京王プラザホテルのメインバー「ブリアン」にて、200年以上の歴史を誇るスコットランドのウイスキーブランド「アードベッグ」のセミナーが開催されました。講師はMHD モエ ヘネシー ディアジオでシングルモルトアンバサダーを務めるロバート・ストックウェル氏です。「アードベッグ」7種類が一堂に会し、非売品のアードベッグや今では手に入りにくいレアボトルも含め、ペアリング料理やカクテルも。イベントの様子をお届けします。
個性豊かな5つのバー・ラウンジを構える京王プラザホテル。ブリアンは「洋酒全体を楽しんでもらう」というコンセプトのメインバーです。1971年のホテル開業以来、多くの客に愛され続けている正統派のバーは、広々とした贅沢な空間と落ち着いたレンガ調のインテリアが特徴です。
今回、京王プラザホテルでは都市のプラザ(広場)として、文化の発展に寄与するため、伝統あるスコッチウイスキーの魅力を伝えるイベントを開催しました。店長の小鷲崇文氏は、2015年にアードベッグの蒸留所へ訪れたことがあるそうで、アードベッグのセミナーを企画したとのことです。
アードベッグ蒸留所は、スコットランドのアイラ島南部に位置する歴史ある蒸留所です。1815年にジョン・マクドゥーガルによって設立され、アイラモルトの中でも特に強烈なピート香で知られています。蒸留所は海沿いに建てられており、その立地も独特の風味を生み出す一因となっています。
クセになる個性的な味わいから「アードベギャン」と呼ばれる熱狂的なファンに愛され、会費無料のファンクラブ「アードベッグ コミッティー」には、130以上の国と地域から18万人以上のメンバーが登録しています。もちろん筆者もアードベギャン。アードベッグ蒸留所には2019年に訪れています。
ウェルカムドリンクの「アードベッグ ウィービースティー 5年」のハイボールを飲みながら、セミナーが始まりました。
講師のロバート・ストックウェル氏は、スコットランドでもっとも多くの蒸留所を所有しているディアジオ社とグレンモーレンジィ社で15年間にわたって醸造や蒸留、熟成、テイスティング、樽の製造など、シングルモルトの製法を習得したウイスキーのスペシャリストです。スコッチウイスキー業界への特別な貢献が認められた人物のみで構成されるザ・キーパーズ・オブ・ザ・クエイヒの一員でもあります。
本イベントに参加するようなアードベギャン向けということもあり、ほかのウイスキーイベントでは聞けないようなちょっとマニアックな話題をしてくれました。
まずはピートの話。アイラ島で作られるウイスキーの多くは、ピート(泥炭)の香りが強い点が特徴です。このピートはスコットランドのほぼ全域で採れるのですが、実はスコッチウイスキーに使われているピートの採掘は限られています。オークニー諸島とハイランドのアバディーンシャー、キャンベルタウン、アイラ島の3カ所など、全部で7カ所だけとのことです。
ピートは家屋の暖房にも使われていますが、実はこの暖房に使われるピートとウイスキー造りに使われるピートは異なる層から採られているのです。表面の芝生を取り外し、上層のアクロテルム層がウイスキー作りに使われます。
暖房などの燃料にするピートは、下層のカトテルム層から採掘します。カトテルム層のピートはアクロテルム層よりも年月が経っているため、効率的に燃焼し、煙が少ないのです。ウイスキー造りに使うアクロテルム層のピートのほうが、煙が多く出るというわけです。
ちなみに、ピートを掘っていると、昔のバイキングが使っていた剣や鎧が出土することもあるそうです。
ピートを掘るのはだいたい年1回、6月とのこと。そのまま雨が少ない夏に天日干しして自然乾燥させます。このときのピートがもっともフェノール値が高いそうです(フェノール値はウイスキーのスモーキーさを示す1つの目安)。8月~10月にピートでウイスキーを造ると、ヘビリーピーテッドになるというわけです。
定番でありもっとも偉大な「アードベッグ10年」
今回のセミナーでは初めに4種類のアードベッグをテイスティングして、その後のペアリングで2種類+カクテルが提供されました。まずは、定番でありもっとも偉大な「アードベッグ10年」。強烈なスモーキー感があるのですが、クリーンな印象で、繊細で複雑な味わいが魅力です。
ロバート氏はテイスティングの作法として、色を確認し、香りを確認し、飲んで味わうという3つに加え、もう1つ大事な要素としてカッコいいグラスの持ち方を紹介しました。
テイスティンググラスはステムを持てばいいのですが、ボウル部分に指が触れると熱が伝わってウイスキーの香りが変わってしまいます。そのため、グラスの底の部分を持つといいそうです。
そして軽くスワリングし、グラスの表面を観察します。このとき、腕を伸ばし、右利きの人は時計の10時方向に傾けます。そのうえで自分の頭を逆に傾けて眺めると、プロフィール写真に使えるカッコいいい写真が撮れるとのことです。
ウイスキーがグラスの内面に付いて流れ落ちる跡のことを「脚」と呼びます。ワインの場合は糖度によって「脚」の様子が異なるのですが、ウイスキーはアルコール度数や熟成年数によって変わります。
「香りを取る際、単に鼻を突っ込み、深呼吸をしてはいけません。スワリングした後はグラス内にいっぱいエタノールが充満しているのです。最初は、鼻で吸うのではなく、口をちょっと開いたまま呼吸してみてください。そうすると、圧力の差でソフトの香りだけが鼻に入ってきます」とロバート氏。
ピートの強さについても解説がありました。フェノール値は、ピートによる燻煙乾燥後に麦芽に含まれるフェノール類の量を測定した数値です。フェノール値はppmという単位で表され、一般的にウイスキーのスモーキーな風味の指標とされています。
ラガヴーリンやカリラは35ppm、ラフロイグは45ppm、アードベッグは55ppmとのことです。とはいえ、このフェノール値は大麦の麦芽にどれくらいの分量が含まれていたのか、という値でしかありません。
麦芽を蒸留所に運ぶだけでもフェノール値は落ちますし、マッシングでは大きく落ちます。蒸留時のカットポイントによっても大きく左右されます。そのため、麦芽のフェノール値が高ければ、スモーキーなウイスキーができるというわけでもないそうです。
ニューメイクスピリッツ
2杯目のテイスティングは、アードベッグのニューメイクスピリッツです。蒸留した直後の液体で、樽に入れる前のものです。スコットランドの蒸留所に行ってもなかなか飲めない、とても貴重なものです。
麦芽の香りが前面に出ており、最初はあまりピート感がありません。しかし、少し加水して飲んでみると、ガツンとピートが出てきます。今回テイスティングした原酒のフェノール値は60ppm程度とのことでした。熟成ゼロでもとても美味しく、さすがアードベッグ。
なお、加水する際は、水を入れ過ぎてしまうと台無しになってしまいます。ペットボトルから水を直接注ぐのではなく、キャップに少し入れてからグラスに入れるとミスを押さえられるというテクニックも紹介されました。
「アードベッグ トリーバン 19年 バッチNo.6」
3杯目は「アードベッグ トリーバン 19年 バッチNo.6」です。トリーバンはアイラ島のポートエレンの近くにある美しいビーチですが、とても岩が多く危険な場所でもあります。そんなイメージのアードベッグを作ろうとチャレンジした意欲作です。シェリー樽原酒も入っており、ピート感は控えめです。
オイリーな印象ですが、さわやか、かつ煤(すす)けた香りです。燻製されたオイルのような味わいから始まり、フルーツ感も出てきます。そして、コーヒー感のある余韻が長く続きます。すばらしいウイスキーです。
アードベッグの特徴でもあるこのフルーティさは、蒸留窯に取り付けられた「精留器(Purifier)」によってもたらされています。蒸留過程で上昇する不純物を捕捉し、それを蒸留釜に戻して再蒸留することで、軽い揮発性の高い化合物だけが冷却器に進み、よりフルーティなスピリットが得られます。アイラ島で精留器を使っているのはアードベッグ蒸留所だけです。
「2年前に『アードベッグ ヘビー・ヴェーパー』という限定商品を出しましたが、そのときは精留器を取り払った状態ではアードベッグがどういう風になるかを試しました。やっぱり、よりオイリーでねっとり感があるアードベッグになりましたが、そのぶん繊細さが控えめになってしまいました。それでも美味しかったのですが、やっぱりアードベッグがアードベッグであるためには精留器が必要だと感じました」(ロバート氏)
「アードベッグ Y2K 23年」
最後のテイスティングは「アードベッグ Y2K 23年」です。昨年(2024年)に出た激レア商品で、筆者も初めて飲みました。これは、2000年問題が取りざたされていた1999年から2000年になる瞬間に蒸留した原酒を23年間熟成させたアードベッグです。当時、何かあるといけないので、その日だけ24時間体制でずっと蒸留し続けたそうです。あまりオートメーション化が進んでいない時代だったので、何も問題は起きなかったのですが、その際の原酒をオロロソシェリー樽とバーボン樽に入れて熟成させました。
もちろんスモーキーですが、オイリーで甘やか、爽やかなミント感があります。ピート感は穏やかですが、熟成感が強く、とても美味しいウイスキーに仕上がっていました。びっくりするくらい美味しく、最高蒸留・製造責任者のビル・ラムズデン氏が、新しい時代の幕開けとして、アードベッグにとって極めて重要な記念すべき年の象徴と言うだけあります。
その後は、京王プラザホテルでフランス料理に携わる戸澤昌之料理長による料理とアードベッグのペアリングを体験しました。
オードブルは「海の幸の瞬間燻製 クスクスのサラダにマイクロリーフ」で、合わせるのは「アードベッグ10年」のハイボール。メインディッシュは「牛肉ロース肉の網焼きにチミチュリと鶏胸肉のエギュイエットバジルソース パルメザンチーズの燻製にラタトゥイユを添えて」には、「アードベッグ コリーヴレッカン」のロック。
デザートはチョコレートとナッツのケーキで、「アードベッグ ウーガダール」を使ったゲーリッシュコーヒーを合わせました。
筆者が普段、アードベッグをストレートで飲むので、なかなかロックやハイボール、カクテルでペアリングすることはないのですが、どれもさすがのマッチングでした。ピーティなアードベッグも、料理によっては相乗効果が生まれ、どちらもさらに美味しく楽しめました。
レアなアードベッグに加えて、ロバート氏の面白くてディープなトーク、そして最高の料理とのペアリング。アードベギャンの筆者も取材ということを忘れるほど最高のイベントでした。参加費は1万2,000円(サービス料・税込)ですが、赤字ではないかと心配になるほどのコスパです。実際、募集を開始してからあっという間に埋まったそうです。
京王プラザホテルではウイスキーに限らず、様々なお酒の魅力的なイベントを開催しています。ぜひチェックしてみてください。そして、ぜひ「アードベッグ10年」をバーや自宅で飲みながら、本記事を読み返してみてください。さらに美味しく楽しめることうけあいです。