セイコーエプソンの小川恭範社長が、同社の事業方針について説明した。そのなかで、現在、取り組んでいる「Epson 25 第2期中期経営計画」の見直しを検討していることを明らかにした。2021年度上半期には、内容が判明しそうだ。この修正内容によって、長期ビジョンである「Epson 25」の見直しにもつながる可能性がある。
小川社長は、「エプソンは、『持続可能な社会』や『こころ豊かな生活』など、未来の人々が望む社会を実現するため、新しい発想や、やり方に挑戦する。イノベーションを通じて、エプソンのタグラインである『Exceed Your Vision』を実現したい」としながら、「これらを踏まえて、現在、エプソンは中期事業計画の見直しを進めている。2021年には、これがまとまり次第、その内容を説明する」と述べた。
コロナ禍の影響と、高まる社会からの要請
現在推進している2021年度を最終年度とするEpson 25 第2期中期経営計画では、売上収益が1兆2,000億円、事業利益が960億円を目指している。
小川社長は、「2020年度における新型コロナウイルスによる売上収益のマイナス影響は、通期で1,300億円程度を見込んでいる。生産面では、ロックダウンの影響により、2月、3月は各工場が停止し、物流面では、現在も一部市場への供給不足が継続している。また、販売面においては、販売活動の大幅な制限があり厳しい状況だったが、在宅需要やBtoB商品の需要が回復しており、第2四半期以降は回復傾向にある」と現状を報告。2020年度の通期業績は、売上収益が9,600億円、事業利益は350億円、当期利益は、80億円を見込んでいる」としている。
また、Epson 25は、2016年度からスタートした長期ビジョンであり、Epson 25では、2025年度に、売上高1兆7,000億円、事業利益2,000億円、ROS(売上高経常利益率)12%、ROE(株主資本利益率)15%を目指している。
小川社長は、2020年4月1日に社長に就任して以降、新型コロナウイルスの感染拡大への対策として、危機管理委員会を立ち上げ、事業の継続と社員の感染防止に着手したことに触れながら、「エプソンは、新型コロナウイルスに対して、様々な対応を進めており、在宅勤務やソーシャルディスタンスを保つなど、新たな働き方で、企業活動を止めることなく継続している。生産現場ではフェイスガードの着用や、ソーシャルディスタンスを確保した活動を行い、新製品の立ち上げ現場においては、遠隔システムを活用した、立ち上げ支援や品質課題の対応を実施。販売現場では、オンラインでのセミナーや会議などを活用し、営業活動を実施するなど、様々な工夫をしている」と述べた。
一方、エプソンが解決すべき社会課題として、「気候変動と資源枯渇」、「持続可能な社会の実現に対する期待の高まり」、「ライフスタイルの多様化への対応」、「生産性の向上・匠技術の伝承」、「インフラや教育・サービスにおける地域格差の拡大」、「危険・過酷な労働環境」の6点をあげた。
「これらの6つの社会課題に対して、エプソンが創業以来培ってきた、『省・小・精の技術』を核とし、マイクロピエゾやマイクロディスプレイ、センシング、ロボティクスといった独自の技術資産をベースにしながら、産業構造の革新や、循環型経済の牽引などに向けたイノベーションを引き続き推進していく。エプソンの強みを生かしたイノベーションにより、持続可能な社会の実現に貢献したいという想いにはまったくぶれがない」とした。
大変革期に取り組む4つのイノベーション
エプソンでは、「インクジェットイノベーション」、「ビジュアルイノベーション」、「ウエアラブルイノベーション」、「ロボティクスイノベーション」という4つのイノベーションから事業に取り組んでおり、その進捗についても説明した。
インクジェットイノベーションでは、大容量インクタンクモデルの取り組みが注目されている。
大容量インクタンクモデルは、2019年までに、約170の国と地域に販売エリアが拡大。新興国に加えて、先進国でも積極的に市場開拓を進めており、2019年度は、エプソンのインクジェットプリンターの販売数全体の約に占める割合は約65%にまで拡大。2020年10月には、世界累計販売台数が5,000万台を達成したという。「大容量インクタンク方式の製品では、グローバル販売台数シェアNo.1を維持している」とした。
大容量インクタンクモデルの販売は、在宅需要もあり好調に推移。2019年度は年間1,000万台の大容量インクタンクモデルを出荷したが、2020年度はこれを上回る可能性もあるという。
また、「2020年に大きく戦略が進展した」とする、商業・産業インクジェットプリンターでは、デジタル化の余地が大きい、テキスタイルやラベル、サイネージの領域を、成長領域に位置づけて、これらの製品を中心に、商業産業分野のラインアップを一気に揃えたことを示した。
商業・産業印刷の市場規模は約3兆4,000億円にのぼるとみられ、市場全体でデジタル化の成長余地が大きい。
「従来の大量生産、大量消費の時代から、消費者ニーズの多様化に対応した多品種少量生産の拡大が進むとともに、環境への配慮が強く求められるなかで、商業・産業分野では、刷版によるアナログ方式から、デジタル方式への移行が着実に進んでいる。とくに、戦略領域のサイネージ、テキスタイルを中心に、多様なニーズに応えるために、マイクロピエゾ技術の特徴を活かし、より高品質で、高速に、多様なメディアや素材に対応できる商品群を拡充した」と語る。
サインディスプレイ向け大判プリンター、テキスタイル向け大判昇華転写プリンター、デジタル捺染機、デジタルラベル印刷機、カラーラベルプリンターなどの新製品を投入し、ラインアップを拡大。さらに、大判プリンターの稼働状況や、印刷実績などのプリント状況を可視化し、生産の最大化を支援するクラウドサービス「エプソンクラウドソリューションポート」を、2020年7月から提供。「接続したすべての大判インクジェットプリンターの稼働状況を可視化でき、生産現場の課題解決や、業務効率化の支援を行うことができる。今後も、しっかりと現場のニーズを捉えるとともに、商品だけでなく、ソリューションにも落とし込んで、生産現場の革新を図る」とした。
また、商業・産業分野においては、拠点整備にも取り組んでいることも示しした。
2020年3月には、長野県塩尻市の広丘事業所のイノベーションセンターB棟が竣工。これにより、研究開発や生産技術の機能を強化。2020年6月には、大判プリンターを稼働させながら、ソリューションを体感できるLFPソリューションセンターを広丘事業所内に設置。2020年8月には、中国・上海に、テキスタイル市場の開拓に向けた拠点として、テキスタイルソリューションデモセンターを設置。製品や工程を見ることができるようにしたという。
高速ラインインクジェット複合機などのオフィス共有分野では、1分間に100枚の印刷が可能な製品を投入。さらに、2019年11月から展開している学校現場をターゲットにした定額サービス「アカデミックプラン」の成果があがっているという。
アカデミックプランは、エプソンのスマートチャージの教育分野向けプランで、高速インクジェット複合機を低コストで導入できる。
「視覚的にわかりにくいモノクロプリントや、教職員の長時間労働といった、学校現場における印刷の課題に対して、カラー印刷や高速印刷など、エプソン製品の特徴を生かして、課題解決の提案ができるプラン。新型コロナウイルスの影響から、働き方改革やICT整備計画が加速されるなか、2020年9月には、愛知県岡崎市小中学校への導入が決まるなど、教師の働き方改革や、教育の質の向上を目的とした導入が広がっている」とした。
ビジュアルとウエアラブル、ロボティクスの進捗
2つめのビジュアルイノベーションでは、厳しい市場環境のなかで、打開策を模索している段階にあることを示す。
「フラットパネルディスプレイの拡大により、プロジェクター市場は縮小傾向にある。また、新型コロナウイルスの影響に伴う各種イベントの中止や延期、世界各地でのロックダウンにより、高光束および企業向けプロジェクターの事業環境が厳しい。事業環境や新型コロナウイルスによる社会変化の影響について検証を進め、戦略の見直しや採算改善施策を速やかに実行していく」と述べた。
その一方で、新型コロナウイルスの影響によって、プロジェクターが新たな教育環境で利用されたり、巣ごもり需要などによって、家庭におけるプロジェクターのニーズが高まっていたりすることに着目。これら分野への展開を強化する姿勢もみせた。
なお、3LCDプロジェクターの世界累計販売台数は、2020年10月に3000万台を達成。19年連続で世界シェアNo.1を継続しているという。
また、「民生・産業領域のスマートグラス市場が、今後、大きな成長が期待される。そうした動きを捉えて、2020年9月には、新規開発の第4世代スマートグラス光学エンジンの外販ビジネスを開始した」という。
ウオッチ事業で構成されるウエアラブルイノベーションは、総原価の低減、固定費の削減、要員構造の適正化といった費用コントロールを継続的に実施する1年になった。
小川社長は、「世界のウオッチ市場は、約7兆円と巨大であり、中長期的トレンドは、世界的な人口増加や、新興地域の人々の生活が豊かになるに従い、安定的に推移すると予想しているが、短期的には、新型コロナウイルスの影響によるインバウンド需要の減少や個人消費の落ち込みなどから、厳しい状況になっている」とし、「そうした環境下でも着実に売上げを確保しつつ、メリハリをつけた費用コントロールを行い、採算確保を図っていく」とした。
2020年は、1960年に開発したグランドセイコーが60周年、1950年に誕生したオリエントが70周年を迎える節目の年であったこと、エプソンブランドの「TRUME」では、昼夜問わずに、人の動きで発電する環境配慮型の新ムーブメント「スウィングジェネレーター(自動巻き式発電充電機構)」を搭載したモデルを2020年11月に発売したことなどに触れ、「長年培ってきた、アナログウオッチ製造に必要な多くの技術と匠の技を、着実に強化、継承していく」と述べた。
垂直多関節ロボットやスカラロボットなどで構成するロボティクスソリューションにおいては、今後、同社の主柱事業に育てる姿勢を示しながら、経営資源の投下を継続し、省人化や自動化の加速を捉えた提案を進める考えを強調した。
「世界的な人件費の上昇や、人材獲得競争の激化、安定生産に対する重要性の高まりに加え、工場の分散化が見込まれることから、ロボット市場は今後も高い成長が継続すると予想している。9年連続で世界シェアNo.1である産業用スカラロボットを軸に、引き続き、経営資源の投下を継続し、さらなる事業拡大を目指す」とした。
今後もオープンイノベーションは加速していく
今回の会見では、オープンイノベーションへの取り組みについても言及した。
「オープンイノベーションによる成長加速」は、Epson25第2期中期経営計画で掲げている基本方針のひとつだ。
エプソンでは、2019年に、インクジェットヘッドの産業利用を目的とした、エレファンテックへの出資を行う一方、インクジェットの外販商品に「プレシジョンコア プリントヘッド」を追加。デジタル印刷へのシフトを加速させる環境を、外販の観点からも用意した。また、ハッカソンなどの開催を通じて、新たなソリューションの創出や、顧客接点の強化を図ってきたという。
こうした取り組みに加えて、2020年度は、先に触れたスマートグラス光学エンジンの外販や、CVCであるエプソンクロスインベストの設立、スマートシティ会津若松の参画などを行ってきた。
「エプソンクロスインベストメントは、50億円のベンチャー投資事業ファンドであり、オープンイノベーションの加速に向け、迅速な意思決定や投資実行を可能とする狙いがある。また、スマートシティ会津若松への参画は、パートナーとともに社会課題の解決に向けたサービスを創出することを目的にしたものであり、オープンイノベーションの拠点として、教育、観光、ビジネス、ヘルスケア、ホーム、防災など、様々な分野において、パートナーとともに、新たなサービスの創出を目指し、あわせて新型コロナウイルスの影響により顕在化した社会課題の解決にも取り組む。会津若松市、公立大学法人 会津大学との連携も開始している」という。
小川社長は、「アイデア・技術ベースから社会全体に至るまでの『社会への影響度』、協力から出資に至るまでの『エプソンの関与度』を拡大させることで、エプソンの資産をベースにした、将来成長につながる様々なオープンイノベーションの展開を進めていく」としている。
ニューノーマルに、世界に、エプソンの果たす役割がある
そのほか、TCFDにより、気候関連リスクや機会が、エプソンの戦略に与える財務影響度を評価。エプソンの低環境負荷の商品、サービスが、「産業構造の革新」「循環型経済の牽引」に合致し、事業拡大の機会があると確認したこと、信州産の水力発電による再生可能エネルギーの活用を2020年4月から開始したこと、エコ・ヴァディスによるサステナビリティ評価において、最高位「プラチナ」を獲得したこと、CDPにおいて、「気候変動」「水セキュリティ」の2分野で、最高評価の「Aリスト企業」に初めて選出されたことなどを報告した。また、技能五輪では、3年ぶりの金賞獲得をはじめ、グループ社員8人が入賞したことにも触れた。
また、長野県教育委員会へのフェイスシールドを5,000枚提供したり、中国では仮設病院運営のために51台のプリンターと消耗品を提供したりといったように、世界各地において、新型コロナウイルス感染症に対応して、各種衛生用品の寄付や機材の提供を実施したという。
小川社長は、2021年の取り組みについて、「外部環境が大きく変わっており、エプソンが解決すべき社会課題と、世界のメガトレンドへの対応に加え、『新たなアタリマエ』として、人との対面交流を前提としないニューノーマルに対応する必要がある。これは、『産業構造の革新』と『循環型経済のけん引』の実現に向けた、現在の取り組みに合致したものだといえる。2021年も、テレワークやオンライン教育の拡大および定着、遠隔支援サービスの拡大や加速、工場の省人化や自動化の加速などにおいて、大きな役割を果たすことができる」とした。
2021年度上期にも発表される新たな方針が今後のエプソンの方向性を示すことになる。