アニメ制作用ソフトウェアや液晶タブレットなどのデジタルデバイスの普及は、作品の制作工程や企画・プロモーションのあり方に大きな影響を与えつつある。そうした現状を先取りし、創業当初から関連技術への投資を積極的に行ってきたのが、アニメスタジオの「横浜アニメーションラボ」とプロデュース会社「アーチ」だ。

2月2日に開催された、アニメ業界関係者向けイベント「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACFT)2019」では、その両社によるセッション「新時代のアニメ統合環境プラットフォームについて」が行われ、それぞれのデジタル制作に関する取り組みやアニメ制作の未来像が提示された。

  • メインセッション「新時代のアニメ統合環境プラットフォームについて」の会場

「モンスト」のYALが試すデジタル制作

横浜アニメーションラボ(YAL)は、その名の通り横浜に本社スタジオを置くアニメ制作会社。2015年にアニメーションプロデューサーの大上裕真氏によって設立された若い会社だが、アニメの制作だけでなく、制作ツールや支援ツールの開発を行っていることでも注目を集めている。これまでに担当した作品は、アニメ『モンスターストライク』や丸井グループのOA『猫がくれたまぁるいしあわせ』などがある。

  • 横浜アニメーションラボの大上裕真氏

そんな同社がアニメのデジタル制作に取り組む中で生まれた成果の一つが、「UAT(Universal Animation Timesheet)」だ。これは、名称からも推測できるように、従来は紙ベースで行ってきたタイムシート管理をオンライン上で行うための仕組み。カットごとに素材とタイムシートをリンクさせることで、作画の上がりなどの進捗状況を一元管理し、UATの参加スタッフ間で共有することができる。

  • タイムシート管理をオンラインで行うWebアプリケーション「UAT(Universal Animation Timesheet)」の解説

  • UATはCT(カッティング)タイムシートをデジタル管理するのに役立つ

UATには、絵コンテをカットごとに分解してばらばらの絵素材として登録できる機能や、テンプレートを利用してカットナンバーや秒数、素材のハードリンクなどの情報を一括登録する機能、セリフシートを効率よく作る機能なども備えている。また、必ずしもすべてをオンライン上で完結させなければならないわけではなく、作り終わったタイムシートをプリントして作画スタッフなどに渡すことも可能。さらに、タイムシートをエクスポートし、CLIP STUDIOなどで読み込んでタイミングを同期するような使い方もできるという。効率性や柔軟性を重視した仕組みになっているのが特徴だ。

ちなみに、UATは現在UIを刷新した次期バージョンの開発が進められており、希望者には2019年7月ごろにクローズドベータ版が案内され、9月には新版への移行が予定されているとのこと。

絵コンテ制作支援ツールの開発に取り組むアーチ

アーチは、法務畑出身の異色のアニメプロデューサー、平澤直氏が代表を務める企画・プロデュース会社。事業範囲はアニメやアプリゲーム、漫画、イベントなど多岐に渡り、最近では映画『モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ』の企画協力や宣伝プロデュースなども担当した。

  • アーチの代表を務める平澤直氏

会場では平澤氏と技術顧問の加藤淳氏が登壇し、同社のデジタル制作に対する姿勢や実際の取り組みなどについて語った。

平澤氏によれば、アーチの基本姿勢は「スタジオがプロダクションに注力しやすいサポート体制を構築する」というもの。そのために「企画開発」や「制作受注」、「制作」、「宣伝」、「商品開発」はもちろんのこと、制作に関する技術動向の調査やツール開発を行う「技術開発」まで手がけているという。

具体的な事例について、加藤氏はまず「アニメのデジタル制作に関連する学会の最新知見の提供」を挙げた。たとえば学会でAI技術をどうアニメに入れていくかという発表があれば適宜共有したり、ロボットアニメを作りたいという制作サイドにロボット研究者を紹介したり、といった取り組みを行っているとのこと。また、Webブラウザベースの絵コンテ制作支援ツールの研究開発や、実際に使ってみて便利だと感じたツールの啓蒙活動などを通して、「アニメ制作に携わるクリエイターの方々が、我々研究者やエンジニアと連携して、総体として最大のクリエイティビティを発揮できるような統合環境作りを目指している」と語った。

  • アーチの技術顧問を務める加藤淳氏

エンジニアはアニメプロデューサー向き?

セッションでは、最後に「アニメのデジタル制作技術の今後」について、プロダクション側のYALとプロデューサー側のアーチの双方の視点から語られた。

まずYAL側からは、今後もアニメ制作のデジタル化は進んでいくものの、現状ではまだ課題が多く残されているという指摘があった。とくに制作工程管理や素材管理などには改善すべき点があるとのことで、制作者側がそれらにどう向き合っていくかが今後のデジタル制作ではポイントになりそうだ。

アーチ側からは、”エンジニア出身のプロデューサーが登場・活躍する時代になる”という展望が語られた。その理由として、現在、作品ごとのワークフローやツールの最適化がしやすくなってきていること、それを設計する立場であるエンジニアが作品付加価値の根幹に迫る機会が増えていることを挙げ、「デジタル制作技術に明るい方はぜひプロデューサーに挑戦を!」と呼びかけていた。