アディダスジャパンがmiCoach elite(マイコーチ エリート)システムの日本における展開を開始した。横浜F・マリノスが導入し、選手のトレーニングにウェアラブルデバイスを活用する。一歩先のフットボールを実現するというこのシステムの概要を見ていくことにしよう。

リアルタイムで選手の状況を把握

システムは、アンダーウェアである「テックフィット」、デバイスである「プレーヤーセル」、「プレーヤーセル」からのデータを受信して再送信する「ベースステーション」、そしてウェブアプリ、iPadアプリで構成されている。

ベースステーションには30個のセルを格納でき、6個を充電できる。iPadとの通信はWi-Fiを使う。長いアンテナで選手が身につけているプレーヤーセルからのデータを受け取る

選手が着るテックフィットの肩甲骨の部分にはポケットがついていて、ここにすっぽりとプレーヤーセルが入るようになっている。また、肋骨部分には心拍センサー、そして、繊維そのものがアンテナとして機能する仕組みが施されている。

石けん程度のデバイスであるプレーヤーセルを肩甲骨の上に装着する。そのためのポケットがテックフィットに装備されている

デバイスとしてのプレーヤーセルは、石鹸程度のボリュームだ。GPSや加速度センサー、地磁気センサーなどが内蔵され、リアルタイムでデータをベースステーションに送信する。電波の到達距離は約80メートルあり、コートの中央に設置しておけば、ほぼ全体をカバーできる能力がある。大容量のバッテリが搭載され、約5時間の稼働ができるという。また、6台までのデバイスを格納して充電する仕組みも装備されている。

プレーヤーセルからのデータを受け取ったベースステーションは、その情報を再送信、コーチが携帯するiPadに送り、コーチはアプリ「ダッシュボード」を使って、リアルタイムで選手の状態を把握することができる。心拍数、走行距離、位置情報、スピードといった情報が手に取るようにわかるわけだ。コーチはそれを見ながら、心拍数のもっとも高い選手を別の選手に入れ替えるといった判断をくだすような使い方ができる。

iPadアプリでは、各選手の状態がリアルタイムで把握できる

コーチはiPadを手に選手に指示を出す

また、これらのデータはログとして処理系に送られ、その結果をウェブアプリを使って参照、さらに細かい分析をすることができる。走っている距離が長いのに心拍が思ったほどあがらない選手、すなわち燃費のいい選手といった、リアルタイムデータではわかりにくい情報を手にすることができるわけだ。

プロの試合を変える可能性

アディダスによれば、サッカーは運動と回復を繰り返すスポーツだという。Thomas Sailer氏(アディダスジャパン副社長)は、試合のリアルタイムの情報は知識となり、本人も周辺もそのアクティビティを知りたがっているという。特にプロスポーツでは、コーチが選手のデータを分刻み、秒刻みで知りたいと思っているという。

また、マリノスの嘉悦朗社長は、今回、このシステムを導入した理由としてチームのコンセプトに必要で、マリノスの状況を改善するのに必要だからとする。攻守の切り替えを素早くするには、ハードワークが求められ、そのためにはベストなフィジカルが求められるからこそ、選手の状態を把握することは重要だということだ。

このシステムは、イタリアのACミランが世界でもっとも活用しているが、アジアでの導入は初となる。篠田洋介コーチによれば、チームや選手のトレーニング強度を可視化できる仕組みとしてケガの予防にもつながり、今、毎日のように使ってデータを蓄積しているところだ。データがたまっていけば、これからもっと有効に活用できるということだ。

左から篠田洋介コーチ、Thomas Sailer氏(アディダスジャパン副社長)、斎藤学選手、嘉悦朗社長

一方、デバイスを装着する立場の選手はどうか。マリノスの斎藤学選手は、初めて使ったときは背中の異物感が気になったものの、すでに慣れてしまったとし、以前は、自分自身でもスパイクの中にチップを仕込んで各種データをとっていたことを明かし、自分の練習の強度を知れることはいいことだという。

ちなみにプレーヤーセルの重量は54gある。もし他の選手との接触などで背中から転倒するようなことがあった場合、安全性の懸念はないのだろうか。斎藤選手によれば、背中から転ぶことはまずないので心配はないという。ただ、練習メニューで前転などをするときには、ちょっと痛いとも……。

マリノスの斎藤学選手

このシステムが使われるのはトレーニング時だけであって、今のところ、試合本番には使われる予定はない。ほんの少しの違和感がプレイに影響するのがプロスポーツだからなのだろう。ただ、おそらく、将来的にはこのシステムのために選手が身につけるデバイスは、ほとんど意識することがないくらいに微細なウェアラブルデバイスに変わっていくだろう。それがテクノロジーの進化というものだ。そうすれば試合中に身につけることだって想定できる。それがプロの試合をどのように変えていくのか、そして、それは観客が試合を楽しむための要素としても活用されるようになる可能性もある。実に将来が楽しみではある。

単純なトレーニングでも、選手の状態がわかれば、今までと違った運用もできる

(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)