯車やモーターが、そのまま残されているのを目の当たりにする。

  • モーター、ブレーキ、歯車などがキレイな状態で保存されていた

ガイドさんの話によると、勝鬨橋をもう一度開こうという運動も最近あったのだという。機械自体は故障したり喪失したりはしていないので、今でも整備すれば動作するはずだが、試算すると開閉再開には数十億円ものお金がかかるため、現実的には難しいとのことだった。

日本では明治時代以降に約80もの可動橋が架設されたものの、近年では固定化されることが多く、現役で稼働しているものは、愛媛県の長浜大橋や高知県の手結港可動橋、京都府の天橋立廻旋橋など数えるほどしかない。

それを知ると、日本の可動橋の代表格である勝鬨橋が、再び開くことをどうしても期待してしまうのだが……。

ツアーを終え、地上に戻って眺めた勝鬨橋はやはりとても美しかった。

東京の発展を支えたこの橋の、知られざる一面を垣間見ることができる貴重な体験だった。興味のある方は、ぜひ、ツアーに参加してみてはいかがだろうか。

  • 壮麗な勝鬨橋


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※ 本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。

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